改正民法の「定型約款」に関する規律と諸論点(5)
弁護士法人三宅法律事務所
弁護士 渡 邉 雅 之
弁護士 井 上 真一郎
弁護士 松 崎 嵩 大
6 みなし合意の適用除外(不当条項規制・不意打ち条項規制)(改正548条の2第2項)
(定型約款の合意)
- 第548条の2
- (略)
- 2 前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。
(1) 概要
不当条項規制については、常に効力を否定すべきであり、当事者が不当性を阻却する事由を主張立証することができない条項(ブラックリスト)や、一応不当なものと評価されるが、当事者が不当性を阻却する事由を主張立証することによって不当という評価を覆す余地がある条項(グレーリスト)を作るといったことも議論されてきたが、このような規定は設けられないことになった。
【部会資料42・55~56頁で例示されたブラックリスト】[1]
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また、中間試案やそれ以降の提案においても、不当条項規制と不意打ち条項規制は別途のものとして検討されてきたが(中間試案第30の3及び5)、結果として、不当条項規制と不意打ち条項規制を融合するような形で、改正548条の2第2項が定められた。
このような経緯により、改正548条の2第2項は、「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。」という規定になった。
(2) 改正548条の2第2項と消費者契約法10条との違い
ア 比較
不当条項規制としては、改正548条の2第2項に類似する規定として消費者契約法10条を挙げることができるが、 両者の要件及び効果は以下のとおりである。
改正548条の2第2項 | 消費者契約法10条 | |
要件 | ||
その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、 | 民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、 | |
効果 | 合意をしなかったものとみなす。 | 無効とする。 |
すなわち、改正548条の2第2項の特徴として、消費者契約法10条とは異なる点を挙げると、以下のとおりとなる。
- ① 適用対象は、「消費者契約の条項」ではなく「定型約款の個別の条項」(事業者間契約にも適用あり)。
- ② 権利制限・義務加重の比較対象としての「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して」との文言がない。
- ③ 信義則違反の判断基準として、「その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして」との文言が追加。
- ④ 効果は、「無効とする」のではなく、「合意をしなかったものとみなす」。
上記①については、実質的に大きな違いであることは明らかであるが、②③については、文言だけではなく実質的な違いがあるのかどうかが問題となる。
イ 「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して」の有無による違い
改正548条の2第2項には、消費者契約法10条にある「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して」という文言がない。「公の秩序に関しない規定」とはいわゆる任意規定のことである。
もっとも、消費者契約法10条も、任意規定が適用される場合のみを比較対象としているわけではなく、そこには任意規定のみならず判例や一般的な法理等も含まれるのであって(最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁)、これらと比較して、「当該条項が存在しない場合に比し」て「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項」であるかを判断することになると解されている。すなわち、消費者契約法10条の方が解釈論と条文の文言に乖離が生じていることから、改正548条の2第2項には「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して」との文言を入れなかったというだけであり、消費者契約法10条との違いを生じさせることは意図されていない。[2]
したがって、改正548条の2第2項に「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して」との文言がないことに関しては、消費者契約法10条との間で違いを生じさせるものではないものと考えられる。[3]
ウ 「その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして」の意義
(ア)趣旨の違い~不当条項規制と不意打ち条項規制の融合
従前の案においては、不当条項規制及び不意打ち条項規制を二つの異なる規律として設けることとしていたが、改正548条の2第2項はこれを一本化する形となった。「定型取引の態様」という考慮要素が挙げられているが、これは、契約の内容を具体的に認識しなくとも定型約款の個別の条項について合意をしたものとみなされるという定型約款の特殊性を考慮することとするものである。この特殊性に鑑みれば、相手方にとって予測し難い条項が置かれている場合には、その内容を容易に知り得る措置を講じなければ、信義則に反することとなる蓋然性が高いことが導かれる(この限度で不意打ち条項に果たさせようとしていた機能はなお維持される。)。もっとも、これはその条項自体の当・不当の問題と総合考慮すべき事象であることから、このような観点は一考慮要素として位置づけることとなった。[4]
現在の裁判実務においても、定型約款中の条項に当事者が拘束されるか否かについては、当該条項の内容面における不当性のみに着目するわけでもなく、相手方が当該条項の存在を明確に認識していないことを加味した上で、当該条項の内容の相当性を消極的に評価し、その結果として相手方がこれに拘束されないとの判断が行われているものもある(最判平成17年12月16日集民218号1239頁)。改正548条の2第1項は、個別の条項について合意があったとはいい難いものについても合意があったものとみなすという効力を認めることになることから、相手方の認識の程度を加味した上で当該条項の不当性を広めに判断するという上記のような裁判実務の運用が困難になるおそれがあるため、改正548条の2第2項が設けられたとも説明されている。[5]
このように、消費者契約法10条では消費者と事業者との間の格差に鑑みて不当条項を規制しようとする同法の趣旨を踏まえて信義則違反の有無が判断されるのに対し、改正548条の2第2項では定型約款の特殊性を踏まえた判断がされることになるため、結論に違いが生ずることがあり得ると考えられる。[6]
(イ)考慮事由の違い
上記(ア)で述べたとおり、「定型取引の態様」については、契約の内容を具体的に認識しなくとも定型約款の個別の条項について合意をしたものとみなされるという定型約款の特殊性を考慮することとするものである。また、「(取引)の実情」や「取引上の社会通念」を考慮することとされているが、これは信義則に反するかどうかを判断するに当たっては、当該条項そのもののみならず、取引全体に関わる事情を取引通念に照らして広く考慮することとするものであり、当該条項そのものでは相手方にとって不利であっても、取引全体を見ればその不利益を補うような定めがあるのであれば全体としては信義則に違反しないと解されることになる。[7]
このような考慮事由が定められていることから、消費者と事業者との間の格差に鑑みて不当な条項を規制しようとする消費者契約法第10条とは、趣旨を異にすることが明らかになっているものといわれており、前述のとおり、結論に違いが生ずることもあり得ると考えられている。
他方、消費者契約法10条に関する判例でも、契約締結の態様や実情がすでに考慮されている。例えば、更新料条項が消費者契約法10条に違反しないと判示した最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁でも、「当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断」するとされているし、生命保険契約の無催告失効条項に関する最判平成24年3月16日民集66巻5号2216頁では、督促を行う態勢の整備とその実務上の確実な運用も考慮されている。そのため、この種の事情も考慮して消費者契約法10条が適用される以上、消費者契約については改正548条の2第2項が意味を持つ場面はないのではないかと指摘する見解もある。[8]
その他、最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁は、「一定の地域において、期間満了の際、賃借人が賃貸人に対して更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であること」も考慮しており、相手方にとっての予測可能性についても配慮しているようにも読める。また、携帯電話の2年契約プランの条項について消費者契約法に違反しないと判示した大阪高判平成24年12月7日金判1409号40頁(上告不受理)においても、ガイドブックで当該条項を説明しており、消費者との間の合意の成立は十分に認められるという事情が考慮されている。
もっとも、以上のような事情に言及されているとはいえ、一般に、消費者契約法10条に不意打ち条項規制の趣旨まで含まれているとは解されていないだろうと思われる。したがって、考慮事由自体には大きな差異はないかもしれないが、少なくともこれらの事情をどのような観点から斟酌し、評価するのかという点において、改正548条の2第2項には、前述したとおり消費者契約法10条との違いがあるものと解される。
エ 効果の違い(「無効」ではなく「合意をしなかったものとみなす」)
消費者契約法10条違反になる場合は、改正548条の2第2項が定める不当条項にも当たり、みなし合意の効力が否定されることになるのではないかと思われる。そうするとそもそも「合意をしなかったものとみなす」ことになるため、定型約款に関しては消費者契約法10条の適用の余地はないということにもなりそうである。
しかし、消費者契約法10条が適用されないとすると、同法12条3項に基づく適格消費者団体による差止請求ができなくなってしまうという問題が生じる。[9]
もっとも、このような解釈は合理的ではなく、消費者契約法8~10条に該当する限り、同法12条の差止めは認められるべきとの考え方もある。[10]
[1] 第51回会議に提出された大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志「約款に関する不当条項の一般規定とリスト化に関する提案」では、より多くのブラックリスト及びグレーリストが列挙され、さらには相手方が不当条項という評価を主張・立証すれば無効となる条項(ライトグレーリスト)なるものまで提案された。
[2] 衆議院法務委員会議事録第12号(平成28年12月2日)民事局長答弁。
[3] ただし、山本・前掲第2回注[7] 38~39頁では、「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して」との文言がないことをもって、基準が不文法を含めた任意規定であることは自明とはいえず、この文言を落とすべきではなかったと指摘する。
[4] 部会資料83の2・39~40頁。
[5] 部会資料86-2・3頁。
[6] 部会資料86-2・4頁。
[7] 部会資料86-2・4頁。
[9] 第96回議事録37頁(山本敬三幹事発言)。