コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(21)
――アンケートによるリスクの発見と迅速な対応――
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、合併組織のコンフリクトの顕在化を調整する方法として、公式権限の明確な設定と合理的意思決定プロセスの確保の重要性について、合併組織においてありがちな、実効性が損なわれる例を呈示しながら考察した。
合併会社における出身会社主義は、役員や経営幹部を巻き込んでコンプライアンスの運用にも影響を与える。それは、組織を危機に陥れる可能性があるので、経営者や経営者をチェックする者(機関)は、それを踏まえて内部統制の実態を把握し必要により是正しなければならない。
今回は、組織がコンフリクトの原因となる問題を事前に発見し、深刻化する前に対応することにより調整力を発揮する方法の1つであるコンプライアンス・アンケートについて考察する。
【アンケートによるリスクの発見と迅速な対応】
リスクを事前に発見する方法に、内部監査・監査(含会計監査)等によるモニタリングのほかに、コンプライアンス・CSR定着度評価アンケートがある。
アンケート調査は、組織内(含グループ会社)の従業員のコンプライアンス・CSR意識の定着度等を把握するために、無記名で定期的に部門ごとに実施されることが多い。その際、一定の調査項目のほかに、自由記入欄を設け、自由に気になることや意見を記入してもらい、リスクを早期に把握し対応することが重要である。
筆者は、合併会社のコンプライアンス部長[1]時代に、アンケートを積極的に活用してリスクの把握と削減に役立てたことが多かった。
このアンケート調査は、単に組織全体と各部署のコンプライアンス・CSR意識の時系列的変化を把握するために活用するだけでは不十分である。
匿名であるが部署ごと・項目ごとに集計し、どこで何が問題になっているのかを把握するべきである。また、全体平均と比較して劣る場所の部署長に改善を求めることにも活用できる。個人名は特定できないが、部署ごとに集約することで各部署の実態を把握できるようにするべきである。
自由記入欄に訴えられた緊急性の高い問題については、部署長(含グループ会社のコンプライアンス責任者)と連携し、問題解決に向けて行動する必要がある。
筆者は、例えば、自由記入欄にセクハラ、パワハラ等の指摘があった場合、直ちに現場に行き部署長と協議し、職場全体にコンプライアンスの重要性を研修するとともに、(特定できないが)問題を指摘した人に、従業員相談窓口に相談するように促し、研修後に相談を受けて解決したことがある。
このように、コンプライアンス・アンケートの実施で重要なことは、部署ごとの課題を浮き彫りにして部署長に責任を持って改善するように促すとともに、各部署に潜む緊急性の高い問題を発見し、放置せず直ちに解決に動くことである。それにより、コンプライアンス担当部門への信頼が高まり、現場と協力してリスクの悪化を防ぐことが可能になる。
最も気をつけなければならないことは、リスクの発生を知りながら放置することである。その場合には、「アンケートで訴えても無駄で、なんら問題解決に役立たない」として、コンプライアンス部門、経営者およびアンケートそのものに対する従業員の信頼を失うばかりではなく、外部への通報の動機になり、表面化した時にはリスクが事件化し組織が社会の信頼を失う危険が発生する。[2]
また、合併会社では、気心の知れない他社出身の他部門の長や役員に気を使うために、
コンプライアンス部門が本来行なうべき職務権限に基づく指導・助言等も行なわれ難い点にも注意する必要がある。
このように、合併会社のコンプライアンス部門は、一定の歴史を持つ単一の組織よりも、業務遂行上の困難度が高いが、担当部門は、組織のために自らのリスクをいとわず使命感を持って職務を遂行する覚悟が必要であり、一方、経営者はそのような努力を認めて処遇する必要がある。
そうでなければ、コンフリクトの顕在化を調整する統制力を働かせることが出来ない。
今回は、アンケートの活用方法を中心とした統制力について考察したが、次回は、従業員相談窓口の活用について考察する。
[1] 筆者は、3社合併の乳業会社の初代コンプライアンス部長(コンプライアンスと内部監査を担当)を6年強勤め、コンプライアンス体制をゼロから構築・運営した。
[2] これについては、軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとするアメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した壊れ窓理論(英: Broken Windows Theory)が有名である。また、不祥事発生企業では、内部通報があったにもかかわらず、それを取上げて行動しなかった例が少なくない。