実学・企業法務(第94回)
第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
4. コンプライアンス
コンプライアンスとは、一般に、法令・社内の規範・事業者団体の自主的な行動規範等を遵守することをいい、広い意味では、社会規範も含む意味で用いられる。本来の語義は「要求等に応じる」である。
前出の「コーポレート・ガバナンス」「内部統制システム」「リスク・マネジメント」が会社経営の構造、形式又はプロセスを示しているのに対し、「コンプライアンス確保」では、実体を評価して是非を判断し、容認できない行為等があればそれを排除・防止することが求められる。
法律違反を犯して社会から糾弾され、トップが辞任に追い込まれ、経営危機に陥る会社は多い。中には、廃業に追い込まれたケースもある。
しかし、そのほとんどの場合において、大半の社員・取引先は不祥事の存在を知らず、真面目に働いている。「コンプライアンス確保」は、このような社員・取引先を減給や失業の危機から救う取り組みでもある。
- (例1) 山一證券は粉飾決算や総会屋への不正利益供与が発覚して1997年に自主廃業[1]に至った。
- (例2) 雪印食品は2002年1月に牛肉の産地偽装事件が発覚し、売上が激減して同年4月に解散した[2]。
- (例3) 東芝は2015年に、2008年度から2014年度第3四半期までの税引前利益を累計2,248億円減額修正した[3]。2015年7月に歴代3社長を含む9人役員等が辞任、幹部社員の社内処分を行い、12月に約73億円の課徴金納付命令(金融庁)を受け、2016年6月の定時株主総会で会計監査人が交代した。さらに2016年末以降も巨額損失が露呈し、順次、基幹事業の売却が進められた。
- (例4) 三菱自動車は2016年に燃費不正表示問題が発覚して売上が激減し、社長が辞任して、同年、日産自動車の経営傘下に入った。
不正行為は、早期に除去すれば、大問題になることはない。このため、日頃から、会社の幹部だけでなく、現場の担当者まで含めて全員でコンプライアンス確保に取り組み、不正を、小さな芽のうちに見つけて摘み取ってしまうことが重要である。
法令は、社会の全員が遵守すべき最低限の規範であり、法令遵守を徹底しても社会から評価されるわけではない[4]。ただ、どの法律にも、適用範囲の外縁に若干のグレー・ゾーンが存在する。また、社会は常に変化するので、法律が制定された直後から新しい欲求・不満が生まれる。このような未確定の部分に配慮して、関係者の期待を少しでも上回るビジネスを続ければ、会社に対する信用は確実に大きくなる。
(1) 社会・市場の要請に従う
企業と社会・市場の考え方や判断基準は、必ずしも一致するとは限らない。そのギャップから、商品・サービスの安全(通常使用か、誤使用か)、表示(誇大広告か、虚偽表示か)、納税(節税か、脱税か)、公共入札(公共の利益に配慮した行政指導か、それを逸脱する官製談合か)等のさまざまな問題が生まれている。
企業にとっては「社会・市場がどのように見ているか」を基準にして経営判断することが重要だが、予見可能性や結果回避可能性の境界は、時代とともに少しずつ動くので、第1に、現在の基準を正しく認識してこれを原点とし、第2に、変化していく方向とそのスピードを見定めたい。
その上で、商品の安全設計、表示、その他の事業活動に関する社内基準を、社会・市場の考え方よりも少し厳し目に設定するのが、信用獲得の要諦である。
(2) 法令を守る
各企業が共通してコンプライアンス確保に取り組む法律には、会社法、労働法、金融商品取引法、知的財産法、独占禁止法、外為法等がある。
また、ほとんどの事業において業法が制定されており、さまざまな規制がある。環境保護や安全保障貿易管理等のように、国によって多少基準が異なる場合もあり、法令遵守には細心の注意を払わなければならない。
ところで、2000年代に入って生産や販売に直接寄与しない管理業務を必要とする法制度が相次いで導入され、そのつど、多くの企業で、遵法のための経営管理システムが追加されてきた。この結果、経営管理システム全体に占める遵法管理の比重が高まり、間接部門の生産性は低下したものと考えられる。
これらの管理システムの導入に関与してきた企業法務には、自社の間接部門の生産性の推移を確認し、世界の競争相手に劣らない生産性を確保する仕組みにする責任がある。
〔コンプライアンス関連法制の増加〕
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2000年 国・公的機関の「グリーン購入法[5]」が制定された。
国等の公的機関が率先して環境負荷低減に資する製品・サービスの調達を推進し、これに企業が納入者として対応したことからグリーン購入の動きが産業界にも広がり、多くの企業で同様の取り組みが展開された。 -
2002年 「外為法」による安全保障輸出管理に「キャッチオール規制」が導入された。
それまでのリスト規制に加えて、大量破壊兵器等の開発・製造等に用いられる可能性があることを知った場合の輸出が規制され、企業は輸出管理を厳格にした。 -
2003年 「個人情報保護法」が制定され、2005年から全面施行された。
個人情報の、利用目的の特定、適正取得、安全管理、第三者提供の制限等の措置を企業が講じることが法律で義務付けられ、企業はこの仕組みを全社的に構築して定着した。 -
2003年 「不正競争防止法」が改正され、営業秘密侵害に刑事罰が導入された。
技術情報等の営業秘密の法的保護が強化されたのを機に、多くの企業が情報セキュリティ管理を強化して流出防止に努め、同時に、情報混入(コンタミネーション)を防ぐ措置を講じた。 -
2004年 「金融商品取引法」が改正され、インサイダー取引等に課徴金が導入された。
主に上場会社において、インサイダー取引・風説の流布・相場操縦等の違反行為が発生しないよう、自社経営情報の取り扱いルールを制定して遵守を徹底した。 -
2004年 「公益通報者保護法」が制定されて内部通報制度の整備等が求められた。
多くの企業が内部通報窓口を設置し、通報に対する調査・是正措置・調査結果の通知等に関する社内ルールを制定して、遵法を確保するための有効な手段にした。 -
2005年 「独占禁止法」が改正され、課徴金減免制度が導入された。
カルテル・談合を行った事実を公正取引委員会に早い順番で通報した会社が課徴金を多く減免されるので、違反情報の早期把握に努める会社が増えた。 -
2006年 「会社法(2005年制定)」が施行され、内部統制システム構築が義務化した。
多くの会社で、会社法(及び金融商品取引法)に適合する内部統制システムの構築・改善が行われた。 -
2007年 「犯罪収益移転防止法」が制定され、資金洗浄・テロ資金の規制が徹底された。
金融機関・クレジットカード会社・郵便物等受取サービス業者他の多くの業種において、本人確認・本人確認記録・疑わしい取引の届出等が義務付けられた。 - 2009年3月期決算から「金融商品取引法」に基づく内部統制報告書の作成・提出が開始された。上場会社では2008年4月から、公認会計士(監査法人)の監査で「適正」評価を得るための体制整備が行われた。
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2009~11年 各都道府県で「暴力団排除条例」が施行された。
企業には、暴力団等との取引を廃止するとともに、取引基本契約書等に「暴力団排除条項」を設けることが求められ、契約更改や取引停止が進められた。 -
2011年 「英国贈収賄防止法」が施行され、民間同士の贈答等が刑事罰の対象になった。
英国ビジネスに関わる企業は摘発対象になる可能性があり、英国法務省が示したガイダンス(適切な手続きを実践したとみなされる6原則)の導入に努めた。 - 2012年から「米国・ドッド・フランク法(紛争鉱物規制)」による報告義務が米国上場企業に課された。報告企業は材料等の仕入先に原材料の調達先(国)の報告を求めるので、日本でこれに対応する体制を整えた企業が多い。
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2014年 「景品表示法」が改正されて、虚偽表示等に対する課徴金制度が導入された。
多くの企業が、消費者庁が示した「事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置についての指針」の導入・実践に努めた。 -
2015年 「BEPS[6]行動計画の最終報告書」が取りまとめられ、2015年及び2016年のG20サミット(トルコ、中国)とG7サミット(日本)で支持され、約100か国の政府が課税逃れを防ぐために自国法制の見直しを始めた。政府のBEPS対策では、企業グループのグローバル経営管理システムが対象になる。
(注) 先駆的な企業では、各国政府が進める15項目のBEPS行動計画(外国子会社合算税制・恒久的施設(PE)の認定・移転価格税制・企業情報の文書化等)に係る実態調査や新たな規制に対応できる管理の仕組みが構築されていることを確認し、全社規程等の見直しを進めている。
[1] 1997年11月24日 大蔵省に届出。
[2] 2002年4月30日
[3] 2015年9月17日 東京証券取引所適時開示情報
[4] 将来に向けて、より良い社会規範を提案し実践する企業が評価されるようである。
[5] 国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律(通称、グリーン購入法)。循環型社会形成推進基本法の個別法のひとつとして制定され、2001年から施行された。
[6] Base Erosion and Profit Shifting(税源浸食と利益移転)の略。OECDが報告書を取りまとめた。。