◇SH1213◇企業法務への道(18)―拙稿の背景に触れつつ― 丹羽繁夫(2017/06/06)

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企業法務への道(18)

―拙稿の背景に触れつつ―

日本毛織株式会社

取締役 丹 羽 繁 夫

《日本織物加工株式インサイダー取引事件判決の検討》

 私に1999年4月に初めて判例評釈の機会を与えて戴いたのは『金融法務事情』誌の大塚編集長(当時)であり、その対象は、株式インサイダー取引事件における重要事実認定の嚆矢の判断となった日本織物加工株式インサイダー取引事件であった。

 同社の第三者割当増資をめぐる株式インサイダー取引事件の詳細については拙稿[1]に譲るが、本事件では、専ら、「重要事実の発生」についての判断が問題とされた。即ち、第一審の東京地判平成9年7月8日(判時1618号33頁)では、「停止条件付き重要事実の発生」という概念を導入し、「(日本織物加工の:筆者)K社長は、遅くとも平成7年1月11日には、ユニチカが難色を示す保有株のユニマットへの直接譲渡に決着がついて障害事由がなくなれば本件第三者割当増資を実施するための新株発行を行うことを、(日本織物加工の親会社であった東海染工の:筆者注)Y取締役に表明する形で決定していたと認定し、日本織物加工による第三者割当増資のための新株発行の決定という「重要事実」が平成7年1月11日に発生した、と判断した。

 控訴審の東京高判平成10年9月21日(商事1514号16頁)は、平成7年11月11日の時点では、ユニチカから同株式のユニマットへの直接譲渡について解決の見通しはついておらず、同月25日に開催された東海染工Y会長とユニマットT社長とのトップ会談前であり、本件M & Aが実際に成立する可能性については予断を許さない段階であったとして、「(平成7年:筆者注)1月11日のK社長のY取締役に対する発言が、日織の新株発行に関して、親会社に向けた積極的態度表明の要素を有するものではあるが、未だ新株発行にかかる機関の『決定』とはいえない」、と判断した。そのうえで、「会社の機関としての意思決定で、当該決定にかかる事項が右決定に基づき確実に実行されるであろうとの予測が成り立つものであった初めて、一般投資家の投資判断に著しい影響を与える重要事実に当たる」、と判断した。

 上告審の最高裁判決平成11年6月10日(刑集53巻5号415頁)は、「右(旧証取法166条2項1号にいう『株式の発行』を行うことについての:筆者注)決定をしたというためには右(『業務執行を決定する』:筆者注)機関において株式の発行の実現を意図して行ったことを要するが、当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない・・・。けだし、そのような決定の事実は、それのみで投資者の投資判断に影響を及ぼし得る」からであると述べ、原判決に旧証取法166条2項1号の解釈・適用に誤りがあるとして、本事件を東京高裁に差し戻し、「重要事実」の発生をめぐる下級審の争いに終止符を打った。

 本事件では、第三者割当増資のための新株発行の決定がどのような要件が整えばいつ成立するのかに争点が絞られてきたが、一連の取引事象の中で本件被告人の投資行動を詳細に検討すると、本件第三者割当増資を引き受けるユニマットの意思決定こそが被告人の投資決定に最も重要な影響を与えたと考えることができる。従って、本件では、日本織物加工による第三者割当増資のための新株発行の決定という事実ではなく、ユニマットによる第三者割当増資を引き受ける決定という事実こそ、「重要事実」と認定されるべきではなかったかと考えたのである。私は、拙稿「インサイダー取引規制の基礎となる『重要事実の認定』再論-日本織物加工株式事件最高裁判決を踏まえて-」金法1553号(1999.7.25)の中で、日本織物加工の第三者割当増資をめぐる一連の事象の中で、経営が悪化した同社にとっての「重要事実」は、「ユニマットが日織(日本織物加工:筆者注)の第三者割当増資を引き受けることにより同社の過半の株主として経営支援を行うことが三社間(東海染工、同社の株主であったユニチカ及びユニマットの三社間:筆者)で決定されたという『事実』であり、第三者割当増資を実施するために新株発行を行うことについての日織の『決定』は、同社がユニマットから経営支援を受けるための前提条件」に過ぎないのであり、「いかなる事案においても投資家の投資判断に著しい影響を与える『重要事実』の発生を認定するときには、投資家の合理的な投資行動という視点を欠かすことはできないと考える。法166条2項1号ないし3号に列挙されている事項に拘泥するあまり、投資家の合理的な投資行動という視点から掛け離れた『重要事実』が認定されるとすれば、現代の複雑な経済事象のなかでは、ますます木を見て森を見ない判断がもたらされる」、と指摘した。



[1] 「インサイダー取引規制の基礎となる重要事実の発生と認定-日本織物加工事件をめぐり-」金法1545号(1999.4.25)及び「インサイダー取引規制の基礎となる『重要事実の認定』再論-日本織物加工株式事件最高裁判決を踏まえて-」金法1553号(1999.7.

 

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