実学・企業法務(第52回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
4. 販売(営業)
(2) 自由・公正・透明な市場における競争
2) 贈収賄禁止
企業の営業活動が公務員の職務執行上の裁量の影響を受ける場合、その職務を担当する公務員に金品等を贈って何らかの便宜を得ようとする行為が、古来、多くの国や地方に存在する。
公務員が特定の行政手続きに関して金品等を受領し、行政ルールを恣意的に逸脱して職務を執行すると、行政に対する国民の信頼が失われる。これが多発すると行政・政治全体が腐敗するため、多くの国が贈賄及び収賄を厳しく処罰する。日本では、収賄した公務員[1]とともに贈賄した者も処罰する[2]。一般に、賄賂とは職務に関する不正な報酬で、金銭・物品の提供だけでなく接待・情交・子女の就職の斡旋・ゴルフ会員権の斡旋等も含まれる。
世界を見ると、1977年に、米国でロッキード事件[3]の再発防止を目的として海外汚職行為防止法[4]が制定され、その後、米国が各国に商業目的の贈賄の防止を呼びかけて1997年にOECD外国公務員贈賄防止条約[5]が調印され、1999年2月に発効した。
日本では、この動きを受けて1999年2月に不正競争防止法が改正され、外国公務員に対する贈賄罪[6]が新設されている。
また、2003年には腐敗の防止に関する国際連合条約(略称:国連腐敗防止条約)が国連総会で採択され、2005年12月に発効した。
2010年に成立した英国贈収賄防止法[7]は、公務員だけでなく民間企業間の取引上の不正な利益供与も対象にし、営利組織が十分な贈賄防止手続きを取らないことを違法としている。
2011年には、中国刑法改正[8]においても外国公務員への賄賂の禁止が新設された。
3) 遵法、監視、内部通報
営業関係者は、企業内の他部門の者よりも社外と交流する機会が多く、かつ、価格決定に直接関与する立場にあるので、独占禁止や贈収賄規制に関する法令に抵触するリスクが大きい。このため、日常的な遵法の教育・指導と業務の牽制・監視が欠かせないが、教育・監視等に時間・資金・労力を充てると、その分だけ営業活動が減るので、各企業で効果的な実施方法が模索されている。日常業務の中で自動的に遵法を確保できる(違法行為を取り除く)業務プロセスを構築することが望まれる。
カルテル行為・談合・贈収賄等は、物的な痕跡を残さずに行われることが多いので、実行した本人が黙秘すれば、企業内の監査部門等による監査でも察知するのは難しい。
そこで、社内で公益通報者保護[9]体制を整備して内部通報窓口を設置し、現場の違法行為をできるだけ早期に把握して、速やかに是正措置を講じようとする企業が増えている。
不祥事の多くは、癌と同じで、早期に発見して手を打てば大きな負担なく完治する。
また、もし、内部通報窓口に寄せられた情報の中に「カルテル行為・談合に関与した」という情報があれば、一刻も早く(つまり、他社よりも早く)事実確認を行い、公正取引委員会に申し出て、課徴金減免[10]を受けたい。
社内の違法行為をできるだけ早く察知し、その後で直ちに当局に報告して少しでも自社が受ける行政制裁・刑事罰を軽くするとともに、社内で是正措置及び再発防止策を講じるのは取締役・監査役の役目である。しかし、その前に、営業部門の強い自己浄化能力の発揮が望まれる。
[1] 日本銀行の役職員(日本銀行法30条)、日本郵便の内容証明等従業員(郵便法74条)、オリンピック組織委員会の役職員(各オリンピック特別措置法)等の法定の「みなし公務員」を含む。なお、NTT・NHK・JR・JT等の役職員もその職務の公共性・公益性から「見なし公務員」と同様に取り扱われることがある。
[2] 刑法197条~197条の4、198条。
[3] 1976年に発覚した、米国ロッキード社による旅客機等受注のための汚職事件。日本・アメリカ・オランダ・ヨルダン・メキシコが舞台になった。
[4] Foreign Corrupt Practices Act(略称FCPA)
[5] 国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約
[6] 不正競争防止法18条、21条2項7号
[7] 英国のいずれかの場所で事業の一部(駐在事務所を含む)又は全部を行う法人を対象とする。英国法務省はガイドラインを示し、6要件(①割合に応じた手続き、②最高レベルの経営陣による誓約、③危険度の評価、④デューデリジェンス、⑤訓練を含むコミュニケーション、⑥監視及び見直し)を満たす適切な手続きをしていた者を免責する。
[8] 全人代常務委員会 2011年2月25日公布・同年5月1日施行の改正刑法は、164条2項を新設し、不正な商業利益を得るために外国の公職者又は国際機関職員に財物を供与した者に、3年以下の懲役又は拘留刑を科している。金額が巨額な場合は3年以上10年以下の懲役に、罰金が併科される。
[9] 公益通報者保護法
[10] 米国及びEUにも同様の制度がある。また、米国では司法取引を行うこともある。