◇SH2771◇FTC v. Qualcomm独禁法判決がもたらす知財市場へのインパクト――FRAND実施料をめぐる問題の所在と残された課題(2) 池谷 誠(2019/07/17)

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FTC v. Qualcomm独禁法判決がもたらす知財市場へのインパクト

FRAND実施料をめぐる問題の所在と残された課題(2)

デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社

マネージングディレクター 池 谷   誠

 

2. 本件における事実関係と判決要旨

 2.2 競合モデムチップメーカーに対するライセンス方針

 クアルコムのモデムチップ市場における独占力の源泉を検討すると、同社が競合のモデムチップメーカーに対して、標準必須特許(SEP)を含む同社保有特許のライセンスを認めなかったという事実がポイントとなる。本件裁判においては、インテル、サムスン電子、VIA Telecomなどの競合がクアルコムに対してライセンス供与を要請したものの、同社の合意を得られなかった事実が証拠として提示されている[1]。裁判所は、クアルコムがライセンス供与を拒否したことにより、これら競合がモデムチップ市場に参入できなかった、あるいは参入が遅れたことを認めている。

 さらに、裁判所は、クアルコムがOEMに対し、競合の参入が困難となるよう、排他的な取引を要求していたとの事実を認めている。すなわち、同社は、アップルやLGエレクトロニクス、サムスン電子、ブラックベリー、VIVOなどのOEMに対し、実施料リベートなどのインセンティブを提供する見返りとして、クアルコム以外のモデムチップメーカーから購入しないよう、(少なくとも実質的に)排他的な供給契約を結んでいる[2]

 このようなビジネスモデルの下、クアルコムのグローバルなモデムチップ市場におけるシェアは非常に高く、3G規格のCDMAモデムチップについては、2014年から2016年までの間96%、4G規格のプレミアムLTEモデムチップについては、2014年から2017年までの期間、64%から85%のシェアを有していたとされる[3]

 2.3 OEMが支払う実施料の算定根拠

 クアルコムは上記のSubscriber Unit License Agreements (SULA)の下、OEMに対して、モデムチップの売上とは別途、スマートフォン完成品の価格に対する5%前後の実施料を受け取っていた(一定の上限設定はあり)。そして、完成品価格のレンジとしては、①プレミアム($400以上)、②High($250~400)、③Mid(110~250)、④Low($100以下)という4区分を設定している。クアルコムは、プレミアムLTEチップにつきロイヤルティベースの上限を$400に設定していたから、5%の料率を前提とすると、OEMはスマートフォン1台につき$20を支払うこととなる。さらに、SULAによれば、OEMがクアルコム以外の競合からモデムチップの供給を受ける場合、クアルコムから供給を受ける場合よりも高い実施料を支払う必要がある。

 証拠によれば、クアルコムは1999年まではモデムチップを競合他社に販売しており、モデムチップの価格(10ドル程度)をロイヤルティベースとする場合、3%の料率を乗じた30セント程度の実施料を競合他社から徴収していた[4]。すなわち、クアルコムはかつて、現在の水準よりも著しく低い実施料を受け入れていたといえる。

 しかし、その後同社はモデムチップを競合他社に販売し、ライセンスする取引を停止し、OEMにのみモデムチップの供給と、ライセンスを認める方針に切り替えていく。その理由について、クアルコムは、競合他社がモデムチップをOEMに販売すると、その時点で同社の特許権が消尽してしまい、OEMから実施料を得ることができなくなること、そして、OEMから、スマートフォンの完成品価格をロイヤルティベースとする実施料を得るほうが、競合他社からモデムチップの価格に基づく実施料を得るよりもはるかに多額の利益を得ることができることを認めている[5]

 2.4 標準必須特許とFRAND条件

 ここで、標準必須特許とFRAND義務について確認すると、セルラー無線通信については、モデムチップメーカーやOEM、通信インフラ設備メーカーやキャリアが標準に準拠した製品を開発し、効率的な相互利用を促進することを目的として、標準設定団体(SSO)が2G、3G、4Gなどの技術世代ごとに標準規格を設定している。標準規格には様々な技術が採用されるが、標準化に必須の特許については標準必須特許(SEP)と認める。一方で特許保有者はFRAND義務(FRAND Commitment)、すなわち「公正、合理的かつ非差別的」(FRAND)な条件で、他社に使用を許諾することが求められる。

 裁判所は、すでに、2018年の略式判決において、標準特許の所有者は、ライセンスを希望する者が合理的で非差別的な条件の実施料を支払う意思を示すのであればライセンス契約を拒否することはできないとして、競合のモデムチップメーカーへのライセンスを拒否するというクアルコムの行為がFRAND義務に違反するものであると認め、これら競合に対して、FRAND条件でのexhaustiveな(特許権の消尽を伴う)ライセンスを供与するよう命じているが、今回の判決においても確認されている[6]

 2.5 差し止め

 上記のとおり、裁判所は、クアルコムがスマートフォン用モデムチップ市場における支配的な立場を利用して、違法に競争を阻害し、同社保有特許に係る不当に高い実施料(ロイヤルティ)を課したとして、同社の行為が反トラスト法違反に該当すると認め、以下の項目に係わる違反行為の差し止めを命じた。

  1. ⑴ クアルコムは、顧客の特許ライセンスの状況により、モデムチップ供給の条件を付けてはならない。また、モデムチップや関連する技術支援、ソフトウェアへのアクセス禁止や差別的供給といった脅しを伴うことなく顧客とライセンス条件について誠実に交渉あるいは再交渉しなければならない
  2. ⑵ クアルコムは、競合のモデムチップメーカーに対して、公正で合理的、かつ非差別的(FRAND)な条件でのexhaustiveな(特許権の消尽を伴う)ライセンスを供与し、必要に応じて、仲裁または法的係争解決手続きを通じて条件を決定しなければならない
  3. ⑶ クアルコムは、モデムチップの供給について、明示的、または非明示的な排他的取引を求める契約を結んではならない
  4. ⑷ クアルコムは、顧客が潜在的な法執行や規制上の課題に関し政府機関と連絡を取ることにつき介入してはならない
  5. ⑸ 上記のような救済措置をクアルコムが順守することを確認するため、裁判所はクアルコムに対し、7年間の順守およびモニタリング手続きに従うよう命令する。具体的には、クアルコムはFTCに対し、裁判所から命じられた上記救済措置に係わる同社の順守状況を年次ベースで報告しなければならない

(3)につづく

 


[1] 本件裁判判決文、117-128頁

[2] 同上、230頁

[3] 同上、27、39頁

[4] 同上、128-129頁

[5] 同上、125、129頁

[6] 同上、227頁

 

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