◇SH1219◇日本企業のための国際仲裁対策(第40回) 関戸 麦(2017/06/08)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第40回 暫定・保全措置その2

3. 仲裁廷による暫定・保全措置

(1) 前提条件

 前回(第39回)において述べたとおり、仲裁廷は、暫定・保全措置として、現状(status quo)を保全する命令(日本の民事訴訟に関する「仮処分」命令に相当)、仲裁判断の強制執行対象を確保するための命令(日本の民事訴訟に関する「仮差押」命令に相当)、証拠を保全する命令(日本の民事訴訟に関する「証拠保全」命令に相当)等を、仲裁手続の当事者に対して命じることができる。但し、この仲裁廷による暫定・保全措置は、前提として、次の各点が満たされることを必要とする。

 第1に、仲裁合意が存在する必要がある。仲裁廷による暫定・保全措置は仲裁手続の一環であるから、仲裁合意なくして仲裁手続が存在しえない以上、暫定・保全措置も仲裁合意なくして存在しえない。したがって、仲裁廷の管轄の有無の問題として、仲裁合意の不存在は、暫定・保全措置との関係でも争う理由となる。

 第2に、仲裁合意において、暫定・保全措置が排除されていないことである。当事者が、仲裁合意において、暫定・保全措置を排除することを定めた場合には、仲裁廷は、暫定・保全措置を行う根拠を失い、これを行うことができない。

 第3に、暫定・保全措置は、仲裁合意の当事者に対してしか発令することができない。例えば、第三者が有する証拠を保全したいと考えても、仲裁手続の枠組みの中では、第三者に対して証拠を保全する命令を発することは認められない。

 第4に、時期は、当然のことながら仲裁廷が構成された後でなければならない。前回述べたとおり、仲裁手続の開始から仲裁廷が構成されるまでに2から3か月、さらにはそれ以上の期間を要する可能性もある。その期間は、仲裁廷による暫定・保全措置を得ることはできない。

(2) 判断基準

 日本の仲裁法においても、また、ICC及びSIACの各仲裁規則においても、暫定・保全措置を認めるか否かの判断基準について、具体的な定めはない。これに対し、HKIAC及びJCAAの各仲裁規則においては、判断基準に関する具体的な定めがある。JCAAの仲裁規則では、仲裁廷による保全措置命令が、次の2つの要件をいずれも満たす場合にのみ、発令できると定められている(66条2項)。

  1. ① 保全措置命令が発されない場合、損害賠償を命じる仲裁判断では適切に回復できない損害が生じる可能性があり、かつその損害が保全措置命令によりその名宛人となる当事者に生じる可能性のある損害を十分に上回ること
  2. ② 保全措置命令の申立てをした当事者の本案請求が認められる合理的な可能性があること

 但し、仲裁廷による暫定・保全措置のうち、証拠を保全する命令については上記①及び②を満たすことは必須ではなく、上記①及び②の2点を考慮して適当と認める場合に発令することができる(JCAA規則66条3項)。

 HKIACの規則が言及している点も、上記2点と同内容である。但し、HKIACの規則では、上記2点を含め、様々な事情を総合的に考慮して、仲裁廷が保全措置命令を認めるか否かを判断するという判断枠組みとなっている(23.4項)。

 また、ICC等の具体的な判断基準を定めていない仲裁規則のもとにおいても、判断基準の中心となるのは、上記2点であると考えられている。

 なお、日本の裁判所における民事保全では、被保全権利と、保全の必要性の二つが、民事保全命令(仮差押命令又は仮処分命令)を得るための要件となっているところ、被保全権利は上記②に対応するものであり、保全の必要性は上記①に対応するといえる。すなわち、仲裁廷による暫定・保全措置の判断基準は、日本の裁判所における民事保全の判断基準と、大きく異なるものではない。

(3) 手続

 まず、仲裁廷による暫定・保全措置を求める当事者が、仲裁廷に申立書を提出する。申立書の記載事項について、規則に特段の定めはないものの、判断基準に関する上記①及び②の2点を中心に記載することが通常である。

 その後の手続の進め方としては、相手方当事者に反論の機会を与えることが通常であるが、例外的に、反論の機会を与えない場合も考え得る。後者の手続は、申立をした当事者と仲裁廷のみがやり取りをするものであり、「ex parte」(一方当事者のみ)と言われる進め方である。UNCITRAL(国際連合国際商取引法委員会)が作成した仲裁法規のモデル法[1]では、相手方当事者に伝えることによって、暫定・保全措置の目的が損なわれるおそれがあるときは、この「ex parte」の方法で進めることができると定めている(17条B)。

 しかしながら、暫定・保全措置とはいえ、反論の機会を与えずに発令することは、国際仲裁の基本原則の一つである「主張立証の十分な機会付与の原則(Full Opportunity to Present Case)」との関係で問題がある。「ex parte」の方法は一般的ではなく、さらに、JCAAの仲裁規則では、「仲裁廷は、保全措置命令を発するにあたっては、すべての当事者に意見を述べるための合理的な機会を与えなければならない」と定めており、「ex parte」の方法が許されないことを明示している(66条4項)。

 仲裁廷は、暫定・保全措置を発令する際には、当事者に担保(security)の提供を求めることができる(ICC規則28.1項、SIAC規則30.1項、HKIAC規則23.6項、JCAA規則67条)。この担保は、通常は、暫定・保全措置によって相手方当事者(暫定・保全措置の申立を行っていない当事者)が損害を蒙った場合に、これを補填するためのものである。したがって、通常は、担保を提供するのは暫定・保全措置の申立を行った当事者であり、また、担保からの支払が問題となるのは、暫定・保全措置の申立を行った当事者の主張が最終的な仲裁判断で否定された場合(暫定・保全措置の方向性とは異なる結論となった場合)である。

 仲裁廷は、自らが発した暫定・保全措置を取消、変更等することができる。HKIAC及びJCAAの規則はこの点を明示している(HKIAC規則23.5項、JCAA規則69条)。

(4) 執行力等

 日本の仲裁法上、仲裁廷による暫定・保全措置には執行力が認められない(裁判所による強制執行手続を行うことができない)と解されている[2]。執行力が認められる仲裁廷の判断は、最終的なものである必要があるからである(仲裁法46条8項、45条2項7号参照)。

 UNCITRALのモデル法は、2006年の改正において、仲裁廷による暫定・保全措置について執行力を与える内容となったが(17条H)、日本の仲裁法は2006年のモデル法の改正は、反映していない。他の多くの国も、同様である[3]。仲裁廷による暫定・保全措置に執行力を明示的に認める仲裁法規となっているのは、イギリス、スイス、シンガポール、香港、オーストラリア等である。

 但し、仲裁廷による暫定・保全措置に執行力がないとしても、これが遵守されない訳ではない。仲裁廷による暫定・保全措置が効力を持つのは、仲裁廷の下で、最終の仲裁判断(final award)に向けた審理ないし手続を行っている場面である。当事者は、仲裁廷の最終判断を自らに有利なものとすることに注力する以上、その仲裁廷の発令した暫定・保全措置には、通常は逆らわない。

 また、仲裁廷による暫定・保全措置の違反は、仲裁合意の違反に該当する。仲裁合意の内容には、仲裁廷による暫定・保全措置を遵守することも含まれるからである。したがって、仲裁廷による暫定・保全措置に違反した当事者に対しては、仲裁合意違反という債務不履行に基づく損害賠償請求が可能であり、これが最終の仲裁判断で認められる可能性がある。

 加えて、最終の仲裁判断においては、仲裁手続に関する費用について、申立人及び被申立人間の負担割合についても判断されるところ、その際に、仲裁廷による暫定・保全措置違反の点が考慮され、違反した当事者の負担割合が増加する可能性もある。

 以上のとおり、仲裁廷による暫定・保全措置に執行力がないとしても、仲裁手続の当事者には、これを遵守する強い動機づけがある。

以 上



[1] UNCITRALのホームページで参照可能である。
  http://www.uncitral.org/uncitral/en/uncitral_texts/arbitration/1985Model_arbitration.html
  なお、和訳は、2006年の改正前のものを対象としているが、首相官邸のホームページで参照可能である。
  http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/kentoukai/tyuusai/dai1/1sankou3.html

[2] 近藤昌明ほか『仲裁法コンメンタール』(商事法務、2003年)116頁。なお、同書の著者は、仲裁法の立法担当者である。

[3] 但し、裁判所の解釈論で、仲裁廷による暫定・保全措置に執行力が認められる余地はある。

 

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