実学・企業法務(第69回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
Ⅲ 間接業務
2. 人事・勤労
〔就業規則の作成・周知・運用、労働契約の締結〕
「就業規則」の作成・周知・運用、及び、「労働契約」の締結は、人事部門の重要な業務である。
日本では、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業・始業時刻、賃金他の法定事項[1]を定める「就業規則」を作成して[2]、管轄の行政官庁(所轄労働基準監督署長宛[3])に届け出なければならない(変更した場合にも同様の届出が必要)。就業規則の作成・変更は、事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合(労働者の過半数で組織する労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者)の意見を聴かなければならない[4]。
- (注) 「就業規則」は企業単位ではなく事業場単位で作成する。ただし、営業所・工場等の就業規則が本社の就業規則と同一の内容の場合は、本社所在地を管轄する労働基準監督署長を経由して一括して届け出ることができる。
作成した「就業規則」は、労働者の一人ひとりへの配付、職場掲示、備付け、PC画面表示等の方法で労働者に周知しなければならない[5]。
「労働契約」の締結は、契約の期間、契約期間がある場合の更新の基準、就業場所、従事業務、労働時間、始業終業時刻・超勤・休日等、賃金等、退職解雇等の労働条件を明示した書面を労働者に交付して行う[6]のが基本である。
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(注1) 労働契約の内容確認
労働契約は対等の立場における労働者と使用者の合意に基づいて締結・変更するものであり、使用者は労働者の理解を深めるために、契約内容をできる限り書面で確認する(労働契約法4条2項)。 -
(注2) 採用内定者に試用期間の雇用関係を適用した最高裁判決[7]
「大学新規卒業予定者で、いったん特定企業との間に採用内定の関係に入った者は(略)卒業後の就労を期して、他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入った者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。」
「就業規則」で定める基準に達しない労働条件を定めた「労働契約」は、未達の部分が無効とされ、その部分について「就業規則」の基準が採用される(労働契約法12条)。
- (注) 就業規則より有利な条件が労働契約で個別に合意されたときは、その有利条件が有効とされる。
「就業規則」が「法令又は労働協約」に反する場合は、その違反部分を「法令又は労働協約」の適用を受ける労働者との間の「労働契約」には適用しない(労働契約法13条)。
- (注) そもそも、「就業規則」は、「法令」又は当該事業場について適用される「労働協約」に反してはならず、これに牴触する「就業規則」については行政官庁が変更を命じることができる(労働基準法92条1項、2項)。
〔給与計算、支給〕
給与計算は人事の基礎業務であり、精確な処理が求められる。給与は、会社の就業規則(労働時間関係・賃金関係・退職関係は絶対的記載事項[8]である)の全般、及び、規則で定めた給与体系(基準内給与[9]・基準外給与[10]等)の詳細を理解したうえで、個人別に把握した勤務実績等を考慮して支給額を計算し、その中から、税金(源泉所得税・住民税等)・社会保険料(厚生年金保険・雇用保険・健康保険の被保険者負担分[11])・その他の項目[12]を控除して、就業規則所定の方法(多くの企業が銀行振り込み)で支給する。
給与から控除した税金・社会保険料は、企業が所定の税務署・地方公共団体・社会保険事務所・ハローワーク・健康保険組合に納付し、同時に、寮費・組合費・生命保険等の控除額をそれぞれ所定の納付先に納付する。
[1] 労働基準法89条は、次の事項を挙げている。就業・始業時刻、休憩時間、休日・休暇・交代制、賃金(賞与等を除く)、退職関係事項、臨時賃金等、作業用品等の労働者負担、安全・衛生、職業訓練、災害補償等、表彰・制裁、その他
[2] 「モデル就業規則(平成28年3月 厚生労働省労働基準局監督課)」を参照
[3] 労働基準法施行規則49条1項
[4] 労働基準法90条
[5] 労働基準法106条1項、労働基準法施行規則52条の2
[6] 労働基準法15条、労働基準法施行規則5条1項、3項
[7] 「大日本印刷事件」最高裁第2小法廷判決 昭和54年7月20日 民集第33巻5号582頁
[8] 労働基準法89条
[9] 基本給(本給・役割給・能力給等)及び諸手当(役職・職務・営業・家族・住宅・資格・作業・特殊勤務・皆勤等)
[10] 時間外・宿直・交代制・深夜・休日等
[11] 業務災害・通勤災害にあった労働者に国が給付する労災保険の保険料は、全額事業者が負担し、申告・納付手続を労働基準監督署、都道府県労働局及び金融機関で行う。
[12] 寮社宅使用料・労使協定による組合費徴収(チェック・オフ。労働基準法24条1項但書)・財形貯蓄・生命保険・社内リクレーション積立等