◇SH3431◇中国:生物安全法(後編) 川合正倫(2020/12/24)

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中国:生物安全法(後編)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 川 合 正 倫

 

四、実験室のバイオセーフティの強化(第五章)

 2003年のSARS伝染病発生以降、中国政府はBSL4(バイオセーフティレベル4[1])の生物安全実験室の設立準備に着手し、2015年1月に、アジア初のBSL4の生物安全実験室を有する中国科学院武漢国家生物安全実験室を設立した。その後、中国農業科学院ハルビン獣医研究所もBSL4の生物安全実験室として開設された。これらの微生物実験室を法律に従い管理をするために、2004年に「病原微生物実験室生物安全管理条例」が制定され、二回の改正が行われていた。

 今回の生物安全法には、病原微生物実験室の設立及び実験室のバイオセーフティ・マネジメントについて、実験室の設立及び分類管理、実験用動物・廃棄物の管理などが規定されている。病原微生物実験室を設立した場合は、認可取得又は届出を行わなければならず、個人が病原微生物実験室を設立し病原微生物実験を行うことは禁止されている。前記「二、セキュリティ審査制度の導入」に記載のとおり、生物安全法の第二回審議版においては、外国投資家が投資し病原微生物実験室を設立した場合はセキュリティ審査を行うと定められていたが、可決された生物安全法においては当該内容が削除されているため、外資か内資かを問わず、実験室の設立が国の安全に影響を及ぼす又はそのおそれがある重大な事項に該当すれば、セキュリティ審査の対象となるものと考えられる。

 

五、外国機構等による人間遺伝資源及び生物資源の利用への制限(第56条~第59条)

 国外の組織、個人及びそれらが設立又は実質的に支配する機構は、中国国内において中国の人間遺伝資源を収集、保存、国外提供することができず、中国の人間遺伝資源を国外の組織、個人及びそれらが設立又は実質的に支配する機構に提供し又は使用させる場合は、これを国務院科学技術主管部門に事前報告しなければならない。また、国外の組織、個人及びそれらが設立又は実質的に支配する機構が中国の生物資源を収集、利用した場合は、審査認可を取得しなければならない。

 また、国際的科学研究提携のために中国の人間遺伝資源及び生物資源を利用する場合は、審査認可を取得するとともに、中国側が終始実質的に参加し、法に従い権益を享受することを保証しなければならない。

 なお、薬品及び医療器械について中国における市販承認(中国語:上市许可)を取得するために、臨床試験機構において中国の人間遺伝資源を利用して国際的臨床試験提携を行い、人間遺伝資源を国外に持ち出すことがない場合は、審査認可は不要とされている。但し、臨床試験が行われる前に使用される予定の人間遺伝資源の種類、数量及び用途について届出を行うことが必要とされている。

 

六、法的責任:巨額の行政過料、法定代表者などの個人に対する処罰、刑事責任と民事責任(第74条、第80条、第82条)

 生物安全法が禁止するバイオ技術の研究、開発及び利用に従事した場合、並びに国外の組織、個人及びそれらが設立又は実質的に支配する機構が中国国内において中国の人間遺伝資源の情報を収集、保存し、中国の人間遺伝資源を中国国外に提供した場合、100万元以上1,000万元以下の過料を科すとともに、違法所得が100万元以上の場合は違法所得の10倍以上20倍以下の過料を科すと定めている。

 また、禁止されるバイオ技術の研究、開発及び利用に従事した場合は、法定代表者、直接責任を負う主管者及びその他の直接責任者も処罰対象としており、十年乃至終身バイオ技術の研究、開発及び利用に従事することができないと定めている。

 更に、生物安全法に違反し、犯罪を構成した場合は、刑事責任[2]を追及され、人身や財産などに損害をもたらした場合は、民事責任の対象となる。

 



[1] バイオセーフティレベル(英: biosafety level, BSL)とは、細菌・ウイルスなどの微生物・病原体等を取り扱う実験室・施設の格付けをいう。微生物・病原体などの危険性に応じ、各国により4段階のリスクグループに分類される。BSL4とは、人又は動物に生死に関わる程度の重篤な病気を起こすなどリスクが最も高いレベルである。

[2] 刑事責任については、現行刑法に定める国家輸出入禁止貨物、物品密輸罪(第151条)、伝染病予防治療妨害罪(第330条)、伝染病菌株、ウイルス株拡散罪(第331条)、国境衛生検疫妨害罪(第332条)、動植物防疫、検疫妨害罪(第337条)、環境汚染罪(第338条)、国家秘密故意漏洩罪、国家秘密過失漏洩罪(第398条)、伝染病予防治療職務怠慢罪(第409条)を構成する可能性がある。また、生物安全法の規定を実行するために、「刑法修正案(十一)」のパブリックコメント版においても生物安全に関連する新たな罪名が追加され、例えば、中国の人間の遺伝資源を不法収集、保存、国外へ郵送、持ち出すこと、ゲノム編集を施されたヒト胚、人クローン胚をヒト又は動物の胎内へ移植すること、食用の目的で野生動物を不法に捕殺、売買、輸送すること、外来種を不法に導入、投げ捨て等をすることなどが、刑事責任の対象とされている。

 


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(かわい・まさのり)

長島・大野・常松法律事務所上海オフィス一般代表。2011年中国上海に赴任し、2012年から2014年9月まで中倫律師事務所上海オフィスに勤務。上海赴任前は、主にM&A、株主総会等のコーポレート業務に従事。上海においては、分野を問わず日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。クライアントが真に求めているアドバイスを提供することが信条。

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