コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(12)
――組織文化の革新の理論的考察③――
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
人は、不測の事態や不安定を嫌う。組織文化の革新のように心の均衡状態を覆すためには、これまでの信念や仮定を覆す「否定的確認」が必要である。その「否定的確認」は、「生き残りの不安」や理想や目標を達成できない(ある種の)「罪悪感」を引き起こす。
また、「否定的確認」は、革新の必要性や古い習慣を捨てて新しい習慣や考え方を学ぶ必要性を感じさせるが、その必要性を認めても、直ぐに新しい行動様式を学習することは難しく、受け入れ難い。そして、生き残りの不安と学習することへの不安の相互作用が、否定的確認を迫るデータの有効性を否定するか、今すぐできないという言い訳につながりやすい。
革新を進める者は、この変化への抵抗を乗り越えるために、①生き残りの不安や罪悪感が学習することへの不安よりも大きくなるようにするか、②生き残りの不安を増大するのではなく、学習することの不安を減ずる方向を選択しなければならない。
単純に①を進めると対象者は防御を固め抵抗するので、②が革新のための学習を成功させる鍵になる。前回は学習に従事する組織メンバーの心理的安定性を作り出す方法について項目を列挙し、それらはほぼ同時に行なわなければならないことを述べた。
今回は、心理的安全性を作り出す、各項目についてより詳しく解説する[1]。
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1. 説得力のある積極的ビジョンの構築について
変革の対象者は、学習することによって自分も組織も良くなることに確信を持たなければならない。したがって、経営トップ以下革新チームや幹部社員は、望ましい働き方のモデルやビジョンを明確に提示し、新しい働き方が組織の生き残りや成長に必要なものであり交渉の余地がないものであることを示す必要がある。筆者が更に加えるなら、その実践モデルも経営トップ以下幹部社員が示す必要がある。そうでなければ、社員は納得しない。 -
2. 公式なトレーニング
新しい考え方や、態度、技能を学ぶためには、公式なトレーニングによって、革新の対象者がスムーズに移行できるようにサポートする必要がある。また、公式なトレーニングは組織決定の裏づけになる。 -
3. 学習者の参加
学習の方法については、学習者の独自の非公式な学習方法を容認し、学習者が参加しやすくする必要がある。学習の目標は交渉の余地が無いとしても、学習方法については学習者の独自性を認めるほうが、スムーズに取り組みやすい。 -
4. 関連する「身内グループ」及びチームの非公式訓練
変化への抵抗は、グループの規範に埋め込まれていることが多いので、非公式の訓練や練習をグループ全体に行なう必要がある。これにより、グループメンバー共通の新しい規範や仮定が形成される。グループ全体が学習することで、グループから外れてしまったという感情を引き起こさないことが重要である。 -
5. 練習の場、コーチ、フィードバック
根本的に新しいことを学ぶためには、時間や資源、コーチ、フィードバックが必要であり、特に練習の場が必要である。練習の場では、組織に迷惑をかけずに失敗し、学ぶことが出来る。 -
6. 明確な役割モデル
新しい考え方や新しいやり方が、現状と異なる度合いが大きい場合には、自分の場合のイメージができるように、他の人の新しい行動や態度を見る機会が必要である。 -
7. 支援グループ
学習に関わる問題を話し合い議論できるグループを作る必要がある。自分が学習中に抱える欲求不満や困難を、同様の経験をしている人と話し合うことによって、互いを支えあい困難に対処する方法を一緒に見つけることができる。これは、4とも関連する。 -
8. 望ましい変化に一致したシステムと組織構造
望ましい変化(新しい考え方と働き方)に対応した報酬と規律システム、組織構造を持つ必要がある。例えば、チームプレーヤーになる学習をしている場合には、報酬制度はグループ志向であるべきであり、自己中心的な行動は制裁を加えられるべきである。これは、既述したが、組織文化にあったシステムの同時必要性と一致する。
以上、シャインの提示する8つの条件を解説したが、シャインは、全ての条件を整える必要性を強調していることに留意する必要がある。
次回は、第二段階以降の認知的再定義と再凍結について考察する。
[1]この項は、 Edgar H.Schein(2009)“The Corporate Culture Survival Guide:New and Revised Edition”尾川丈一監訳・松本美央訳『企業文化〔改訂版〕――ダイバーシティと文化の仕組み』(白桃書房、2016年)109頁~115頁)による。