日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第58回 仲裁判断後の手続(2)-仲裁判断の取消その2
1. 仲裁判断の取消
(5) 仲裁判断の取消に関する手続
日本の仲裁法において、仲裁判断の取消に関する手続は、通常の民事訴訟の手続である「判決」手続ではなく、より迅速な手続である「決定」手続による。その趣旨は、仲裁法の立案担当者によれば、「仲裁手続がいわば一審限りの迅速な解決を期する紛争解決制度であり、当事者も紛争の早期解決を望んでいることから、仲裁判断の効力を争う取消しの裁判も機動的な審理によって早期決着を図ることを可能にする必要があることにある」[1]。
また、仲裁判断の取消の申立には一般に期間制限があり、日本の仲裁法においては、仲裁判断書の写しの送付による通知を受けた日から、3ヵ月以内に申立を行う必要がある(44条2項)。
但し、仲裁判断の取消に関する判断は重大な意味を持ちうるため、日本の仲裁法では、口頭弁論又は当事者双方が立ち会うことができる審尋の期日を開かなければ、仲裁判断の取消に関する決定をすることができないと定めている(44条5項)。すなわち、当事者双方が争える機会を確保している。
そのため、仲裁判断の取消の申立があった後は、申立書とこれに付属する証拠を、相手方当事者(被申立人)に送付することになる。また、日本の裁判実務では、当事者双方が立ち会う期日の前に、裁判所が申立人のみと進行方法等について協議する期日を設け、合理的な進行方法を検討することも一般的である。
審理手続としては、基本的に、申立人が取消事由の主張と証明を行い、これを相手方当事者(被申立人)が争うという形態となる。但し、前回(第57回)の1(3)項において述べたとおり、取消事由のうち、「紛争の対象である事項が仲裁合意の対象にすることができないものであること」と、「公の秩序に反すること」については、申立人が証明できないとしても、裁判所が職権で取消事由を認定することができる(日本の仲裁法44条6項参照)。
日本の仲裁法では、仲裁判断の取消に関する決定に対しては、高等裁判所への上訴(即時抗告)が可能である(44条8項)。これを受けた高等裁判所の決定に対しては、さらに最高裁判所への上訴(許可抗告及び特別抗告)が可能である(民事訴訟法337条1項、336条1項)。
(6) 手続の非公開
日本における仲裁判断の取消に関する手続は、公開法廷で行われる通常の民事訴訟と異なり、非公開で行われる。裁判所の記録も、通常の民事訴訟の記録が誰でも閲覧できることとは異なり、利害関係を有する者のみが閲覧を許される(仲裁法9条)。
(7) 仲裁判断の取消に関する統計(東京地裁本庁)
本年7月、東京地裁本庁における仲裁関係事件の審理の状況等について、裁判所書記官による論考が公表された[2]。以下、当該論考に記載された統計数値を紹介する(但し、当該統計数値は、概数とのことである)。
まず、平成16年から平成28年にかけて、日本全国の裁判所に申し立てられた仲裁関係事件の事件数は合計144であり、このうち東京地裁本庁に申し立てられたものは合計74である。したがって、東京地裁本庁が全国の約半数の仲裁関係事件を扱っていることとなる。
なお、東京地裁本庁には、商事部等の専門部があるが、仲裁関係事件は専門部ではなく、通常の民事部で扱われている。
上記74件のうち、仲裁判断の取消に関する申立の件数は23件であるところ、このうち取消が認められたものは1件のみである。残り22件の内訳は、棄却(申立自体は適法であるが、取消は認められないとするもの)が10件、却下(申立が不適法であるとするもの)が4件、和解が成立したものが1件、申立が取り下げられたものが3件、審理中のものが4件となっている。
また、上記23件のうち10件については、審理期間、上訴の結果等のより具体的な事項が記載されているところ、うち上訴(即時抗告)があったのは6件であり、そのいずれにおいても高等裁判所が、仲裁判断を取り消さないという地方裁判所の判断(申立の棄却又は却下の判断)を維持している。これらの数値からは、日本の裁判所は基本的に仲裁判断を取り消しておらず、仲裁判断を尊重する傾向にあると言うことができる。
上記10件の審理期間であるが、一審(地方裁判所段階)の審理期間が、6ヵ月以下のものが4件、6ヵ月超1年以下のものが3件、1年超のものが3件(うち、最長のものは2年間)である。
上記10件はいずれも、裁判官1名によるのではなく、裁判官3名の合議体で審理されている。前記(5)のとおり、仲裁判断の取消に関する手続は、迅速性が期待される「決定」手続ではあるものの、実務上、慎重に審理が行われる傾向にある。
以 上