◇SH1276◇実学・企業法務(第63回) 齋藤憲道(2017/07/10)

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実学・企業法務(第63回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

5. 代金回収

A. 取引開始時

 取引の目的・方針を明確にして、商品の仕入販売・生産委託・仲介等のスキームの中から最適な取引方法を選択する。

 取引相手を選定する基準は、取引が継続的か一過性かによって異なる。継続的取引を指向する場合は、社長・幹部の信用、財務の健全性、技術開発力、価格や供給量の変動への対応力等を重視する。自社に、取引先数制限(2社購買を含む)、売掛金残高の上限設定等に関する取引基本方針や基準がある場合は、その条件に従う。      

 取引先候補が絞り込まれると、各候補の経営力(経営方針、市場競争力、社長の人物、社会の評判、社歴他)及び信用状況(会社の種類[1]、系列[2]、財務状況等)を具体的に評価して相手を選定し、その相手と、支払い時期・決済方法・担保・保証・与信限度枠[3]等の取引条件を決める。

 「担保」には、(1)人的担保(保証、連帯保証、債務引受等)と、(2)物的担保(a. 契約で設定する約定担保〔抵当権、質権、譲渡担保、仮登記担保、動産担保等〕、及び、b.法定担保〔留置権、商事留置権、動産売買の先取特権等〕)がある。

  1. (担保例1 保証)
    「保証」は全て契約書にする必要があり[4]、「約定担保」では対抗要件を備える必要がある。
  2. (担保例2 留置権)
    消費者から自動車や時計の修理を依頼された業者は、民法上の「留置権[5]」を行使して、その修理代が支払われるまで、預かった自動車や時計を自分の手元に留め置くことができる。ただし、この留置権は、債権と物との牽連性を必要とし、かつ、優先弁済権がない[6]
  3. (担保例3 商事留置権
    「商事留置権[7]」は破産等の場合に、民法上の留置権と異なり、別除権が認められて一定の範囲で優先弁済権を有する[8]。従って、商事留置権者は担保権を実行して競売に付し、売却代金の中から優先弁済を受けることができる[9]
    「商事留置権」は種類によって法的性質が異なり、「商人間の留置権(商法521条)」及び「代理商の留置権(商法31条、会社法20条)、問屋の留置権(商法557条)」が牽連性を必要としないのに対して、「運送人の留置権[10]」は民法上の留置権と同様に牽連性を必要とする。

 「担保」の取得と実行には専門知識が必要とされるので、弁護士や司法書士に相談することもある。   

 実質的に担保の機能を果たす方法として、相殺、所有権留保[11]、債権譲渡等が用いられる。特に、相殺は、実務上、最も簡便で確実な債権回収方法であり、多くの取引基本契約の中で規定されている。

〔相殺〕
 取引開始時の契約において、(1)一定の事態が発生した場合に「弁済期の如何にかかわらず、売主はいつでも債権と債務を対等額で相殺することができる」旨を規定して期限の利益を喪失(契約違反・倒産の場合、直ちに支払期日が到来)させるとともに、(2)契約解除(又は、その時点で契約終了)の条項を設けていると、大きなトラブルを生じることなく相殺[12]ができる。
 第1に、民法(137条[13])及び破産法(103条3項[14])には期限の利益の喪失の規定がある[15]が、例えば会社更生法・民事再生法等にはこのような規定がないので、取引基本契約において会社更生・民事再生等を「期限の利益喪失事由」にする。

  1. (注) 再建型倒産手続(更生手続、再生手続)では、法的倒産手続開始当時、債権者が倒産企業に対して債務を負う場合において、双方の債権が「債権届出期間満了」前に「相殺適状にあるとき」は、債権者はこの届出期間中に法手続き(更生計画・再生計画の定め)によらずに相殺できる(会社更生法48条1項、民事再生法92条1項)。

   第2に、契約が解除されると、納入済み商品の取戻し(取替不能の商品の場合に有効)ができるようになり、かつ、継続的取引に係る義務から解放されて受注済み商品の出荷を止めても問題がなくなる。そこで、契約書に①法定解除権[16]以外の解除事由(監督官庁による営業の取り消し処分等)、及び、②「催告の手続なく(略)直ちに解除できる」旨を記載する。

 この②の規定がなければ、債務不履行(履行遅滞、履行不能)等の法定解除権について、「相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときに契約の解除をする[17]」等の法定手続きを経て解除しなければならない。

  1. (注) 継続的給付の義務を負う双務契約の相手方は、法律(会社更生法、民事再生法、破産法)手続開始の申立て前の給付に係る(更生、再生、破産)債権等について弁済がないことを理由として、法手続開始後は、その義務の履行を拒むことができない[18]

(例1)「期限の利益の喪失」条項

 「買主または売主は次の各号の一に該当したとき、相手方からの催告その他何等の手続きを要することなく、この基本契約および個別契約に基づく一切の債務の履行につき、期限の利益を失い、直ちに残債務全額を一括現金にて相手方に支払う。

  1. (1) この基本契約もしくは個別契約に違反し・・・
  2. (2) 手形もしくは小切手が不渡り・・・
  3. (3) 監督官庁から営業の取消しまたは停止等の処分・・・
  4. (4) 第三者から仮差押・仮処分・差押・強制執行・競売の申立て・・・
  5. (5) 破産・会社整理・特別清算・民事再生もしくは会社更生手続きの申立て・・・
  6. (6) 解散・合併・会社分割・減資・事業譲渡・・・
  7. (7) 財産状態が悪化し、又はそのおそれがあると認められる相当の事由が生じた・・・

(例2)「契約の解除」条項

「上記(1)~(6)の一に該当したとき、相手方は催告その他なんらの手続きを要することなく、直ちに本基本契約および個別契約の全部又は一部を解除することができる。」

(例3)「相殺通知書」

「20**年*月*日に貴社から借用した金***円の返済請求を20×年×月×日付で受けましたが、20・・年・月・日に貴社に売り渡した○○の代金…円の支払いを20△年△月△日時点でまだ受けていないので、これと相殺します。○○の代金…円と対等額までは貴社の債権に対して弁済し、当社の残る債務は20△年△月△日現在△△円であるとご承知下さい。

20△年△月△日  当社代表取締役□□□(印)  貴社代表取締役◇◇◇殿 」

  1. (注) 上記の趣旨を、内容証明郵便で発送する。

〔新しい決済手段〕
 近年、利便性・認証手段・社会的信用度証明の観点から、クレジットカード[19]・プリペイドカード[20]・ICカード型電子マネー[21]等の新しい決済手段を採用し、回収を円滑に行う例が増えている。
 新しい決済手段に関しては、その普及とともに新たな類型の消費者トラブルが発生し、そのつど対策が講じられてきた。最近では国際的な利用が増え、決済に係わる当事者が増えて、資金の流通経路が多段階になり、消費者トラブルが複雑化している。

(例)クレジットカードに関する消費者トラブル
 クレジットカード発行会社(イシュアー)との間でカード会員契約を締結した消費者(カード会員)が、加盟店(販売業者・役務提供業者)でカードを利用して商品を購入した場合、その売上代金は、加盟店から、決済代行業者(包括加盟店、又は、包括代理店)、加盟店契約会社(アクワイアラー)、国際ブランド(VISA、MasterCard、JCB等)の順を経て、カード発行会社に請求される。
 カード発行会社は、その代金を国際ブランドに支払い、それが上記の請求ルートを逆に遡って最終的に加盟店に支払われる。カード発行会社はこの支払いと並行して、カード会員から商品代金を回収する。
 ところが、加盟店が悪質で、「ネット通販で商品を注文して代金をカード払いにしたところ、商品が届かず、キャンセル通知しても返金されない」等の消費者トラブルがしばしば発生する。トラブル事例の大半は、海外の加盟店が関わる事案[22]と見られている。

  1. (注) 割賦販売法の適用の可否
    日本の割賦販売法では、悪質な商法を行っている加盟店(販売業者)と消費者(カード会員)の間で売買等に関するトラブルが発生して、カード会員の苦情がカード発行会社(イシュアー)に寄せられると、カード発行会社が調査義務[23]を負う。

 しかし、加盟店契約会社(アクワイアラー)と決済代行業者(包括加盟店、包括代理店)には、苦情発生時の調査義務・加盟店契約時の審査義務・契約後のモニタリング義務がいずれも無い。

 カード発行会社は加盟店との間に直接の契約関係が無く、直接の契約関係にある決済代行業者にも調査義務等が無いため、悪質な販売業者等について十分な原因究明や調査を行うことができないのが、現在の実態である。

 特に、悪質販売業者が外国に存在する場合は、措置することがほとんどできず、今のところ消費者が自分で注意して被害を回避するしかない。



[1] 社員の責任の態様により、株式会社、合名会社、合資会社、合同会社に分かれる。

[2] 資本、資金調達、人材(役員、基幹人材)、技術、販路・営業活動等

[3] 社内審査で決めた与信限度枠を取引先に告知して、上限を増やすための経営努力を迫ることがある。

[4] 民法446条2項、3項

[5] 民法295条以下

[6] 民法上の留置権は、破産財団に対しては失効する(破産法66条3項)。

[7] 商法521条

[8] 破産法66条1項、民事再生法53条1項。ただし、民法その他の規定による特別先取特権には劣後する(破産法66条2項)。

[9] 破産法2条9項、民事執行法180~195条、破産管財人が行う留置対象物の換価について破産法184条2項。

[10] 運送取扱人・運送人・船舶所有者等の留置権(商法562条、589条、753条2項、国際海上物品運送法20条1項)

[11] 割賦販売法7条「第2条第1項第1号に規定する割賦販売の方法により販売された指定商品(耐久性を有するものとして政令で定めるものに限る。)の所有権は、賦払金の全部の支払の義務が履行される時までは、割賦販売業者に留保されたものと推定する。」自動車等の割賦販売で多く用いられる。

[12] 相殺適状にあることが必要で、民事再生法(93条①②、93条の2、94条)・会社更生法(48条、49条①②、49条の2)では債権届出期間満了前に、破産法(71条、72条、73条)では管財人が催告した期間(1ヵ月以上)内に、相殺の意思表示をすることが求められる。なお、「内田貴『民法Ⅲ 債権総論・担保物権』(東京大学出版会、2005)第9章 相殺」参照。

[13] 民法137条(期限の利益の喪失)「次に掲げる場合には、債務者は、期限の利益を主張することができない。1債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。2債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。3債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。」

[14] 破産法103条3項「破産債権が期限付債権でその期限が破産手続開始後に到来すべきものであるときは、その破産債権は、破産手続開始の時において弁済期が到来したものとみなす。」

[15] ただし、破産財団に属する資産が相殺により不当に害されることは、一定の場合に禁止されている。(破産法71条、72条)

[16] 民法541~543条、561~567条、570条、610~612条、635条。なお、消費者保護のためのクーリング・オフ(特定商取引法、割賦販売法等)は無条件の解除権であり、制限できない。

[17] 民法541条(履行遅滞)の場合。

[18] 会社更生法62条1項、民事再生法50条1項、破産法55条1項

[19] ショッピングカードの例として、VISA、マスターカード、アメリカン・エキスプレス、JCB、ダイナースクラブ等。この他、金銭貸付を行うキャッシングカードを多くの銀行が発行している。

[20] テレホンカード(旧電電公社、1982年)・スルッとKANSAI・オレンジカード等の「自家型前払式支払手段」と、同業者や地域商店会等の「第三者型前払式支払手段」がある。一定の要件を満たすものは、資金決済法の対象になる。

[21] 2000年3月規格化、2001年11月Suica(東日本旅客鉄道)、2003年11月ICOCA(西日本旅客鉄道)、2004年 8月PiTaPa(スルッとKANSAI協議会)等。2013年からこの3種類を含む全国10種類の鉄道系ICカードの相互利用が可能になった。

[22] 平成26年8月「クレジットカード取引に関する消費者問題についての調査報告〔消費者委員会〕」より。

[23] 調査の対象になるのは(1)訪問販売、(2)電話勧誘販売、(3)連鎖販売取引(いわゆる「マルチ、マルチまがい商法」)、(4)特定継続的役務(エステ、外国語教室等)、(5)業務提供誘因販売取引(内職商法、モニター商法等)であり、(1)重要事項の不実告知、(2)断定的判断の提供、(3)重要事項・不利益事実の故意の不告知、(4)威迫・困惑、の有無を調査して、その記録を5年間保存する義務を負う。

 

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