実学・企業法務(第56回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
4. 販売(営業)
(3) 営業の主要機能
5) 販売チャンネル
企業の業績を牽引する販売チャンネルを構築するのは営業の重要な役割である。どのブランドを付けた商品をどの販売チャンネルを通じて販売するかは、企業経営の重要な戦略であり、多くの企業が、企業イメージを高め顧客の信用を得るために多額の広告宣伝費を投入している[1]。
販売チャンネルの構築・運営にあたっては、歴史的・社会的背景の中で形成された流通・取引に係る慣行に配慮するとともに、公正・自由な競争の促進と市場メカニズム機能の十分な発揮を図る独占禁止法の規制[2]にも留意しなければならない。
次に、法務の視点で、販売チャンネルの主な類型を挙げる。
a. 大規模小売店舗
一つの建物の店舗面積の合計[3]が1,000㎡を超える[4]百貨店・量販店等の「大規模小売店舗」の立地に関しては、周辺地域の生活環境の保持を目的として、大型店の設置者が施設の配置・運営方法について適正に配慮することが「大規模小売店舗立地法」により義務付けられている。
経済産業大臣は、国土交通省(道路、都市環境整備)・警察庁(交通管理)・環境省(騒音・廃棄物問題)等と協議して、大規模小売店舗の設置者が配慮すべき事項に関する次の指針を定め、公表している[5]。
- 〔大規模小売店舗を設置する者が配慮すべき事項に関する指針の要旨〕
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1. 設置者が配慮すべき基本的な事項
⑴立地に伴う周辺の地域の生活環境への影響についての十分な調査・予測と適切な対応(特に、深夜営業は慎重に行う)、⑵地域住民への適切な説明(説明会の開催場所・日時等にも配慮)、⑶都道府県からの意見に対する誠意ある対応、⑷大規模小売店舗内の小売業者の履行確保、⑸対応策履行の責任体制の明確化、⑹大規模小売店舗の開店後に生じた予測との差を是正するための追加措置等の対応 -
2. 施設の配置・運営方法に関する次の⑴及び⑵
⑴駐車需要の充足その他による大規模小売店舗の周辺の地域住民の利便及び商業その他の業務の利便の確保のために配慮すべき事項(駐車場・駐輪場の台数確保と荷さばき施設整備、来客や事業者の経路設定、歩行者通行の利便、廃棄物減量化及びリサイクルの配慮、防災・防犯対策への協力等)、⑵騒音の発生その他による大規模小売店舗の周辺の地域の生活環境の悪化の防止のために配慮すべき事項(騒音、廃棄物、街並みづくり)
「大規模小売店舗立地法」は、新設の大型店舗が周辺の地域の生活環境に著しい悪影響を及ぼす事態を回避するために、地元の意見を反映する次の機会を設けている(5~9条)。
- ⑴ 大規模小売店舗(大型店)の新設者(賃借権者・テナント等ではない)は、予定地の都道府県[6]に計画を届出て、2カ月以内に地元の市町村で説明会を開く。
- ⑵ 都道府県は、届出を受けると、その概要を公告し、その旨を市町村に通知するとともに、提出書類を公告から4カ月間縦覧に供す。
- ⑶ 都道府県は、⑵の4カ月以内に、市町村・近隣住民等の意見を聴取等する。
- ⑷ 都道府県は、届出から8カ月以内に届出者に対し、意見があれば書面で述べ(意見の概要は公告。意見は1カ月間縦覧に供す)、意見が無ければその旨を通知する。
- ⑸ 新設者は、都道府県から意見書面を受けたときは、最初の届出の「変更届出」又は「変更しない旨の通知」を行う。
- ⑹ 都道府県は、意見が反映されず「周辺地域の生活環境に著しい悪影響」があると認めるときは、必要な措置をとるよう勧告し(⑸から2カ月以内に限る)、これを市町村に通知し、公告するが、新設者が正当な理由なく勧告に従わないときは、その旨を公表する。
- ⑺ 法定の届出・報告をせず、又は虚偽の届出・報告をした者には罰金を科す。(17~21条)
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(注) 大規模小売店舗の規制の経緯
日本において大規模小売店舗の法規制が始まったのは1937年の「百貨店法」制定からである。同法は開業・支店開設を許可制にする等の規制を行ったが、戦後の1947年に独占禁止法が制定され、営業の自由を縛る「百貨店法」は廃止された。しかし、中小小売業者の多くは百貨店の優越的地位の濫用を直接的に規制することを求め[7]、1956年に第2次の「百貨店法」が、「百貨店業の事業活動を調整することにより、中小商業の事業活動の機会を確保し、商業の正常な発達を図」る[8]ことを目的として制定された。同法では、百貨店業の営業が通商産業大臣の許可制とされ、店舗新設・床面積増加も同大臣が許可することとして、閉店時刻・休業日が政令で定められた。
その後、スーパー等の大型店の出店が増えて流通革命といわれる状況が現れ、圧迫された中小小売業者による大型店反対運動が各地で展開された。この流通変革の中で、1973年に「大規模小売店舗法[9]」が制定され、百貨店・量販店等の大型店(企業ではなく、建物の構造と店舗面積で定義)が出店するときに、地元の商店街等と事前に出店について調整する仕組み[10]が出来るとともに、閉店時刻・休業日数を通商産業大臣又は都道府県知事への届出制にした。
しかし、地元の中小小売業者の既得権益を擁護するこの制度は、日本の出店者側から批判されただけでなく、消費者からもニーズの多様化への対応遅れを指摘され、日米構造協議(特に1990年頃)では米国側から非関税障壁として撤廃を求められた。大型店舗の規制を目的とする「大規模小売店舗法」は1978年、91年、93年と改正されたが、結局、98年に廃止され、「まちづくり[11]」指向に政策転換して、同年、周辺地域の生活環境の保持を目的とする「大規模小売店舗立地法」が制定された。
この後、さまざまな要因により郊外型大型店が増加し、駅前商店街のシャッター通り化が進んでいる。
[1] 日経広告研究所「有力企業の広告宣伝費2015」(2015.4~2016.3連結ベース)によればトヨタ自動車4,890億円、ソニー3,913、日産自動車3,422、イオン1,947、セブン&アイHD1,763、ブリヂストン1,283、マツダ1,228。
[2] 流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針(公正取引委員会 2016年5月27日改正)は、⑴事業者の市場への自由な参入が妨げられず⑵それぞれの事業者の取引先の選択が自由かつ自主的に行われ⑶価格その他の取引条件の設定がそれぞれの事業者の自由かつ自主的な判断で行われ⑷価格・品質・サービスを中心とした公正な手段による競争が行われるようにするための、具体的な指針を示している。
[3] 売場・ショーウインドー・ショールーム・サービス施設等を含み、階段・エスカレーター・エレベーター・文化催場・トイレ・事務所・荷扱い所等を除く(「大規模小売店舗立地法の解説〔第4版〕」平成19年5月 経済産業省商務情報政策局流通政策課
[4] 大規模小売店舗立地法3条1項、大規模小売店舗立地法施行令2条
[5] 大規模小売店舗立地法4条、大規模小売店舗を設置する者が配慮すべき事項に関する指針(平成19年2月1日経済産業省告示16号)
[6] 大規模小売店舗の新設の届出に関する運用を行うのは、都道府県及び政令指定都市とされている。(15条)
[7] 独占禁止法2条9項は「優越的地位の濫用」を「不公正な取引方法」であるとして禁止している。公正取引委員会は「百貨店業における特定の不公正な取引方法(昭和29年12月21日公正取引委員会告示第7号)」により優越的地位の濫用の具体的な態様を指定して規制強化を図ったが、多くの中小小売業者が百貨店法の復活による規制強化を求めた。
[8] 百貨店法1条
[9] 大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律
[10] 「大規模店舗審議会」が聴く地元の商工会議所・商工会の意見は「商業活動調整協議会(商調協)」でまとめられた。審議会は、調整4項目(開店日、店舗面積、閉店時刻、休業日数)等を審議するが、商調協は既得権益の代弁として批判された。
[11] 1998年に「まちづくり3法(大規模小売店舗立地法、中心市街地活性化法、改正都市計画法)」が制定された。