◇SH3896◇契約の終了 第19回 契約の終了と原状回復――無効、取消し、解除の効果としての原状回復を中心に(下) 萩原基裕(2022/02/03)

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契約の終了
第19回 契約の終了と原状回復

――無効、取消し、解除の効果としての原状回復を中心に――(下)

大東文化大学法学部教授

萩 原 基 裕

 

承前

Ⅳ ドイツ民法における無効・取消しと解除の効果をめぐる議論[36]

 1 概 観

 ドイツ民法典(以下、BGB)においても、日本と同様に契約解除の効果としての返還義務(BGB346条以下)と契約の無効や取消しの場合における不当利得返還義務(BGB812条以下)が規定されている[37]。しかし日本とは異なり返還が不能である場合の価額返還義務の要件や範囲に関する規定もある[38]。ドイツにおいて約解除の効果としての返還義務と契約の無効や取消しの場合の不当利得返還義務の関係をめぐって争いがある。

 BGBでは解除の場合も不当利得の場合も原状返還が原則であり(BGB346条1項および818条1項)、一定の要件の下でそれに代えて価額返還義務が生じる(BGB346条2項1文とBGB818条2項)。一方で価額返還義務が生じる場面とその排除要件が異なっている(BGB346条2項1文各号および3項1文各号とBGB818条2項および3項)[39]。そこで無効・取消しと解除という違いはあるものの、双務契約の清算の場面において効果が異なっていることは果たして妥当かが争われてきた[40]。なお、ドイツの債務法改正においてはBGB346条以下の改正趣旨について、解除法と不当利得法とについて可能な限り同一の原則を適用させるとの意図があったとされている[41]

 

 2 解除と不当利得の統一的理解を志向する見解

 クラウスは解除と不当利得(さらには消費者による撤回)という清算制度の分立を問題視し、BGB346条以下に基づく統一的な精算制度を構築することが望ましいという[42]。財産移動の修正という問題をもっぱら不当利得法のみで扱うとすると柔軟な問題処理が可能となるが法的に不安定となり、また双務契約の清算という複合的問題には特殊な規範装置が必要となるのであって、不当利得法にゆだねることは不適切とする[43]。解除の効果に関する法律規定(BGB346条以下)は双務契約の清算に向けられた特殊な制度であるが、普遍的な精算制度として契約無効の場合にも当てはめるべきであるとする[44]

 

 3 解除と不当利得の区別を志向する見解

 カイザーは以上のような見解を説得的でないと批判する[45]。解除の規定による清算と不当利得法による清算は別の障害に対応している。つまり解除は給付障害に対応し、不当利得法は契約締結それ自体の瑕疵に対応しているため、一方の法律規定やその評価を他方に及ぼすことは不適切であるとする。そのため解除と不当利得の共通点を見出し統一的な解決を志向するBGHの見解を批判する[46]。すなわちBGHは、不当利得法は立法者にとってBGB346条2項において導入された「価値による清算」モデルの模範として奉仕したと考えており、不当利得における考え方を解除にも及ぼすことを正当化しているがこの理解は浅いとする[47]

 

 4 ドイツの判例における解除の効果と不当利得の効果に関する各規定の関係

 ドイツの判例では解除の効果と不当利得の効果とについてこれらを接近させて理解するべきとの評価がみられる。例えば債務法改正前の事例であるがBGH(連邦通常裁判所)1970年1月8日判決がある[48]。同判決では中古車の売買契約において買主が売主に対して民事上の詐欺(BGB123条)を理由に契約の取消しと売買代金の返還を求めた。この事例において、買主が返還するべき自動車は買主に過失のない事故によりひどく損傷してしまっていた。ドイツ判例の支持する差額説によれば[49]、売主が受領した売買代金と買主が保有していた中古自動車の価値とが差額計算されて残る利得分についてのみ返還が認められるはずである。

 しかしBGHは、差額説自体が当事者間の公平を実現するための理論であるため、詐欺を働いた売主にとって差額説が有利な結論を導くということがあってはならないとした。そのためこの場合には差額説によらず、買主は損傷した自動車を引き渡して売買代金全額の返還を請求できるという。このときBGHは理由づけの一つに、旧BGB327条2文という解除の効果に関する規定を挙げている。現在は削除されているが、この規定によれば相手方に責めに帰すべき事由がないが解除が認められる場合、相手方は解除ではなく不当利得の規定に従って返還義務を負った。旧BGB350条は受領した返還するべき目的物が滅失したとしても解除は認められるという趣旨の規定であるが、旧BGB327条2文が適用される場合、BGB818条3項が適用されて利得消滅の抗弁が認められる。責めに帰すべき事由のない解除の相手方は有利に扱われる。この規定の考え方を詐欺取消しの場合にも及ぼすことで、本件のような詐欺を受けた過失のない買主は売買代金全額の返還を受けることができるとした[50]

 BGH2008年10月10日判決では、土地の売買契約の解除の効果が争われた[51]。同判決では、買主が売主から住宅付きの土地を売買契約によって取得したのち、売買代金について融資を受ける目的で消費貸借貸主のために同土地に土地債務を設定した。本件においては売買契約の解除が認められたが、買主が土地を返還するにあたって土地に設定された担保(土地債務)を消滅させる義務を負うのか、あるいは返還するべき土地に担保が設定されていることからBGB346条2項1文2号に従って価額返還義務のみを負うのかが問題となった。

 この問題についてBGHは、BGB346条2項1文各号に列挙されている価額返還義務が生じる場面は例示的なもので、この規定の背景には目的物を原状で返還することが不能である場合に引渡しに代えて価額返還義務が生じるとの考え方があるとした。その理由の一つとして、原状での引渡しが可能である限りで価額返還義務はなお生じないとの不当利得法における評価が解除においても考慮されるべきとする[52]。結果として、本件では土地に設定された担保を買主が消滅させることは不能ではないとして、買主は担保を消滅させて土地を原状で引き渡す義務を負うとされた。

 

Ⅴ 検 討

 改正前民法においては契約の無効や取消しの場合の給付清算の効果について特別な規定は置かれていなかったところ、この場合の給付清算を703条以下の問題とするのか、あるいは類型論の立場から給付利得の返還とみるのかについて争いがあった。さらに無効、取消し、契約解除それぞれの給付清算を同一とみるべきかについても争いがあった。そして法制審議会では無効、取消しの場合の給付利得の返還と契約解除の場合の効果としての原状回復は双務契約の無効や取消しを前提として同一であるという認識の下で121条の2第1項において原状回復義務が規定された。

 ドイツにおいては解除と不当利得に関して、価額返還義務の成立要件なども含めた細かい規定がBGBに置かれている。各規定の構造自体に相違があるところ、解除と不当利得の関係について各制度を統合的に運用するべきか分けて運用するべきかについて争いがある。判例では解除が問題となる場合も不当利得が問題となる場合も、必要に応じて一方の法律規定やその根底にある評価を他方の問題解決に用いてきた。このように解除の効果としての原状回復、価額返還義務を検討するにあたっても不当利得法の規定やその評価が影響することになり、またその反対も然りということになるであろう[53]

 日本においては無効の効果は原状回復であり、解除と同様であるとの認識の下で121条の2が立法された。そうすると、今後121条の2に基づく原状回復義務が問題となる場合には解除に基づく原状回復義務の効果をめぐるこれまでの判例や学説で培われてきた理論を参考に解決していくべきことになるであろう[54]。またドイツ法から得られる示唆からは、反対に無効の効果としての原状回復に関わる法理が解除に基づく原状回復に影響するということも考えられるであろう。

 具体的にはどうであろうか。まず、解除に基づく原状回復が無効に基づく原状回復に及ぼす影響としては利息や果実の返還義務が挙げられる。121条の2には545条とは異なって、利息や果実の返還義務(545条2項および3項)は明記されていない。すでに見たように121条の2に基づく原状回復においては、無効や取消しの原因によっては利息や果実の返還義務を課すことが必ずしも妥当ではないとの考慮からである。そうすると121条の2に基づく原状回復においても原則としてこれらの返還義務が生じ、例外的に返還を要しない場合があるということになるであろう[55]。また、賃貸借や雇用、委任のような継続的契約では解除の効果は遡及しないところ(620条、630条、652条)、継続的契約が無効であり、あるいは取り消された場合は121条の2に基づく原状回復が問題とならないと考える余地もあるように思われる[56]

 反対に無効に基づく原状回復が解除に基づく原状回復に及ぼす影響としては、121条の2第2項および第3項の規定趣旨が考えられる。これらの規定は無償行為に基づく善意の給付受領者や、意思無能力者、制限行為能力者の保護を目的としている。545条においては適用対象となる契約類型の限定はなく、また当事者の属性についても特に規定がない。無償契約の解除や制限行為能力者と当事者とする契約の解除において、無償契約の給付受領者や制限行為能力者などが原状回復義務を負う場合、121条の2第2項や第3項に照らしてその範囲を縮減するということも考えられるであろう[57]

 一方で無効、取消しと解除が意思表示レベルと債務の本旨不履行という異なる場面を想定した制度であることを踏まえると、その差異に配慮する必要もある場面もありうるように思われる[58]。以上のような検討に際してはドイツにおける議論が参考になるであろう。

 また、価額返還義務についてはドイツと異なり日本においては無効の効果としても解除の効果としても詳細な規定が置かれてはいない。そうすると価額返還義務が生じるための要件や返還義務の範囲、また同義務が免除される要件を検討していくことが今後の課題となるであろう。その際にはやはりドイツの議論が参考になると思われる。

 

Ⅵ 結びに代えて

 以上、本稿では契約の終了に関連する検討素材の一つとして、無効の効果としての原状回復(121条の2)と解除の効果としての原状回復(545条)の本質を同一ととらえるべきかどうかを検討することを試みた。契約の終了という一連の共同研究においては、本稿の検討はいわば契約終了の効果の検討と位置づけられる。本稿では121条の2に規定されている原状回復義務と、原状回復義務に関連して生じうる価額返還義務について若干の整理と検討を試みた。具体的な問題場面を解決するにあたっては、ドイツにおける議論からは解除と不当利得(給付利得)に基づく原状回復の具体的法理を統合的に運用していくべきとの方向性が得られるが、無効、取消し、解除の各原因の差異や具体的問題場面における各当事者の主観的態様なども考慮する必要があるであろう。

以 上

 


[36] 藤原正則「解除と不当利得による双務契約の清算」名城法学69巻1・2号(2019)169頁以下も参照。

[37] BGB346条以下および812条以下で本稿に関連する条文は次のとおりである(注[38] も参照)。紙幅の都合から関連する部分のみ抜粋する。藤原・前掲注[36] 176頁以下も参照。BGB346条1項:契約当事者の一方が約定解除権を留保し、あるいは彼に法定解除権が帰属する場合、解除の場合には、受領した給付を返還し、収取した果実を返還する必要がある。BGB812条1項1文:他人の給付によって、あるいはその他の方法で他人の費用で何かを法律上の原因なく取得した者は、他人に引渡しの義務を負う。

[38] BGB346条2項1文:返還あるいは引渡しに代えて以下の場合には価額返還をする必要がある。1号:返還あるいはは引渡しが、取得されたものの性質によれば排除される場合。2号:受領した目的物を消費し、譲渡し、あるいは担保を課し、加工し、あるいは改造した場合、3号:受領した目的物が損傷又は滅失した場合。ただし、規定どおりの使用による劣化は問題とならない。3項1文:以下の場合には価額返還義務は消滅する。1号:解除権を与えた瑕疵が、目的物の加工あるいは改造に際してはじめて生じた場合。2号:損傷あるいは滅失に債権者に責めに帰すべき事由がある場合、あるいは債権者の下でも同様に損害が発生したであろう場合。3号:法定解除権の場合に、解除権者が自己の事柄についての通常の注意を払ったにもかかわらず、滅失あるいは損傷が解除権利者の下で生じた場合。BGB818条1項:引渡義務は、取得した利益あるいは受領者が取得した権利に基づいて取得したもの、あるいは取得した目的物の破壊、損傷、あるいは収用に対する賠償として取得したものにも拡張される。2項:引渡しが取得したものの性質のために不能であり、あるいは受領者が別の理由から引き渡すことができない場合、受領者は価額を返還する必要がある。3項:引渡義務あるいは価額返還義務は受領者がもはや利得をしていない限りで排除される。

[39] ドイツにおける価額返還義務を扱う近時の論考として、中村・前掲注[7] 参照。中村講師は、無効と取消の効果としての原状回復と解除の効果としての原状回復を並列させながらも(同「契約の解除と原状回復の不能(一)」法学論叢185巻5号(2019)120頁以下参照)、解除と無効との効果面での共通点のみならず、相違点にも着目されている。同「契約の解除と原状回復の不能(六)・完」法学論叢187巻6号(2020)87頁。

[40] Bamberger/Roth/Hau/Poseck/Wendehorst, Bd.2, 4.Aufl. 2019, §818 Rn.103ff.; Erman/Buck-Heeb, BGB, 16.Aufl. 2020, §818 Rn.41ff.

[41] BT-Drucks. 14/6040, S.194f.

[42] Malte Clauss, Rechtsfolgendifferenz im Recht der Vertragsrückabwicklung, Nomos, 2016, S.282ff.

[43] Clauss, a.a.O.(Fn.42), S.283f.

[44] Clauss, a.a.O.(Fn.42), S.284f. クラウス以前の見解としてFrank Bockholdt, Die Übertragbarkeit rücktrittsrechtlicher Wertungen auf die bereicherungsrechtliche Rückabwicklung gegenseitiger Vertäge, AcP 206 (2006), S.769ff., S.774ff.; Jürgen Kohler, Bereicherungshaftung nach Rücktritt – eine verdrängte Verdrängung und ihre Folgen, AcP 208 (2008), S.417ff., S.431f.がある。なお、学説の状況についてはBamberger/Roth/Hau/Poseck/Wendehorst, a.a.O.(Fn.40), §818 Rn.122; Erman/Buck-Heeb, a.a.O.(Fn.40), §818 Rn.44も参照。

[45] Staudinger/Dagmar Kaiser (2012) Vorbem. zu §§ 346–354 Rn.27.

[46] Dagmar Kaiser, Rückgewähr durch Restitution oder Kompensation?, in: FS Picker, 2010, Mohr Siebeck, S.413ff., 419f.

[47] カイザーと同旨の見解としてWolfgang Ernst, Sachmängelhaftung und Gefahrübergang, in: Theodor Baums/Johannes Wertenbruch/Marcus Lutter/Karsten Schmidt (Hrsg.), Festschrift für Ulrich Huber, Mohr Siebeck, 2006, S.165ff., S.234がある。

[48] BGH, Urt. v. 8.1.1970 – VII ZR 130/68(juris – Das Rechtspotalより引用). 詐欺の具体的な内容としては走行距離メーターの改ざんである。

[49] ドイツにおける差額説とは、双務契約の無効や取消しの場合における不当利得返還請求について、各当事者の利得と損失を計算して利得が残存している側に対する請求のみが認められるという考え方である。これは双務契約の清算において利得消滅の抗弁(BGB818条3項。条文については前掲注[38] 参照)を認めることが不合理であるとの考えに由来する。例えば実際には200万円の価値を有する売買目的物を240万円で売買されたのち契約が無効であることが判明した。しかし買主が受領した返還するべき目的物がすでに滅失してしまっていたとする。このときBGB818条3項によれば買主は目的物をもはや有していない(利得がない)ので返還義務を免れるが、売主に対して売買代金全額の返還を請求できる。これが不合理であるため、売主は「自分に返還されるはずの目的物(利得)がすでに滅失してしまったため、売買代金240万円の利得と目的物200万円を失ったという損失を差引し、自分の下に残る利得は40万円である」という抗弁を認めるのである。差額説の概要については藤原・前掲注[4] 162-163頁。またこの例も同書に掲げられている例を参考にした。

[50] 円谷峻「ドイツ民法における重要判決(landmark cases)」横浜法学25巻1号(2016)38-39頁、藤原・前掲注[36]  187頁も参照。

[51] BGH, Urt. v.10.10.2008 – V ZR 131/07(juris – Das Rechtspotalより引用). この事案では、買主が消費貸借貸主への支払を怠ったため土地が強制競売にかけられ、第三者に落札されている。しかしそれ以前に契約の有効な解除があったと認められ、その効果が争われた。

[52] BGB818条3項も参照(訳については注[38] )。BGHはドイツ債務法改正に当たって解除の効果に関する規定が刷新されるに際して立法者が不当利得規定(BGB818条)を模範としたことも指摘する。

[53] 不当利得法へBGB346条以下を転用することで不当利得法の抱える問題を解決可能と指摘するものとして、MünchenerKommentar/Martin Schwab, BGB, Bd.7, Schuldrecht, BT., 8.Aufl. 2020, §818 Rn283ff.がある。

[54] 121条の2の原状回復をめぐる諸問題につき、具体的事例を想定して解決方向性を示すものとして、磯村・前掲注[2] 41頁以下(特に50頁以下)がある。

[55] 利息や果実の返還義務が課されない場面としては、法制審の議事録では暴利行為や詐欺、強迫を受けた者が原状回復義務を負う場合が示唆されていた。第76回会議議事録52頁以下。なお磯村・前掲注[2] 72頁は、121条の2における利息や果実の返還義務の問題を解釈の問題とする。

[56] 継続的契約の無効に伴う原状回復の問題については、後藤徳司「継続的契約の無効と原状回復の範囲」判タ874号(1995)47頁以下を参照。ただし、例えば詐欺的手法によって継続的契約が締結されたような場合には、被害者救済のために原状回復を認める必要がある場合もあるであろう。

[57] ただしこうした解除の場面は実際にはあまり多くないとも考えられる。無償契約の場合には片務契約でもあることから、債権者が解除による救済を必要とする場面は少ないであろう。また、片務(無償)契約の場合に契約解除を認めるべきかについても従来は議論があった。詳しくは拙稿「片務契約の終了」大東法学26巻1号(2016)1頁以下を参照されたい。制限行為能力者の場合には、例えば制限行為能力者側の不履行を理由に相手方が解除をするという場合も考えられる。こうした場合、制限行為能力者側には不履行という事実はあるが、121条の2第3項に照らせば545条1項による原状回復においても、その返還義務の範囲を制限することが考えられてもよいように思われる。

[58] 例えば鈴木禄弥博士は具体的な返還範囲等については各制度で相違があるとされる。同『物権変動と対抗問題』(創文社、1997)85頁以下参照。川角由和『不当利得とはなにか』(日本評論社、2004)259-260頁、371頁注[19] も無効、取消し、解除の制度趣旨の相違から効果面でも違いが生じるとされる。

 

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