◇SH1209◇実学・企業法務(第53回) 齋藤憲道(2017/06/05)

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実学・企業法務(第53回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

4. 販売(営業)

(3) 営業の主要機能

 顧客との相互理解を形成して、企業が販売対象とする客層の絞り込みまでを行う業務を、一般にマーケティングといい、個々の商品を眼前の客に紹介して実際に購入して貰う業務をセールスという。

1) マーケティング
 「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。[1]」等と定義されている[2]

 マーケティングは、市場と企業を結ぶ総合的な経営活動であり、そこでは市場調査・商品計画・価格設定・広告・販売促進活動等が行われる。

 市場調査では、調査目的を明確にしたうえで、質問書(訪問・記入依頼・回収、郵送、訪問面接、電子メール)、面接(集団、少数)、観察(街頭、店頭、店内)、定点観察(同一対象を定期的に経時観察)、実験(新製品モニター等)等の方法が用いられる。人が集まる場所にアンテナショップを設営し、自社商品の広報・宣伝を兼ねて、新規商品等に対する消費者の実際の反応を収集し、新たな商品企画や販売ルート開拓に結び付ける企業等[3]もある。

 一般に、マーケティングでは、「顧客満足の獲得」を主目的とし、「利益の獲得」は事後的に得られる経営活動の結果として位置付ける。

2) セールス
 一般消費者を対象とする商品の販売方法にはさまざまな種類があり、固定の店舗を構えて来店した顧客に販売する「店舗販売」と、通信販売・訪問販売・移動販売(昼食弁当等)・自動販売機(飲料等)等の「無店舗販売」に大別される。

 「店舗販売」は、事業者がその店舗で接客して販売するのが基本であり、出前販売や外商を行うこともある。固定店舗が存在するので、商品や販売方法にトラブルが生じても、購入者と事業者の間で、対面で、紛争解決に向けて話し合うことができる。事業者には、店舗・店員を確保するための投資を行うとともに、顧客が自社の店舗・商品を選んで購入するように導く営業努力が必要だが、消費者としては事業者が逃避しないので安心して取引できる。

 一方、「無店舗販売[4]」では、事業者が郵便・電話・テレビ・インターネット等の媒体を通じて商品・サービスを販売・提供することが多く、事業者の実態が不明、広告が虚偽又は誇大、契約が消費者に著しく不利等の消費者問題が生じ易い。

 いずれの販売方法においても、一般に、売手には商品の長所を強調して短所を控え目に告げる傾向がある。特に、無店舗販売においては、消費者の情報不足や判断力不足につけ込んで、消費者が求めていない商品を売り込むケースも少なくない。このような売手の行為によって消費者に生じる被害を回復・予防するために、さまざまな消費者保護法令が定められている。

  1. (例1) 取引形態に応じた消費者保護
     特定商取引法[5]は、訪問販売・通信販売・電話勧誘販売・連鎖販売取引・特定継続的役務提供[6]・業務提供誘引販売取引[7]・訪問購入の7種類の取引形態を対象に、それぞれの特徴に応じて、氏名等の明示の義務付け・不当な勧誘行為の禁止・広告規制・書面交付義務を定め、違反者に対して業務改善を指示し又は業務停止を命じる[8]
     特定商取引法の執行は、消費者庁、消費者庁から権限の一部を委任された各経済産業局、都道府県(自治事務として)等が行う。被害を受けた消費者のためには、契約解除や、事業者からの法外な損害賠償請求の規制等の民事上の救済措置[9]が設けられている。
     
  2. (例2) 不招請勧誘の禁止
     契約締結の勧誘を要請していない顧客に対して訪問や電話をして勧誘する行為が多くの消費者被害を招いたことから、さまざまな法律で不招請勧誘が禁止[10]されている。たとえば、特定商取引法は通信販売(同法12条の3)及び電話勧誘販売(同法17条)について不招請勧誘を禁止し、その他の法律でも金融先物取引(金融商品取引法38条4~6号)や商品先物取引(商品先物取引法214条5号、200条1項2~6号)等について不招請勧誘を禁止している。
     
  3. (例3) 金融商品の投資家保護
     銀行・保険会社・証券会社等の金融商品への投資は、投資家自身の判断と責任によって行われ、その結果として生じた利益および損失については全て投資家自身に帰属するという「自己責任原則」に基づいて行うのが基本である。
     しかし、投資には価格変動・為替変動・発行者の信用・流動性等のリスクが伴うため、投資家保護の観点から、①投資家の知識・経験・財産状況・判断能力(高齢者等)等の属性に合わせて勧誘する「適合性の原則」に従い、かつ、②商品に関する重要事項を必要な方法・程度により投資家に説明する義務(説明義務)を果たすことが求められる[11]
     このため、金融商品を販売する企業では、チェックリストを用いて顧客の適合性を調べ、要点を平易に記載したパンフレット類を作成して丁寧に説明する等している。近年、顧客の眼前でパソコン端末に特定商品の仮の支払金額・期間等を入力して利息・元利合計・保険金支払額・償還金額等を試算し、その結果を顧客に提示する販売ツールが普及し、顧客の信頼を得ている。

 なお、近年、大型店舗を実際に訪問し、そこに陳列された各社の展示品を確認・比較して自分が購入する商品を選んだ後で、インターネットを利用してその商品の最安価格を検索してネット購入する消費者が増加している。



[1] 公益社団法人日本マーケティング協会(1990年策定)「マーケティング定義」より。

[2] アメリカ・マーケティング協会2007年の定義は次の通り。「Marketing:Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large. (Approved October 2007)」

[3] 地方公共団体も、都会の商業地区で地元名産品のテスト販売等を行っている。

[4] 通信販売(テレビ販売、インターネット販売、カタログ販売)、訪問販売、訪問介護ビジネス、宅配サービス(事務所は設置する)、屋台、行商・社内販売・機内販売等の移動店舗、各種講師業、ITサービス業、広告代理業等

[5] 1976年に制定された「訪問販売等に関する法律(通称:訪問販売法)」が、2000年に「特定商取引に関する法律(通称:特定商取引法、特商法)」に改題された。

[6] 特定商取引に関する法律施行令・別表第五は、エステティック・語学教育・学習塾・家庭教師・パソコン教室・結婚情報提供等を指定している。

[7] 特定商取引法51条は、①物品の販売(斡旋を含む)・有償サービスの提供(斡旋を含む)の事業であり、②業務提供利益を得られると勧誘し、③特定負担(商品購入、役務対価の支払、取引料の提供)を伴う商品の販売・斡旋又は役務の提供・斡旋を、業務提供誘引販売取引として規制する。「仕事を提供するので一定の収入がある」という口実で消費者を勧誘して商品等を購入させるがその仕事が無い(又は少ない)等の紛争が多発した。例えば、販売されるパソコンやソフトを使用してホームページを作成する在宅ワーク、販売される健康寝具を使用した感想を提供するモニター業務、ワープロ研修という役務の提供を受けて修得した技能を利用して行うワープロ入力の在宅ワーク(例は消費者庁資料より抜粋)。

[8] 業務改善指示(特定商取引法56条)や業務停止命令(同57条)等の行政処分のほか、3年以下又は300万円以下の罰金(同法70条の場合)等の罰則がある。

[9] 契約の解除(クーリング・オフ。特定商取引法58条)、契約の申し込みまたはその承諾の意思表示の取消し(同法58条の2)、契約を解除した場合の損害賠償等の額の制限(同法58条の3)、事業者の行為の差止請求(同法58条の9)

[10] 金融商品取引法38条4号は「金融商品取引契約(当該金融商品取引契約の内容その他の事情を勘案し、投資者の保護を図ることが特に必要なものとして政令で定めるものに限る。)の締結の勧誘の要請をしていない顧客に対し、訪問し又は電話をかけて、金融商品取引契約の締結の勧誘をする行為」を禁じている。

[11]「証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となる。」「証券会社の担当者によるオプションの売り取引の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していることを理由とする不法行為の成否に関し、顧客の適合性を判断するにあたっては、単にオプションの売り取引という取引類型における一般的抽象的なリスクのみを考慮するのではなく、当該オプションの基礎商品が何か、当該オプションは上場商品とされているかどうかなどの具体的な商品特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、商品取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。」最高裁平成17年7月14日判決民集59巻6号1323頁

 

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