コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(15)
――合併会社のコンプライアンス①――
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、成熟期の組織における組織文化革新のメカニズムについて考察し、その手順は、(1)リーダーによる革新の必要性の宣言と革新チームによる確認→(2)どんな組織になりたいか(組織の理想の将来像)の提示と革新チームによるコンセプトの有効性の保証→(3)そのために誰が何をどうするか(理想と現実のギャップの評価とそれを埋め合わせる方法の計画)→(4)移行過程の管理(リーダーと革新チームによる移行への抵抗に対応し移行を円滑に進める)であることを確認し、その留意点についても考察した。
今回以降は、近年増加している組織合併において発生する組織文化の衝突とコンプライアンスについて、筆者の経験を踏まえて実践的に考察する。
1. 筆者の問題認識
近年、わが国でも一昔前は特別なことであった合併が、頻繁に行われ一般化してきた。筆者も、24年間非営利の協同組合の全国連合会に所属した後、3社合併の営利会社に移籍したが、更にその会社は農協にルーツを持つ他の営利会社と合併した。
今日では、様々な業界で頻繁に組織合併が行われているが、買収や合併は、必ずしも成功しているとは言えない。合併により設立された新たな組織は、大規模化し効率化を志向するが、合併に伴う様々な課題も発生し、当初は組織運営が円滑に行なわれ難い。
混乱の原因は、合併により設立された新たな組織の制度に適応するための訓練が十分に出来ていないだけではなく、(制度面の不慣れは一定時間訓練すれば解決できるが)その底流には、異なる組織文化を持つ人々の集まりによる文化の衝突とそれによるコンフリクト(あつれき)の顕在化がある。
すなわち、合併組織の人々は、合併に参加する前の出身組織で永年培ったそれぞれ異なる暗黙の価値前提である組織文化を身につけており、仕事の仕方も、極端な場合には同じ言葉の表す意味や使い方も異なる場合があるのである。
そのような組織では、大多数の人々はやむを得ず一つの組織に統合されたために、馴染みの無い者同仕が新たに人間関係を形成しなければならず、その軋轢や業務上の意思決定方法の違いに起因するトラブル、評価への不満等が生まれ、コンプライアンス問題が発生するリスクが高まっている。
また、合併組織では、上からの指示・命令や、コンプライアンスの重要性を担当部門が説くだけでは、コンプライアンスの組織への浸透・定着は難しくなっている。なぜならば、コンプライアンスの浸透・定着に必要な共通の組織文化に基づく信頼関係が、一定の歴史を持つ単一組織に比べて、まだ十分に形成されていないからである。
それどころか、合併組織では単一組織に比べて、組織文化の違いによるコンフリクトが発生しやすくなっており、かつコンフリクトの顕在化を制御する統制力(公式権限や調整メカニズム)が十分に機能していないので、コンフリクトの顕在化によるマネジメントの困難度が高くなっており、コンプライアンスの浸透・定着が難しいと言える。
今回から、このような組織特性をもつ合併組織のコンプライアンスについて、考察する。
2. 組織人の声
筆者の主催するコンプライアンス・CSR担当者の社会人による組織文化研究会で、メンバー(実際に組織合併を経験した人たちも多い)に、合併組織で発生しやすい問題点を挙げてもらったところ、以下のような声が聞かれた。
- • 人事上の軋轢が生まれやすく融合が難しい。
- • 対等合併かM&Aかで異なるが、経営理念をどうするかでもめそうだ。
- • 社名の決め方も問題になりやすい。(全く新社名にするのか、合併各社の名を残すのか等 新しい方が軋轢が少ないのではないか?)
- • 合併は、効果が出るまで時間がかかりやすい。
- • 情報・権限が明確でない場合には、意見を出しにくい、互いに何をやっているか良くわからない状況になりやすい。
- • 人事評価に差が出やすい。評価にバランスが必要だ。
- • 考え方の違いから誤解が生じやすい。
- • 相手組織について知らないことから、コミュニケーションギャップが生じやすい。
- • 互いに理解しようとせず、出身会社で派閥が生じやすい。弱い組織の出身者が損をしやすい。
- • 某社を合併した時、組織文化や仕事の仕方の違いに驚いた。特に、情報システムの違いから、いまだにわからないと言う人も居る。
以上のとおり、いずれも、合併組織では、一定の歴史を持つ単一の組織に比べてマネジメントの困難度が高いことを示しており、筆者の問題認識と一致した。
次回は、それらのマネジメントの困難度の高さを踏まえ、マネジメントの方向性を、マーチ&サイモンのコンフリクトの発生概念をベースに考察する。