実学・企業法務(第62回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
5. 代金回収
企業経営では、いかに魅力的な商品・サービスを顧客に販売・提供しても、売上代金を回収できなければ、それまで商品の企画・開発・製造・販売・管理等の業務に関与した人々の働きに対する報酬の元(モト)を全て失うことになり、事業を継続することができない。
貸倒れリスクを小さくするためには、売掛金等の債権を少なくし、担保権を設定して回収を確実にする。販売先に倒産の兆候を察知したときは、債権を手形・小切手にし又は債権譲渡する等の法的手法を駆使して、最大限の回収に努める。
しかし、取引先が、万策尽きて、裁判所に破産法・民事再生法等の法律の手続きを申し立てた後は、裁判所の手続きに従って淡々と回収する。
債権回収する際の留意事項は、債務者が個人か企業か、日本法人か外国法人か等によって多少異なる。債権回収時には、債務者側の事情にも配慮して、無用なトラブルを避ける。
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(例1) 海外子会社における債権管理
海外子会社の取引先に経営破綻の兆候が現れたときに、新たな債権の発生防止・既存の債権の回収(担保権の実行を含む)・貸与資産の取戻し等を日本の常識に基づいて行うと、現地で「外国資本による搾取」等の声が上がって事態が悪化するおそれがある。債務者側との話し合いは、債権者側の現地人幹部(又は現地で信用される代理人)が前面に立って行うのが望ましい。多くの場合、破綻企業の社員の中に事業継続を望む者がいるので、その代表者と事業継続方法(分離独立を含む)を話し合うことができれば、事業を継続できる可能性がある。なお、企業の二重帳簿が多い国では、経営破綻の実情が分かると解決策が見える可能性がある。 -
(例2) ライフ・ラインの個人使用料
電気・ガス・電話等のライフ・ラインの個人使用料(ほとんどの場合、少額である)については、債権者である会社の法務担当者が簡易裁判所で少額訴訟を行って回収することがある。ライフ・ラインを停止するときは、債務者の生命・健康の維持に配慮する。 -
(例3) 企業からの融資引き上げ
銀行等は、経営に行き詰まった地方の有力企業から大口融資を引き上げようとする場合、その企業の経営破綻によって地域の経済・社会が受ける影響やその善後策まで考慮する。
多くの企業が、取引相手先毎に売掛金残高の上限(与信限度枠)を設定し、販売先が倒産した場合の債権回収マニュアル等も準備している。
営業や購買の担当者が有能であれば、取引先の経営情報を各方面から入手するだけでなく、取引先を実際に訪問して在庫状況や役員・従業員の動向等を見聞し、先方の資金繰りの実態を見定める。事業継続が難しいと判断すれば、自社の売掛金・預け金・支給材料等を少なくして取引先倒産のリスクを最小にする。最終段階では、現金取引に切り替えて、債権を作らないことも考える。
次回以降、売上代金を可能な限り100%回収するための取り組みを、取引のステージ毎に考察する。