◇SH1324◇英米の投資信託の歴史 ~会社型と信託型の競争に関する一考察~(2)独立財産制と有限責任 友松義信(2017/08/02)

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英米の投資信託の歴史

~会社型と信託型の競争に関する一考察~(2)

三菱UFJ信託銀行

友 松 義 信

2 独立財産性と有限責任

 次に、ある投資ヴィークルが集団投資スキームとして安心して投資できる対象となるには、自由譲渡性(transferablity)と財産分離(asset partitioning)が重要となるが、後者に関してはさらに、投資家の個人的債権者(当該投資とは無関係な債権者)が勝手に当該財産に権利行使できないこと(entity shielding)、および当該スキームの債権者がヴィークルを超えて投資家の個人財産に勝手に権利行使できないこと(owner shielding)が重要となる[1]。自由譲渡性に関しては、会社、信託いずれも投信が誕生する以前から条件が整っているため、ここでは省略し、以下では、独立財産性と有限責任に必要な機能がいつ頃から会社と信託に備わっていったかについて考察を進める。

① イギリスにおける会社の有限責任

 投資ヴィークルとして安心して使うためには、投資対象が法的権利として明確なものとなっていること、および投資ヴィークルに由来する債務等は当該投資ヴィークルだけが負担することとなっていることが望ましい。出資した財産の財産分離に加えて、取締役や受託者が、自ら義務違反を犯した場合を除き、個人的責任を負うことのないようにするとともに、投資家が出資・投資金以上の責任を負わないことも重要である。即ち、法人格と有限責任の問題として議論が展開された。

 イギリスにおいて会社は、はじめから無条件に法人格と有限責任が認められていたわけではない。確かにオランダでは、1602年に東インド会社がスタートしたとき有限責任性もセットで認められたが、イギリスでは、最初の株式会社とされる東インド会社[2]も、実質的国立銀行とみなされていたイングランド銀行[3]も、国王から勅許を得てその存在が認められた特別な存在であって、当初は有限責任でなかった。その後も、道路や水路等の公益的事業を営む信託[4]または会社に対し、国王または議会が勅許を出して法人格が与えられたが、製造業等の一般の事業会社に法人格が与えられるようになったのは、1844年のジョイント・ストック・カンパニー法以降のことであり、有限責任が認められたのは1855年の有限責任法以降となる。イギリスにおいて最初の投資信託が設立されたのが1868年であるから、法律によって法人格と有限責任が認められてからも、南海バブル事件の後遺症からか、会社形態ではなく信託形態が選択されたというのは、法整備後もしばらくの間、人々の間に法に基づき設立された会社に対する信頼が弱かったためと考えられる[5]。1862年に一連の立法の集大成として会社法が制定され、これを補完する登録制度、会計制度が整備されて漸く会社の法人格と有限責任が安定したものとなった。

 最初の投信が信託型を採用し、その後一つの裁判例をきっかけに会社型に大きくシフトしたのは、このような時代の変革期にあったためと思われる。

② 会社、ビジネス・トラストの法人格と有限責任(アメリカ)

 アメリカでも、会社は、19世紀後半以降、株主の有限責任が法律によって確立していく。原則としてイギリス法を継受して発展してきたアメリカにおいて、会社に法人格が認められたのは、1886年の連邦最高裁判決[6]が嚆矢とされるが、20世紀はじめ頃に概ね確立したといわれる。また有限責任も、1896年のニュージャージー州会社法をはじめとして、19世紀末にかけて法人格と有限責任を内容に含む会社法が各州で制定されたが、当時のアメリカ社会は資本の蓄積が十分でなく、水割発行[7]が横行していたため、裁判所は債権者保護の観点から、額面に達するまでの払込みのない場合に株主責任を認めることが多かった。有限責任が確立するのは、水割発行がなくなる20世紀初め頃の話である[8]

 これに対し信託は、一般に受託者が所有者となるため信託が法人格を持つということが原則としてない。例外として法人格が問題となり得るのはビジネス・トラストであるが、これについては、20世紀初頭、いくつかの州が立法によって訴訟の客体となり得ることと、債権者等に対する責任は当該ヴィークルが負い投資家が個人的責任を負うことはないことを明記する法律が手当てされ、訴訟手続きの主体となることまでは出来ないものの、部分的解決が図られた。しかし、その後も受益者に信託をコントロールする権限が付与されている場合には、受益者が信託の責任を負うことがあるとする判例が出たため[9]、法的安定性を欠く状況となる[10]。とは言うものの、実際に一般投資家がファンドをコントロールしているとされる可能性は低く、訴えも受託者が行うことで代替できたから、ビジネス・トラストから他の法形態に積極的にシフトすることは少なく、新たに設定する段階でこの点が考慮される場合があったようである。

 ここで併せて検討すべき論点として経路依存(path dependence[11])の問題がある。一般にある投資商品が、その国の人々に受け入れられ、大ヒット商品になるためには、法的な問題だけでなく、その時の経済状況や市場の状況、文化的社会的な問題に加え、経路依存の問題があるといわれている。従って、少し有利になったからといって単純に一方向に流れていくとは限らない。むしろ非常に複雑でデリケートな要素を含みながら発展していくと考えるべきである。1940年代のアメリカの投資信託は、1の②で述べたように、投資会社法をはじめとする関係法令が整備され、3の①で後述する導管性の問題が決着すると、上記で考察した独立財産性と有限責任の問題は、ヴィークル選択の決定要素にまではならなかったと考えられる。

 経済環境として、第二次世界大戦終結後の西側諸国はアメリカ主導で経済復興を図って行ったため、株式市場をはじめとしてアメリカ経済は好景気に推移したから、投信業界もその後10年以上にわたり好調に拡大していった。この時期、会社と信託の競争は安定期に入ったと考えられる。その後、景気が後退し、金利が上昇するという経済環境の変化を受けて投信業界全体が停滞期に入る1970年代まで、後述する不動産投資信託(REIT)を除けば、目立った変革は行われず[12]、1988年代後半デラウェア州を皮切りに[13]、州法によってビジネス・トラストにより明確に有限責任を認める立法が手当てされるまで、この論点はくすぶり続け、会社形態が若干優位の時代が続いた。1988年にデラウェア州が制定したビジネス・トラスト法では、スタチュートリィ・トラストと呼ばれ、財産分離と有限責任において究極の姿とされる法形態が登場する[14]。即ち、信託法をベースにしながら、法律によって一般の信託には認められていない会社法の要素を加えたのである。具体的には、受託者の義務や受益者の牽制手段を具備しつつ、法人格こそ有さないものの、訴訟当事者適格を持ち、受託者からも独立した法主体性と有限責任を具備することを法律上明記したのである[15]。この結果、デラウェア州のスタチュートリィ・トラストは、そのシェアを高め、2015年末でミューチュアル・ファンド10,530本の40%を占めるに至った[16]



[1] See,H.Hansmann,R.Kraakman,R. Squire, “Law and The Rise of The Firm”119 Harv. L. Rev. 1335

[2] 東インド会社の前身レヴァント会社は、1600年、東インド貿易を独占的に行う会社として設立されたが、当時は、1回の航海毎に出資を募り、事業が失敗すれば株主が無限責任を負うというものであった。1航海に限定せず複数回にまたがる事業を行うようになったのは1612年、有限責任化したのは1662年のこと。

[3] 1694年に軍事費調達の目的で株式組織にて設立され、ウィリアム3世・メアリー2世の勅令により認可された。

[4] 例えば、turnpike trust(有料道路を管理する信託)やcanal trust(水路を管理する信託)等

[5] 例えば、「投信の父」と称されたロバート・フレミングは、投信に係わる前の1866年、オバレンド商会の破綻に端を発する恐慌において、個人的に投資していた銀行が破綻、法的に支払い義務はなかったが、社会的信用を保つために水割発行の残金を親と兄から借金をして清算している(前掲Smith, atP.16-17)。

[6] Santa Clara v. Southern Pacific Railroad,118 U.S. 394(1886)。会社も憲法第14条修正にいう「人」にあたり、その保護を受けるとされた。see モートン・J・ホーウィッツ著、樋口範雄訳『現代アメリカ法の歴史』(弘文堂、1996年)の第3章を参照。

[7] 株式の額面金額まで払い込まれていないのに全額払込済として扱われる株のこと。俗称。

[8] 前掲ホーウィッツ/樋口、120-122頁

[9] Frost v. Thompson(1914),219 Mass. 360 , 106 N.E. 1009(Super. Jud. Ct.)、Commissioner of Corporations and Taxation v. City of Springfield(1947),321 Mass. 31,71 N.E. 2d 593(Super. Jud. Ct.)

[10] See,H.Hansman & U.Mattei, “The Functions of Trust Law:A Comparative Legal and economic analysis”, at P.474

[11] 人や組織がとる決断は、(過去の状況と現在の状況は現段階では全く無関係であったとしても)過去にその人や組織が選択した決断によって制約を受ける、という理論

[12] 杉田浩治「米国投信4分の3世紀の歴史から何を学ぶか」証券レビュー55(1), 156-183 (2015) は、1940年以降のミューチュアル・ファンド業界を、1950年代に株高によるゴーゴー・ファンドと呼ばれる時代を経験した後、1960~1970年代に停滞したが、1980~90年代にはリート、MMF、インデックス・ファンド等商品の多様化と好景気を受けて第二次投信ブームを経験したものの、2000年代に入って投信スキャンダルを起し、停滞期に入っていると概観している。 

[13] Delaware Statutory Trust Act in 1988

[14] 前掲Hansmann, Kraakman & Squire, “Law and The Rise of The Firm” at P.1397

[15] DEL.,CODE ANN. tit.12 chap.38、前掲・工藤, 138頁を参照

[16] Investment Company Institute,2016 Investment Company Fact Book,P.246によれば、他にはマサチュセッツ・ビジネス・トラストが35%、メリーランド・コーポレーションが16%、その他9%という内訳となっており、バックナンバーと比較すると徐々にデラウェア・スタチュートリィ・トラストがシェアを伸ばしているとわかる。

 

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