◇SH0293◇最二小決 平成27年2月3日 住居侵入、強盗殺人被告事件(千葉勝美裁判長)

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1 事案の概要

 裁判員制度の施行後5年間において第1審で死刑が言い渡された事件21件中、これを破棄した控訴審判決は3件あったものであり、これらの控訴審判決に対して検察官が上告したのは①②事件のみであった。第二小法廷が①②事件について同日付けでした各決定は、こうした検察官上告を最高裁で棄却した初めての事案になる。①事件は、殺人等による懲役20年の服役前科を有していた被告人が、出所半年後、強盗目的で、被害者方マンション居室に侵入し、被害者を発見して同人を殺害して金品を強奪しようと決意し、同人の頚部を包丁で突き刺して殺害したという事案、②事件は、被告人が、千葉県松戸市内の被害女性方マンション居室に侵入し、帰宅した同女から金品を強取するとともに、胸部を包丁で突き刺すなどして殺害したという住居侵入・強盗殺人、前記居室に再侵入した上、死体周辺に火を放ち、死体を焼損し、かつ、同居室内を焼損したという建造物侵入・現住建造物等放火・死体損壊等からなる事件(以下「松戸事件」という。)のほか、その前後の約2か月間に繰り返した女性5名に対する強盗致傷、強盗強姦等からなる事案である。

2 訴訟の経過

 ①事件の第1審判決は、殺意が強固で殺害の態様等が冷酷非情なものであり、結果が極めて重大であること、2人の生命を奪った前記前科がありながら、出所後半年で金品を強奪する目的で被害者の生命を奪ったことは、刑を決める上で特に重視すべきであると述べて、死刑を言い渡した。被告人が控訴したところ、原判決は、本件では、被害者が1名であり、侵入時に殺意があったとは確定できず、当初から殺害の決意を持っていたなどとはいえないこと、被告人の前科は無期懲役に準ずる有期懲役であり、前科の内容は本件強盗殺人とは社会的にみて類似性が認められないなど前科の評価に関して留意し酌量すべき点があることを指摘し、第1審判決を破棄して無期懲役の自判をした。検察官の上告に対し、第二小法廷は、適法な上告理由に当たらないとした上、職権で、本件犯行とは関連が薄い前記前科があることを過度に重視して死刑に処した裁判員裁判による第1審判決の量刑判断が合理的ではなく、被告人を死刑に処すべき具体的、説得的な根拠を見いだし難いと判断して同判決を破棄し無期懲役に処したものと解される原判決の刑の量定が、甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するということはできない旨の判断をし、上告を棄却した。
 ②事件の第1審判決は、松戸事件は、殺意が極めて強固で、殺害態様も執ようで冷酷非情であるなど悪質な犯行で、結果が重大であること、松戸事件以外の事件も重大かつ悪質な犯行であり、累犯前科等があるにもかかわらず、本件各犯行に及んだ被告人の反社会的な性格傾向は顕著で根深いこと、殺害された被害者が1名で、殺害自体に計画性は認められない点も死刑回避の決定的事情とはいえないことなどを述べて、死刑を言い渡した。被告人が控訴したところ、原判決は、松戸事件における殺害行為は計画的なものではなく、松戸事件以外の事件も前科の内容も、人の生命を奪って自己の利欲等の目的を達成しようとした犯行ではないこと、殺害された被害者が1名の強盗殺人の事案において、その殺害行為に計画性がない場合には死刑は選択されないという先例の傾向がみられるが、第1審判決がその傾向と異なる判断をする合理的で説得力のある理由を示したとは言い難いことなどを指摘し、第1審判決を破棄して無期懲役の自判をした。検察官の上告に対し、第二小法廷は、適法な上告理由に当たらないとした上、職権で、被害女性1名の殺害を計画的に実行したとは認められず、殺害態様の悪質性を重くみることにも限界があるのに、同女に係る事件以外の事件の悪質性や危険性、被告人の前科、反社会的な性格傾向等を強調して死刑に処した裁判員裁判による第1審判決の量刑判断が合理的ではなく、被告人を死刑に処すべき具体的、説得的な根拠を見いだし難いと判断して同判決を破棄し無期懲役に処したものと解される原判決の刑の量定が、甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するということはできない旨の判断をし、上告を棄却した。
 なお、いずれの事件についても、被告人の上告がなされたが、適法な上告理由に当たらないとして、特段の職権判示なく棄却されている。

3 説明

 死刑の選択も量刑の問題の一つであるところ、裁判員裁判における量刑の在り方一般については、最一小判平成26年7月24日刑集68巻6号775頁により、基本となる考え方が示されたものと理解されているが、死刑の選択が問題となる場合については、死刑が、究極の刑罰である上、無期懲役との間に有期懲役刑の刑期のような数量的な連続性がなく、いわば質的な懸隔があるため、どのような事情がかかる質的な転換をもたらすのか探らざるを得ないという刑罰としての特殊性(井田良=大島隆明=園原俊彦=辛島明「裁判員裁判における量刑評議の在り方について」司法研究報告書63輯3号(司法研修所、2012)106頁参照。)に鑑み、死刑の選択に関する裁判員の視点、感覚とこれまでの裁判例の集積との調和をいかに図るかという重い課題が残されていた。
 第二小法廷は、まず、①②事件のいずれにおいても、刑罰権の行使が国家統治権の作用であり、その中でも死刑が究極の刑罰であるから、死刑の適用は慎重に行われなければならず、裁判の営みに内在する本質的な要請である公平性の確保にも十分意を払わなければならない旨を説示する。これまで死刑の適用が問題となる事案において当然とされてきた観点の指摘であり、①②事件とも判示事項とされてはいないが、裁判員裁判による第1審に関する上告審においてこれらの観点が再確認された意義は大きいと解される。
 その上で、第二小法廷は、評議に当たっては、裁判例の集積から死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を検討しておき、その検討結果を裁判体の共通認識とし、それを出発点として議論することが不可欠であり、また、死刑の適用が慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点を踏まえて議論を深める必要があるとした上、死刑の科刑が是認されるためには、裁判体の判断の具体的、説得的な根拠が示されるべきであることを述べ、各事件について、前記のとおり判示したものである。
 ①事件については、当初から殺害の決意を持って犯行に臨んだ事案ではなく、前科に関する情状を除くと死刑を選択するのがやむを得ないとは言い難いものであったところ、第二小法廷は、第1審判決が特に重視すべき事情として指摘する前科の内容と本件との関連が薄く、前科の存在を過度に重視するのは相当ではないとして、第1審判決が、本件で死刑選択の具体的、説得的な根拠を示したとはいい難く、原判決も、第1審判決の判断が合理的ではなく、本件で死刑選択の具体的、説得的な根拠を見いだし難いとしたものと判断し、原判決を是認したものと解される。
 ②事件については、松戸事件につき、殺害を当初から計画しておらず、殺害直前の経緯等を具体的に確定できなかったため、その殺害態様の悪質性を重くみることにも限界があったといわざるを得ないものであったところ、第二小法廷は、松戸事件以外の事件の悪質性や危険性、被告人の前科・性格傾向等を強調した第1審判決が、死刑選択の具体的、説得的な根拠を示したとはいい難く、原判決も、第1審判決の判断が合理的ではなく、本件で死刑選択の具体的、説得的な根拠を見いだし難いとしたものと判断し、原判決を是認したものと解される。
 また、各決定とも、これらの点に関連し、千葉勝美裁判官の補足意見が付されている。

4 各決定の意義

 いずれの事件においても、第二小法廷の各決定は、これまで重い課題として残されていた、裁判員制度導入の趣旨を踏まえて死刑の選択に関する裁判員の視点、感覚とこれまでの裁判例の集積とをいかに調和させていくかという、死刑の選択が問題となる事案における量刑評議の在り方、控訴審の量刑審査の在り方に関し、基本となる考え方を示すとともに、各事件の内容に則した具体的な事案の解決例を示すものとして、今後の実務に与える影響は大きいものと思われる。

以上

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