◇SH1444◇日本企業のための国際仲裁対策(第57回) 関戸 麦(2017/10/19)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第57回 仲裁判断後の手続(1)-仲裁判断の取消その1

1. 仲裁判断の取消

(1) 制度の概要

 国際仲裁手続に、上訴(控訴、上告等)の制度はない。仲裁判断に対して上訴をすることは、他の仲裁廷に対するものも、また、裁判所に対するものも認められていない。したがって、仲裁判断が上訴によって覆されることはなく、仲裁判断には、最終性(finality)があるとされている。

 もっとも、仲裁判断の効力が否定される余地が皆無ということではない。例外的に、裁判所によって、仲裁判断の効力が否定される場合がある。これが、仲裁判断の取消の場合である。英語ではこの取消のことを、「annulment」「set aside」などと表記している。

 いわゆるニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)3条は、締約国に、仲裁判断の承認・執行を義務づけているため、締約国の裁判所が、仲裁判断を取消すことは、この義務との関係が問題となる(取消された仲裁判断は、当然のことながら、承認・執行の対象とならないからである)。

 この点、ニューヨーク条約は、仲裁判断の取消の制度を正面から規定している訳ではないものの、仲裁判断の取消の制度が存在することを前提とした規定を設けている(5条1項(e)、6条)。また、上記の承認・執行義務も、所定の承認・執行拒絶事由(5条1項(a)から(e)並びに同条2項(a)及び(b)に記載されている)があるときは、免れられるとされている。したがって、これら承認・執行拒絶事由がある場合に、締約国の裁判所が仲裁判断の取消をすることは、ニューヨーク条約と整合すると解される。

 実際、ニューヨーク条約を締結している各国は、それぞれの仲裁法規において、仲裁判断の取消について規定している。日本の仲裁法も、44条において規定している。

(2) 管轄裁判所

 仲裁判断の取消の申立は、全ての国の裁判所で行える訳ではない。申立てが行える管轄裁判所となるのは、仲裁地の裁判所に限られるというのが一般的な理解である[1]。日本の仲裁法も、仲裁地が日本の場合に限って、日本で仲裁判断の取消の申立が行える旨定めている(3条1項)。

 仲裁地が日本の場合、具体的にどの裁判所が管轄裁判所となるかであるが、日本の仲裁法は、次の裁判所に専属管轄を定めている(5条1項)。

  1.  •  当事者が合意により定めた地方裁判所
  2.  •  仲裁地を管轄する地方裁判所(但し、基本的に、東京、大阪等の都市を仲裁地として定めた場合に限られる)
  3.  •  仲裁判断取消申立の被申立人の住所等を管轄する地方裁判所

(3) 仲裁判断の取消事由

 前記(1)のとおり、ニューヨーク条約の締約国の裁判所が仲裁判断を取り消すことについては、同条約が締約国に仲裁判断の承認・執行を義務づけていることとの関係が問題となるものの、ニューヨーク条約は、一定の承認・執行拒絶事由を定めている。この承認・拒絶事由は、次の3つの類型に分けられる。なお、後述のとおり、日本の仲裁法における仲裁判断の取消事由も、同じく次の3類型に分けられる。

 第1は、仲裁合意に関するものである。仲裁判断の拘束力の根拠は、仲裁合意にあるところ、この根拠を欠く場合には仲裁判断の拘束力の根拠が失われ、その承認・執行を拒絶することが許容される。ニューヨーク条約における規定は、具体的には以下のとおりである。

  1. ① 仲裁合意の当事者が、その当事者に適用される法令により無能力者であったこと又は仲裁合意が、当事者がその準拠法として指定した法令により若しくはその指定がなかったときは判断がされた国の法令により有効でないこと(5条1項(a))。
  2. ② 判断が、仲裁付託の条項に定められていない紛争若しくはその条項の範囲内にない紛争に関するものであること又は仲裁付託の範囲をこえる事項に関する判定を含むこと(5条1項(c))。
  3. ③ 仲裁機関の構成又は仲裁手続が、当事者の合意に従っていなかったこと(5条1項(d))。

 但し、上記②については、仲裁に付託された事項に関する判定が、付託されなかった事項に関する判定から分離することができる場合には、仲裁に付託された事項に関する判定を含む判断の部分は、承認し、かつ、執行することができるとされている(5条1項(c))。

 承認・執行拒絶事由の第2の類型は、仲裁手続における当事者の手続保障に関するものである。手続保障を欠く場合には、仲裁判断が正当なものと認められず、その承認・執行を拒絶することが許容される。具体的には、以下のとおりである。

  1. ④ 判断が不利益に援用される当事者が、仲裁人の選定若しくは仲裁手続について適当な通告を受けなかったこと又はその他の理由により防禦することが不可能であったこと(5条1項(b))。

 第3の類型は、締約国の法令及び公の秩序に関するものである。ニューヨーク条約は、締約国の法令及び公の秩序を尊重する考えをとり、以下の範囲内で、仲裁判断の承認・拒絶事由として認めている。

  1. ⑤ 仲裁機関の構成又は仲裁手続が、仲裁が行なわれた国の法令に従っていなかったこと(但し、この点について当事者の合意がなかったことが前提となっている。5条1項(d))。
  2. ⑥ 紛争の対象である事項がその国の法令により仲裁による解決が不可能なものであること(5条2項(a))。
  3. ⑦ 判断の承認及び執行がその国の公の秩序に反すること(5条2項(b))。

 なお、上記のうち①から⑤の事由は、仲裁判断取消を申立てた当事者において証明をする必要があるが、上記⑥及び⑦の事由は、当事者の証明がなくても、裁判所が職権で認定をすることが可能である(5条1項及び2項の各柱書参照)。

 日本の仲裁法の取消事由も、上記の3類型であり、ニューヨーク条約における承認・執行拒絶事由に対応している。対応関係を示すと以下のとおりである。

  1. 第1の類型
    仲裁法44条1項1号及び2号-上記①に対応
    仲裁法44条1項5号-上記②に対応
    仲裁法44条1項6号-上記③に対応
  2. 第2の類型
    仲裁法44条1項3号及び4号-上記④に対応
  3. 第3の類型
    仲裁法44条1項6号-上記⑤に対応
    仲裁法44条1項7号-上記⑥に対応
    仲裁法44条1項8号-上記⑦に対応

(4) 裁量棄却

 日本の仲裁法は、仲裁判断の取消事由が存在すると認める場合に、裁判所が仲裁判断を「取り消すことができる」と定めており、「取り消さなければならない」とは定めていない(44条6項)。すなわち、裁判所には、仲裁判断の取消事由が存在する場合においても、その裁量によって、仲裁判断申立を棄却することができる。

 その趣旨は、仲裁法の立法担当者によれば、「取消事由に相当する事実が存する場合でも、それが重大ではなく、仲裁判断に示された結論を左右するものではないと考えられるような場合に、仲裁判断を取り消すことによる利害得失を勘案して、裁判所が裁量的な判断をすることを許容することにある」[2]

以 上



[1] この点、ニューヨーク条約5条1項(e)は、仲裁判断の取消を行う国について、①仲裁判断がされた国(the country in which the award was made)、若しくは②その判断の基礎となった法令の属する国(the country under the law of which the award was made)との内容となっているため、複数の国において仲裁判断の取消が行えるように見受けられる。このうち上記①は、仲裁地を意味すると解されるため、問題は、上記②をいかなる意味に解するかである。ここでいう「判断の基礎となった法令」を仲裁判断の基礎となった実体的な準拠法と解するならば、仲裁地とは別の裁判所で、仲裁判断の取消が申し立てられることになるが(例えば、仲裁地が日本で、他方、実体的な準拠法、すなわち、仲裁判断の対象となる請求権の有無についての準拠法が香港法の場合、香港においても仲裁判断の取消が申し立てられることになるが)、そのような解釈はとられていない。上記②の「判断の基礎となった法令」は、手続的な準拠法と解されており、これは、国際仲裁手続においては仲裁地の法令を意味するから、結局上記②も仲裁地を意味すると解されている。

[2] 近藤昌昭ほか『仲裁法コメンタール』(商事法務、2003)249頁

 

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