◇SH1185◇日本企業のための国際仲裁対策(第38回) 関戸 麦(2017/05/25)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第38回 国際仲裁手続の中盤における留意点(13)-秘密の保護

1. 国際仲裁における秘密保護の3つのレベル

 国際仲裁のメリットの一つとして、秘密の保護が指摘される。但し、秘密の保護といっても、一律ではなく、手続ごとに差異がありうる。

 まず留意するべきこととして、国際仲裁における秘密の保護には、3つのレベルがある。この点に関しては、「privacy」と「confidentiality」の差異を意識することが有用である。すなわち、「privacy」というのは、国際仲裁手続に参加するのは、仲裁合意の当事者、その代理人、仲裁人等に限られており、第三者には手続が公開されていないことを意味する。この「privacy」は、基本的に、すべての国際仲裁手続で確保されている。

 これに対し「confidentiality」というのは、守秘義務のことであり、仲裁手続に提出された書面、証拠、ヒアリングの速記録等を第三者に開示してはならないとの義務が当事者等に課されることである。この「confidentiality」は、後述のとおり、すべての国際仲裁手続で確保されているわけではない。

 残りの1つのレベルは、相手方当事者に対する関係である。これは、証拠開示(ディスカバリー)の場面で、相手方当事者に対する開示を拒むこと等によって、秘密を保護するものである。秘匿特権(privilege)等が、その根拠となる。

 このように、国際仲裁手続には、秘密の保護に3つのレベルがあり、これをまとめると次のとおりである。

  1. ① 第三者に対する関係(1) - 第三者を手続に参加させない(「privacy」)
  2. ② 第三者に対する関係(2) - 当事者等に守秘義務を課す(「confidentiality」)
  3. ③ 相手方当事者に対する関係 - 証拠開示請求を拒む(「privilege」等)

 

2. 当事者等の守秘義務

 国際仲裁手続においては、常に守秘義務が課されるとは限らず、換言すれば、「confidentiality」が常に確保されている訳ではない。どのような場合に守秘義務が課されるかであるが、その根拠としては、次の4つがある。

 一つは、各国の仲裁法規である。国際仲裁手続には、仲裁地の仲裁法規が適用されるところ、例えば、香港、ニュージーランド、スペインの仲裁法規は、明示的に守秘義務を当事者等に課している。また、イギリスとシンガポールでは、判例上、守秘義務が課されていると解されている。なお、日本の仲裁法は、守秘義務を課してはいない。

 次に、仲裁規則が守秘義務を課すことがある。SIAC(シンガポール国際仲裁センター)、HKIAC(香港国際仲裁センター)及びJCAA(日本商事仲裁協会)では、規則上当事者等に守秘義務が課されている(SIAC規則39項、HKIAC規則42項、JCAA規則38条2項)。これに対し、ICC(国際商業会議所)では、規則によって一律に守秘義務を課すことはない。

 但し、ICCにおいても、仲裁廷の命令があれば、当事者等に守秘義務が課される(ICC規則22.3項)。これが、3つ目の守秘義務の根拠である。

 4つ目の守秘義務の根拠は、当事者の合意である。例えば、当事者が仲裁条項を定めた契約において、仲裁手続に関する守秘義務に合意した場合が考えられる。

 以上いずれかによって守秘義務が課されて初めて、「confidentiality」が確保されることになる。

 

3. 相手方当事者との関係での秘密の保護

(1) 秘匿特権(privilege)

 ディスカバリーの解説において度々触れたIBA証拠規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)[1]は、秘匿特権(privilege)があるときは、仲裁廷は、文書、陳述書、証言又は検証結果を証拠又は提出物から排除しなければならないと定めている(第9章2項b)。すなわち、秘匿特権が、相手方当事者からの文書提出要求等の証拠開示請求を拒む根拠として認められている。
 但し、秘匿特権の内容、範囲等は準拠法によって変わりうるため、この準拠法が争いの対象になる可能性がある。準拠法の決め方については、①仲裁地の法による、②弁護士依頼者間の秘匿特権については、当該弁護士が資格を有する国等の法による、③秘匿特権の対象となるコミュニケーションが行われた国等の法による、など様々な考え方がありうる。

(2) その他の証拠開示の拒絶事由

 IBA証拠規則は、相手方当事者からの文書提出要求等を拒む理由として、秘匿特権以外にも、「営業上又は技術上の秘密であるとの理由により、仲裁廷がやむを得ないと判断したもの」と、「政治的にあるいは機関において特別にセンシティブ(政府又は公的国際機関において秘密として扱われている証拠を含む)であるとの理由により、仲裁廷がやむを得ないと判断したもの」を定めている(第9章2項e及びf)。

(3) 証拠にアクセスできる関係者の制限

 さらに、相手方当事者に対する証拠開示が避けられないとしても、相手方当事者の中で当該証拠に接することができる者の範囲を限定することによって、秘密を保護するという方法もある。例えば、競合企業間の仲裁手続において、営業上の秘密を含む文書が証拠開示の対象となる場合に、この文書に接することができる者を、代理人弁護士及び法務部門の者に限定し、競合する事業に直接従事する者の目には触れさせないとすることが考えられる。
 このようなアレンジは、当事者間の合意、あるいは仲裁廷の命令によって行われる。仲裁廷は、手続の進行について広範な裁量を有しており、その一環として、秘密保護のためのアレンジをすることもできる。仲裁規則には、この点を明示しているものもある(ICC規則22.3項)。

 

4. 国際仲裁に関する情報が公開される場面

 国際仲裁においては、前述のとおり「privacy」が確保されており、第三者に対して公開されることはない。但し、国際仲裁に関する情報が、対外的に公表されることも全くないわけではない。

 まず、上場会社が当事者の場合には、証券取引所の規則における適時開示事由に、国際仲裁の提起、最終判断(final award)等が該当することが考えられる。該当する場合には、適時開示を通じて、その内容が一定程度公表されることになる。

 また、当事者が異を唱えない場合には、仲裁機関が、仲裁判断を公開する可能性もある[2]。SIAC及びHKIACの規則がこの点について規定を設けている(SIAC規則32.12項、HKIAC規則42.5項)。但し、かかる規定上、公開する際には、当事者の名称その他、当事者の特定につながる情報が伏せられることになっている。

 仲裁判断の承認、執行、取消等の手続が裁判所で進められた場合に、その裁判所の決定文等が判例雑誌等で公表されることもある。この決定文には、不可避的に、仲裁判断の内容等の仲裁手続に関する情報が含まれることになる。

 なお、通常の国際仲裁とは異なるものとして、投資協定に基づき政府を相手方として提起される投資仲裁がある。その手続は、ICSID(International Centre for Settlement of Investment Disputes)において取り扱われることが多いところ、ICSIDは、具体的な案件の当事者名、紛争が関係する経済分野、手続の登録日等の情報をホームページ[3]で公開している。投資仲裁の公的性格を踏まえた対応と考えられる。

以 上



[1] IBAのホームページで入手可能である。ここでは、英文のみならず、日本仲裁人協会が作成した和訳も入手可能である。
  http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx

[2] 仲裁機関が仲裁判断を公開する目的としては、仲裁判断の蓄積によって、また、研究者、実務家等から批判的検証にさらされる機会を持つことによって、将来の仲裁判断の参考となり、その質が向上することを企図することが考えられる。

 

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