◇SH1237◇日本企業のための国際仲裁対策(第41回) 関戸 麦(2017/06/15)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第41回 暫定・保全措置その3

4. 緊急仲裁人

(1) 趣旨

 前回(第40回)において述べたとおり、仲裁廷による暫定・保全措置は、仲裁廷が構成された後でなければ発することができない。しかるに、仲裁廷が構成されるまでには、仲裁手続の開始(申立書の提出)から、2から3か月、さらにはそれ以上の期間を要する可能性がある。

 この仲裁廷が構成されるまでの期間において、暫定・保全措置が必要とされることも十分に考えられる。その場合、従前は、裁判所による暫定・保全措置を求めるよりほかなかったが、仲裁合意が存在するにも拘わらず、そのような緊急の要請に仲裁手続が対応できないことは問題であると認識されていた。そこで各仲裁機関が、ここ10年程度の間に、緊急仲裁人(emergency arbitrator)の制度を順次導入し、仲裁廷が構成される前の期間における暫定・保全措置に対応する体制が整えられてきた[1]

(2) 前提条件

 緊急仲裁人による暫定・保全措置が認められるための前提条件としては、第1に、仲裁合意が存在する必要がある。この点は、仲裁廷による暫定・保全措置について、前回述べたことと同様である。

 第2に、ICCとHKIACの場合には、仲裁合意の成立時期が、緊急仲裁人の制度が導入された時期以降である必要がある。すなわち、緊急仲裁人の制度が導入されたのは、ICCにおいては2012年1月1日、HKIACにおいては2013年11月1日であるところ、仲裁合意がその導入時期より前に締結されたものである場合には、緊急仲裁人による暫定・保全措置を申し立てることができない(ICC規則29.6a項、HKIAC規則1.4項)。緊急仲裁人の制度が導入される前の時期においては、この制度を前提とせずに仲裁合意が締結されたと解しうるため、ICCとHKIACはこの制度の適用を認めなかったものと考えられる(もっとも、ICCとHKIACにおいても、当事者が緊急仲裁人の暫定・保全措置を適用することを明示的に合意した場合には、この制度が導入されるより前に締結された仲裁合意についても、同制度の適用が認められる)。

 これに対し、SIAC及びJCAAにおいては、上記のような仲裁合意の締結時期による適用制限は見られない。

 第3に、仲裁合意において、緊急仲裁人による暫定・保全措置が排除されていないことが必要である。なお、ICCのモデル仲裁条項では、緊急仲裁人による暫定・保全措置を排除するための文言も用意されている[2]。緊急仲裁人による暫定・保全措置は、申立を受ける側からすると、短時間での対応が求められかなりの負担となる。したがって、自らが申立をする必要性が考え難い場合には、仲裁条項において、緊急仲裁人による暫定・保全措置を排除することは、一つの選択肢である。

 第4に、緊急仲裁人による暫定・保全措置は、仲裁合意の当事者に対してしか発令することができない。すなわち、第三者に対して発令できないということであり、この点は、仲裁廷による暫定・保全措置と同様である。

(3) 判断基準等

 基本的には、前回述べた、仲裁廷による暫定・保全措置と同様と考えられる。仲裁機関の規則上、発しうる暫定・保全措置の内容についても、また、そのための判断基準についても、仲裁廷による暫定・保全措置と区別する定めは特に認められない。

 但し、その性質上、仲裁廷が構成されるまで待てない程の必要性ないし緊急性が、緊急仲裁人による暫定・保全措置が認められるためには必要であると解される。

(4) 手続

 まず、緊急仲裁人による暫定・保全措置を求める当事者が、仲裁機関に申立書を提出する。申立書の記載事項については、仲裁機関の規則に定められており、例えば、SIACの仲裁規則では、以下のとおり定められている(Schedule 1・1項)。

  1. ① 求める措置の性質
  2. ② かかる措置が認められるべき理由
  3. ③ 他の全ての当事者に申立書写しが送付されたことを証する陳述、又は、送付されていない場合には、他の全ての当事者に申立書写しを送付するために誠実にとられた手続の説明

 また、緊急仲裁人による暫定・保全措置を求める当事者は、所定の費用を納めなければならない。これは、通常の仲裁手続の費用とは別に、支払うものである。例えば、SIACの場合、SIACの管理費として5000シンガポールドル、緊急仲裁人の報酬及び費用の予納として原則3万シンガポールドルが必要となる(SIAC規則Schedule of Fees)。ICCの場合は、ICCの管理費として1万米ドル、緊急仲裁人の報酬及び費用として原則3万米ドルが必要となる(ICC規則Appendix V・7.1項)。

 次に、緊急仲裁人の選任であるが、人数は1名が予定され、また、仲裁機関によって選任が行われる(ICC規則Appendix V・2.1項、SIAC規則Schedule 1・3項、HKIAC規則Schedule 4・5項、JCAA規則71条1項、67条)。通常の仲裁人の選任に際しては、当事者が自ら選任をすることもあれば、仲裁機関が選任するにしても、当事者に意見を述べる機会が与えられ、一定程度時間をかけて手続が進められる。これに対して緊急仲裁人の場合は、時間が限られるため、仲裁機関が速やかに選任することとなっている。

 緊急仲裁人による暫定・保全措置に関しては、迅速性確保の観点から、いくつか期限が設けられている。例えば、仲裁機関による緊急仲裁人の選任は、SIACの場合、申立書及び上記費用を受領してから1日以内に選任することが求められている(SIAC規則Schedule 1・3項)。ICC、HKIAC及びJCAAにおいても、基本的には2日以内であることが求められている(ICC規則Appendix V・2.1項、HKIAC規則Schedule 4・5項、JCAA規則71条4項)。

 また、緊急仲裁人の判断までの期間についても、ICC及びHKIACにおいては緊急仲裁人が記録を受領してから15日以内(ICC規則Appendix V・6.4項、HKIAC規則Schedule 4・12項)、SIACにおいては緊急仲裁人の選任から14日以内(SIAC規則Schedule 1・9項)、JCAAにおいては緊急仲裁人の選任から2週間以内に行うことが(JCAA規則72条4項)、それぞれ求められている。

 ICC、SIAC、HKIAC及びJCAAのいずれの規則においても、緊急仲裁人は、相手方当事者(申立を行っていない当事者)に反論の機会を与えなければならない(ICC規則Appendix V・5.2項、SIAC規則Schedule 1・7項、HKIAC規則Schedule 4・11項、JCAA規則72条1項、66条4項)。すなわち、前回述べた、「ex parte」(一方当事者のみ)という手続は、これらの仲裁規則上、明示的に排除されている。

 もっとも、反論の機会といっても時間的制約の下で与えられるものであり、形式は、電話会議のような簡便なものとなり得る。

 緊急仲裁人は、暫定・保全措置を発令する際には、当事者に担保(security)の提供を求めることができる(ICC規則Appendix V・6.7項、SIAC規則Schedule 1・11項、HKIAC規則Schedule 4・17項、JCAA規則72条1項、67条)。これは前回、仲裁廷による暫定・保全措置について述べたのと同様である。

(5) 仲裁手続申立前における暫定・保全措置申立の可否

 SIAC及びHKIACでは、仲裁手続が申し立てられる前に、緊急仲裁人による暫定・保全措置の申立をすることは許されない(SIAC規則Schedule 1・1項、HKIAC規則Schedule 4・1項)。すなわち、仲裁手続の申立を先行するか、少なくとも同時に行う必要がある。米国等、民事保全に先行して、本案訴訟を提起することを求める制度があるが、SIAC及びHKIACの規則はこれに類似するともいえる。

 これに対し、ICC及びJCAAでは、仲裁手続が申し立てられる前に、緊急仲裁人による暫定・保全措置の申立をすることが許される。但し、その後10日以内に、仲裁手続が申し立てられることが条件となっている(ICC規則Appendix V・1.6項、JCAA規則70条7項)。

(6) 暫定・保全措置の取消、変更等

 緊急仲裁人は、自らが発した暫定・保全措置を取消、変更等することができる(ICC規則Appendix V・6.8項、SIAC規則Schedule 1・8項、HKIAC規則Schedule 4・18項、JCAA規則72条1項、69条)。但し、これが可能なのは、仲裁廷が構成されるまでの間である。

 仲裁廷が構成された後は、仲裁廷が、緊急仲裁人が発した暫定・保全措置を取消、変更等することができる(ICC規則29.3項、SIAC規則Schedule 1・10項、HKIAC規則Schedule 4・18項、JCAA規則73条2項)。すなわち、仲裁廷の判断は、緊急仲裁人の判断に優先する。

(7) 執行力等

 緊急仲裁人による暫定・保全措置の執行力については、前回、仲裁廷による暫定・保全措置の執行力について述べたのと同様に、不確実な面がある。しかも、前回言及したUNCITRALのモデル法17条Hも、緊急仲裁人による暫定・保全措置の執行力までは明確に述べておらず、緊急仲裁人による暫定・保全措置の執行力は、仲裁廷によるものよりも、不確実性が高いとも考えられる。

 もっとも、仮に、執行力がないとしても、緊急仲裁人による暫定。保全措置が遵守されない訳ではない。仲裁手続の当事者に、これを遵守する強い動機づけがあることは、前回、仲裁廷による暫定・保全措置について述べたことと同様である。

以 上



[1] 緊急仲裁人制度を導入した時期は、SIACが2010年7月、ICCが2012年1月、HKIACが2013年11月、JCAAが2014年2月である。

[2] ICCのホームページで参照可能である。https://iccwbo.org/dispute-resolution-services/arbitration/arbitration-clause/

 

 

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