コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(29)
―組織風土改革運動に関する成功と失敗からの教訓①―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、「革新を阻むもの」の発生と移行過程のマネジメントの必要性について述べた。
経営者が組織革新を実行しようとすると、革新により今まで築いてきた自分の地位や価値観を否定されたと感じる人々は、「抵抗」を始め、どう対応してよいかわからない人々は、「混乱」し、「革新」を一つの機会として組織内で有利な地位を占めようと政治的に動く人々は、互いに「対立」することになる。
今回は、ある不祥事発生組織における筆者の組織風土改革運動の成功と失敗の経験を述べ、現実に組織革新を進めるために何が必要かについて考察する。
【組織風土改革運動に関する成功と失敗からの教訓①】
筆者は、かつて所属した団体が牛乳不正表示事件の発生で社会的信用を失墜し存続の危機に陥った時に、信頼回復と組織本来の在り方を全員で確認し前に進むために、やむにやまれぬ気持から若手中間管理職が自発的に組織風土改革運動を提案・推進するという設定で、組織風土改革運動を提案し事務局長として牽引した経験がある。
この運動は、組織の公式の業務ではなく、現場の若手管理職がボランティア的に運動を立ち上げ、それを不祥事により交代した経営トップ(信頼回復を目指す組織の象徴、組織風土改革運動の本部長に就任)が、承認するという形で推進した。
勤務時間内で、不祥事の発生原因や組織のあるべき姿、組織の今後の取り組み方向等を各現場(牛乳・乳製品の製造・販売現場や飼料の製造・供給現場等)で議論し、それを運動ニュース等にまとめて全員(組織内外のステークホルダーに配布)が共有し、現場の運動リーダーが参集した全国会議で行動宣言を採択して第一ステージを終了した。
正式の業務ではないことと、既存の組織風土の中で成功してきた部門長クラスを組織風土改革運動に参加させることは、運動が業務と同じものととらえられ、部門長の意向を気にして新たな組織風土の在り方を自由に議論できなくなることを避けるために、部門長をこの運動のアドバイサーと位置づけ、直接の職場討議から外した。
この運動は、外部からの信頼回復には成功したものの、新たな組織風土の形成に至る前に力を失った。
運動1年目は、下からの燃えるような熱い想いが組織を席巻し、組織の信頼回復を目指す参加者が自らのこれまでの仕事の仕方を見直し、どうすれば社会に信頼される仕事や開かれた組織を実現できるのかについて熱い議論を交わした。
行政、取引先、出資者、金融機関、生産者、消費者団体等は、この運動が職員の自発的取り組みから生まれたことを評価し、「この組織は、不祥事を発生させたが、組織としては自浄作用を働かせることができる健全な組織である」と受け止め、他の再発防止策[1]と併せて信頼回復と取引再開に結びついた。
しかし、時が経過するにつれて、組織の全階層が運動に参加しなかったことやこの運動を組織の公式活動に昇格させて継続するように提案したが理解されなかったこと等から、ボランティアによる運動の継続が息切れし、運動は総務に引き継がれたが形骸化して組織成員のコミットメントが薄れ、やがて消滅した。
会長以外の他の役員や部門長は、失われた経営実績の回復に忙殺されるとともに、自らが主体的に参加しなかった非公式活動である組織風土改革運動に対してコミットできなかったことが推測される。
この経験から、筆者は以下の教訓を得た。
- ① 組織文化にコンプライアンス重視の価値観を浸透・定着させるためには、経営トップ以下全ての階層が参加して、それぞれの役割を果たす必要がある。
- ② 中途半端な取り組みは、組織成員の無力感を蔓延させ組織効率の低下や組織への信頼喪失につながるので、真に組織文化を革新(組織風土改革)するためには、迅速・ドラステックに革新を進める必要がある。
- ③ 組織文化の革新には、強力なビジョンが必要である。
- ④ 組織文化の革新を成功させるためには、充実した(組織内外への)コミュニケーション等総合戦略が必要である。
- ⑤ 組織文化の革新には、移行過程のマネジメントが重要である。
(次回に続く)
[1] 筆者は、組織風土改革運動の他に、組織が社会全体への認識が弱く内向きになっていることが不祥事の発生原因であるととらえ、①社会の風を経営者が認識し意思決定に反映することができる開かれた組織とするために、有識者・生産者・消費者・取引先代表よりなる「経営評議会」の設置、②生産部門に所属していた品質部門が牽制力を働かせるために品質保証部の設置、③お客様の声を聴き経営に反映するお客様センターの設置とお客様相談ネットワークシステムの設定(品質保証部に所属)を実施した。