◇SH1459◇改正民法の「定型約款」に関する規律と諸論点(2) 渡邉雅之/井上真一郎/松崎嵩大(2017/10/26)

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改正民法の「定型約款」に関する規律と諸論点(2)

弁護士法人三宅法律事務所

弁護士 渡 邉 雅 之
弁護士 井 上 真一郎
弁護士 松 崎 嵩 大

 

3 「定型約款」の定義

(定型約款の合意)

第548条の2

 定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。

  1. 一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
  2. 二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

(1) 定型約款の要件

 「定型約款」の定義については、改正548条の2第1項に定義されている。

 これを要件として分けてみると、以下のとおりとなる。

  1. 1「定型取引」(下記①②の要件を充たす取引)に用いられていること
    ① 不特定多数の者を相手方として行う取引であること(不特定多数要件)
    ② その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものであること(画一性要件)
  2. 2 契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備され条項の総体であること(目的要件)

 以下では、それぞれの要件の意義等について検討する。

ア 不特定多数要件
 「不特定多数の者を相手方として行う取引であること」(不特定多数要件)が定型取引の要件とされたのは、相手方の個性に着目した取引は定型約款に該当しないことを明確にするためであるといわれている。
 例えば、労働契約は、相手方の個性に着目して締結されるものであり、この要件を充足しないため、労働契約において利用される契約書のひな型は定型約款に含まれないことがより明瞭になるものと考えられる。なお、一定の集団に属する者との間で行う取引であれば直ちに「不特定多数の者を相手方とする取引」に該当しないというわけではなく、相手方の個性に着目せずに行う取引であれば不特定多数要件を充足し得る。[1]

イ 画一性要件
 「その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」とは、①多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することが通常であり、②相手方が交渉を行わず一方当事者が準備した契約条項の総体をそのまま受け入れて契約の締結に至ることが取引通念に照らして合理的である取引を意味するなどと解されている。[2]
 ②については、当事者の一方における主観的な利便性などだけではなく、その取引の客観的態様(多数の顧客が存在するか、契約の締結は契約条件の交渉権限を与えられていない代理店等を通じて行われるか、契約締結に当たってどの程度の時間をかけることが想定されるかなど)を踏まえつつ、その取引が一般的にどのようなものと捉えられているかといった一般的な認識を考慮して、相手方が交渉を行わず一方当事者が準備した契約条項の総体をそのまま受け入れて契約の締結に至ることが合理的といえる場合を指す。[3]
 このような意義を有する画一性要件については、定型約款による取引に事業者間の取引が過剰に含まれかねないことに対する懸念が強かったため、このような懸念を払拭するための要件として議論されてきたという経緯がある。
 例えば、事業者間の契約であっても、ある企業が一般に普及しているワープロ用のソフトウェアを購入する場合には、ソフトウェア会社が準備した契約条項の総体はこの画一性要件を充たすと考えられる。他方、例えばある企業が製品の原料取引契約を多数の取引先企業との間で締結する場合には、画一的であることが通常とまではいえない場合も多いと考えられるし、仮に当該企業が準備した基本取引約款に基づいて同じ内容の契約が多数の相手方との間で締結されることがほとんどである場合であっても、契約内容に関して交渉が行われることが想定されるものである限り、相手方がその変更を求めずに契約を締結することが取引通念に照らして合理的とはいい難く、画一性要件は充たさないと考えられる。[4]
 また、事実上の力関係等によって交渉可能性がないこともあるが、そういった場合であっても、プロ同士の取引であって、画一的であることが両当事者にとって合理的といえないのであれば、定型約款には当たらないものと解されている。[5]

ウ 目的要件
 「契約の内容とすることを目的」とは、当該定型約款を契約内容に組み入れることを目的とするという意味である。[6]
 契約のひな型やたたき台など、当該取引においては、通常の契約内容を十分に吟味し、交渉するのが通常であるといえる場合は、「契約の内容とすることを目的」にしているといえないため、定型約款に当たらないことになると考えられる。
 部会資料83-2では、「契約の内容を補充することを目的」との要件が提案されていたところ、かかる定義について上記解釈が示されていたが、このような趣旨であることは改正民法においても変わるものではないと考えられる。文言が変更されたのは、「補充する」というと、契約の中心部分を含まないという意味をもつ可能性があったものの、この点については諸説あるところであるため解釈に委ねることを明確化すべく、「補充する」という表現を使わないことにしたに過ぎない。[7]

(2) 個別合意と定型約款該当性

 画一性要件においては、取引の内容の「全部」が画一的であることが合理的である場合に限られず、取引の内容の「一部」が画一的であることが合理的である場合も含まれている。

 すなわち、定型約款の一部について別段の合意が成立することはあり得るところ、このように個別交渉した結果として別段の合意をした条項(個別合意条項)については、画一性要件を充たさず、定型約款の規律が適用されないことになる(その他の条項が定型約款に該当することに影響を与えるものではない。)。この点については、部会審議の過程において、「異なる内容の合意をした契約条項を除く。」と定めることによって明確化されていたが[8]、解釈によっても当然に導くことができるとの理由で削除されたに過ぎないため[9]、かかる解釈は改正民法においても妥当するものと解される。ここでいう個別合意条項としては、例えば、約款に個別合意した覚書や付属書が付けられている場合や、書式中で交渉によって埋められるべき空欄部分が存在している場合の空欄部分を挙げることができる。[10]

 部会審議においては、個別合意によって異なる内容の合意をした場合に限らず、結果的に定型約款準備者が提示した内容と同じ内容の合意をした場合であっても、定型約款に含まれる契約条項について明確な個別の合意があったと評価することができるときは、定型約款の規律の対象から除くべきであるとの意見もあったが、この意見は採用されなかった。その理由としては、相手方にどの程度の認識や行為があれば個別の契約条項について合意があるといえるかという判断は必ずしも容易ではないし、相手方の個別の認識を定型約款準備者が把握することも実際上は困難であることも少なくないことや、契約内容が同一であるにもかかわらず、特定の相手方についてのみ他と異なる扱いをすることは定型約款準備者にとって煩雑であり、定型約款を用いた取引の円滑性等を著しく阻害するという指摘もあることが挙げられている。[11]なお、もともと交渉が予定されているような条項であれば、画一性要件を充たさないことは明らかであるため、結果的に条項準備者が提示した内容と同じ内容の合意をした場合であっても定型約款に該当しない。

 ところで、個別合意条項については、不当条項規制・不意打ち条項規制(改正548条の2第2項)や定型約款の変更(改正584条の4)の規定が適用されるか問題となる。

 この点、定型約款準備者が準備した条項の一部について協定書や覚書等により別段の合意をするような個別合意条項に関しては、不当条項規制・不意打ち条項規制(改正548条の2第2項)が適用されないことになると考えられるが、個別合意の内容が信義則に反するような場合には、民法90条により個別合意の効力が否定されるのではないかが問題になるように思われる。また、このような個別合意条項については、定型約款の変更(改正584条の4)の規定も適用されないものと考えられる。

 これに対して、定型約款準備者が準備した条項と同じ内容の合意をした場合で、定型約款に含まれる契約条項について明確な個別の合意があったと評価することができる条項に関しては、上記のとおり、定型約款に該当することは否定されないと考えられる一方で、明確な個別の合意があったと評価できる側面もあるため、不当条項規制・不意打ち条項規制(改正548条の2第2項)や定型約款の変更(改正584条の4)の規定が適用されるのかということが問題になり得る。

 なお、定型約款に該当する典型例としては、約款冊子を別途交付するタイプのものが想定されるが、当然ながら、当事者の署名捺印がある契約書である場合(例えば、申込書裏面に約款が印字されている場合や双方調印の通常の契約書タイプのもの等)であっても、上記(1)において説明した定型約款の要件を充たす限り定型約款に該当することに変わりはない。[12]同様に、当該要件を充たす約款や契約書に「民法548条の2第1項に定める定型約款に該当しないことを確認する。」というような規定を置いたところで、定型約款に該当することに変わりはない。また、定型約款に該当する契約書に「個別の条項についても合意します」というような文言が記載され、顧客が署名をしているという場合も、そのことのみによって個別の条項について合意があると判断されることはなく、あくまで当該個別条項の内容について顧客が認識し、意思の合致があるという実質が伴わなければならない。[13]

(3) 認可約款や届出約款であることの影響

 保険約款を変更する場合、基本的には、金融庁長官の認可又は届出が必要となる(保険業法123条)。また、投資信託約款の変更に関しては、管轄財務局長等への事前の届出が必要となり(投資信託及び投資法人に関する法律16条)、「その変更の内容が重大なものとして内閣府令で定めるものに該当する場合」には、受益者の書面による決議を行わなければならないなど(同法17条1項)、一定の手続要件が定められている(なお、投資信託約款が定型約款に該当するか否かについては、後述のとおり解釈が分かれ得ると思われる。)。

 もっとも、約款の変更について、このような行政法規により認可や届出、別途の書面決議などの手続が必要となるとしても、これを理由に定型約款該当性が否定されることはないものと考えられる。定型約款の組入要件に関して、特別法である一部の行政法規に組入要件の緩和措置が講じられたことからすると、行政法規の遵守によって、私法上の個々の契約関係において約款が当然に契約内容となったり、変更の効力を生じさせるわけではないことが明確にされたといえると考えられる。[14]

 したがって、このような場合であっても、契約(変更)の効力を生じさせるためには、改正民法における定型約款の規律にしたがう必要があることに加えて、別途、行政法規における認可や届出等の手続にもしたがわなければならないと考えられる。

(4) 定型約款に該当することの影響

 定型約款に該当する場合には、定型約款に関する規律が適用されることになるため、組入要件を充たせば個別の条項についても合意をしたものとみなされる(改正548条の2第1項)。定型約款準備者である事業者にとって、定型約款に該当する場合に適用されることになる改正民法の規律のうち特に関心が強いのは、①不当条項・不意打ち条項に当たる場合には個別の条項に係るみなし合意の効力が否定されること(改正548条の2第2項)、及び②定型約款の変更により、個別に相手方と合意をすることなく一方的な変更が認められることになることであろう(改正548条の4)。

 定型約款準備者の中には、不当条項規制・不意打ち条項規制(改正548条の2第2項)の適用を恐れて、定型約款に該当すると実務に支障をきたすと考える事業者もいるだろう。この点、対消費者の契約(BtoC)に関しては、これまでも消費者契約法上の不当条項規制が適用されることから、既に不当条項チェックが行われていると思われるが、後述のとおり、改正548条の2第2項には不意打ち条項規制という趣旨も兼ねられていることから、消費者契約法とは異なる観点からのチェックが必要になるとも考えられる。他方で、対消費者の約款取引については、相手方が膨大な数にのぼることも多いため、定型約款準備者である事業者にとっては、個別に相手方と合意をすることなく一方的な変更をするニーズがある場合も多いが、定型約款の変更(改正548条の4)の規定が適用できることにより、このようなニーズに対応できるようになるというメリットもある。

 これに対して、事業者間契約(BtoB)については、消費者契約法上の不当条項規制は適用されないため、これまでは、公序良俗違反(民法90条)等に当たらない限り、個別の条項の内容によってその効力が否定されるリスクはさほど想定されておらず、必ずしも十分な不当条項チェックが行われてきたとは限らない。したがって、定型約款に該当することにより、不当条項規制・不意打ち条項規制(改正548条の2第2項)が適用されると、これまでの実務の変更を余儀なくされる可能性も否定はできない。他方、事業者間契約においては、契約内容を変更する場合には個別に相手方と合意をしていることが多く、一方的な変更をするニーズは必ずしも高くないため、定型約款の変更(改正548条の4)の規定が適用されることによるメリットもないという場合も少なくないだろう。一般に、事業者にとって、事業者間契約が定型約款に該当することは好ましくないと考えられる風潮にあるのも、以上のような事情によるものと思われる。



[1] 部会資料86-2・1頁。

[2] 潮見佳男『新債権総論Ⅰ』(信山社、2017)36頁。

[3] 部会資料78B・15頁。審議途中の提案内容の意義を解説したものであるが、この説明は成立した改正民法の理解としても妥当するものと解される(沖野・前掲第1回注[3] 545頁)。

[4] 部会資料78B・15~16頁。

[5] 部会資料83-2・38頁。

[6] 潮見・前掲注[2] 36頁、部会資料83-2・38頁。

[7] 山本敬三「民法(債権関係)の改正に関する要綱と保険実務への影響」生命保険論集第191号(2015)31頁。

[8] 部会資料81B・16頁。

[9] 部会資料83-2・38頁。

[10] 潮見・前掲注[2] 38頁。

[11] 部会資料81-B16頁。

[12] 衆議院法務委員会議事録第15号(平成28年12月9日)における法務省民事局長答弁。

[13] 山本・前掲注[7] 51~54頁。

[14] 沖野・前掲第1回注[3] 554頁。

 

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