◇SH1158◇最三小決 平成29年2月21日 職務執行停止、代行者選任仮処分命令申立て却下決定への抗告棄却決定に対する許可抗告事件(山崎敏充裁判長)

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 本件は、取締役会設置会社である非公開会社において、取締役会の決議によるほか、株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができる旨の定款の定めが有効かどうかが争われた事案である。

 

 事実関係の概要は、次のとおりである。

 債務者Y1は、非公開会社で、取締役会を設置する旨の定款の定めを有する取締役会設置会社である。Y1の定款には、代表取締役は取締役会の決議によって定めるものとするが、必要に応じ、株主総会の決議によって定めることができる旨の定め(以下「本件定め」という。)がされていた。

 債権者XはY1の代表取締役であった者である。債務者Y2は、平成27年9月30日に開催されたA社の株主総会(以下「本件株主総会」という。)において取締役に選任する旨の決議及び代表取締役に定める旨の決議がされた者である。

 XがY1及びY2に対し、本件株主総会の上記各決議には法令違反があるとして、Y2の取締役兼代表取締役の職務執行停止及び職務代行者選任の仮処分命令の申立てをした。

 

 原決定は、代表取締役の選任・解任権限を株主総会に認めたからといって、取締役会の監督権能が失われるものではなく、本件定めが無効であるとはいえないとして、Xの申立てを却下すべきものとした。

 

 Xから許可抗告の申立てがあったところ、原審(東京高裁)はこれを許可した。そして、最高裁第三小法廷は、会社法295条2項によれば、取締役会設置会社において、株主総会は、会社法に規定する事項及び定款で定めた事項に限り、決議をすることができるところ、この定款で定める事項の内容を制限する明文の規定はなく、取締役会設置会社である非公開会社において、取締役会決議によるほか株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができるとしても、代表取締役の選定及び解職に関する取締役会の権限が否定されるものではなく、取締役会の監督権限の実効性を失わせるものではないとして、本件定めを有効とし、本件許可抗告を棄却すべきものとした。

 

 株主総会が決議することができる事項について、会社法制定前において、商法230条ノ10が「総会ハ本法又ハ定款ニ定ムル事項ニ限リ決議ヲナスコトヲ得」と定めていた。この「定款ニ定ムル事項」に代表取締役の選定を含めることができるかについては、学説上、取締役会の代表取締役に対する監督権限を弱めることはないとして有効とする説(有効説)と、取締役会の代表取締役に対する監督権限を弱めるとして無効とする説(無効説)との対立があった。他方、会社法制定前の登記実務では、昭和26年10月12日付民事甲第1983号各法務局長、地方法務局長あて民事局長通達(登記研究48・31頁 帝国判例法規出版)において示された、株式会社は、定款の定めをもって、代表取締役の選任を株主総会の権限に留保することはできない旨の無効説に従った運用がされていた。

 

 会社法295条は、株主総会が決議することができる事項を、1項で「この法律に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項」とし、2項で取締役会設置会社においては、「この法律に規定する事項及び定款で定めた事項」に株主総会の決議事項を限定している。取締役会設置会社における、株主総会で代表取締役を定める旨の定款の有効性については、必ずしも会社法制定後も文言上明らかになったとはいえず、解釈に委ねられているといえる。

 

 会社法の立案担当者は、取締役会設置会社において、定款で株主総会の決議事項とすることができる事項について、特に制限を設けていないとし、代表取締役に対する内部的な監督機能の1つである選解任を主として取締役会が行うのか、株主総会が行うのかも、各会社の実情に合わせて定款で定めることとして差し支えないものとし、有効説をとる(相澤哲=細川充「新会社法の解説(7) 株主総会等」商事1743号(2005)19頁)。

 また、会社法制定後の学説は、取締役会の代表取締役に対する監督権限を弱めるものでないとして、代表取締役の選定を株主総会の権限とする定款の効力について有効とする立場をとるものが多い(江頭憲治郎『株式会社法 第6版』(有斐閣、2015)315頁、森本滋「株式会社における機関権限分配法理」浜田道代=岩原紳作編『会社法の争点 新・法律学の争点シリーズ(5)』(有斐閣、2009)95頁など)。ただし、有効説の中にも、取締役会と株主総会の双方が代表取締役の選定、解職権限を有する定款は有効であるが、明文の規定のない限り、取締役会等の法律上の権限を剥奪するような定款の定めは認められないとして、株主総会のみが代表取締役の選定、解職権限を有する定款は無効とする立場(相澤哲ほか編著『論点解説 新・会社法:千問の道標』(商事法務、2006)262頁、神作裕之「会社の機関――選択の自由と強制」商事1775号(2006)38頁、江頭憲治郎=門口正人編集代表『会社法大系 第3巻』(青林書院、2008)35頁〔揖斐〕)がある一方で、会社法の下では、定款によって株主総会決議事項を拡大しつつ、当該事項をなお取締役会決議でも決定できるようにすることも定款自治として認められているとする立場(前田雅弘「意思決定権限の分配と定款自治」浜田道代先生還暦記念『検証会社法』(信山社、2007)99頁)もあり、株主総会のみが代表取締役の選定・解職権限を有する形の定款が有効かについては見解の相違がある。

 さらに、会社法施行後に、法務省の商業登記の担当者が商業登記に関して執筆した文献(松井信憲『商業登記ハンドブック〔第3版〕』(商事法務、2015)390頁)には、取締役会設置会社において、定款に代表取締役を株主総会の決議によって定めることができる旨の定めを置いたときには、取締役会又は株主総会の決議によって代表取締役を選定することができる旨が記載されており、会社法制定後の商業登記実務は、商法230条ノ10の時代のものとは異なり、有効説をとっている。

 

 しかしながら、前田重行教授(酒巻俊雄=龍田節編集代表『逐条解説会社法 第4巻』(中央経済社、2008)35頁)は、会社法295条に関する解説の中で、会社法が株主総会につき万能の決定機関である総会と権限が法令・定款に定められている事項に制限されている総会に分けた趣旨及び代表取締役等の選定・解職を株主総会の権限とした場合に取締役会の監督機能が弱体化することは否定できないことを考えると、会社法において選定・解職を総会の決議事項とすることについては疑問なしとしないとする。また、松井秀征教授(岩原ほか編『会社法コンメンタール 第7巻』(商事法務、2013)41頁)も、同条の解説の中で、取締役会は代表取締役に対する命令監督権限を有するところ、当該権限を基礎付けるのはまさに代表取締役の解職権限であること、会社法でも定款の規定に基づき株主総会が取締役の中から代表取締役を選定することを認めているが、これは取締役会を設置しない会社に限られていること(会社法349条3項)、実質的観点からしても、公開性の高い会社を念頭に置いた場合、株主総会に代表取締役の解職権限を留保することは、取締役会の監督権能を形骸化するおそれがあることからして、会社法の下でも取締役会設置会社において代表取締役の選定・解職権限を株主総会に留保することには疑問があるとする。

 このように、会社法施行後も株主総会が代表取締役を選定できる旨の定款の効力については有効説が有力であったが、有効性に疑問を持つ見解も存在する。

 

 判例については、商法230条ノ10の規定の下でも、会社法295条2項の規定の下でも、定款に基づき株主総会の決議で選定された代表取締役の選定の効力が争われたものは存在しない。

 

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 本決定は、以上のような会社法施行後の学説及び商業登記実務の下で、当審が、取締役会設置会社である非公開会社において、取締役会の決議によるほか株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができる旨の定款を有効であるとの法理を示したものである。

 なお、本決定は、取締役会設置会社である非公開会社に対象を限定し、かつ、取締役会と株主総会の双方に代表取締役の選定権限を認める定款について有効としたものであるが、これは、本件の事案の解決に必要な限度に絞って判断を示すとの考えによるものと考えられる。したがって、公開会社について、株主総会にも代表取締役の選定権限を認める定款が有効かどうか、取締役会設置会社において、株主総会のみに代表取締役の選定権限を認める定款が有効かどうかなどについては、本決定が直接判示するものではなく、今後の議論に委ねられた問題といえる。

 本決定は、その有効性を巡って会社法施行後も見解が分かれていた取締役会設置会社において株主総会で代表取締役を定める定款について、非公開会社において、取締役会と株主総会の双方に選定権限を認める定めについては有効であると判示したものであり、実務にも重要な意義を持つと考えられる。

 

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