◇SH1522◇日本企業のための国際仲裁対策(第62回) 関戸 麦(2017/11/30)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第62回 仲裁判断後の手続(6)-仲裁判断の承認・執行その2

2. 仲裁判断の承認・執行

(4) 仲裁判断の承認・執行の要件

 ニューヨーク条約は、締約国に対して、一定の条件の下に、仲裁判断を承認し、執行することを義務づけている(3条)。その条件であるが、一つには、承認・執行を望む当事者が、その申立手続を行うことである(4条1項参照)。この手続については、次項で解説する。

 他の条件は、承認・執行の拒絶事由がないことである(5条)。この承認・執行の拒絶事由は、仲裁判断の取消事由と概ね共通であり、その具体的な内容は、第57回の1(3)項において述べたとおりである。3つの類型があり、第1が仲裁合意に関するもの、第2が仲裁手続における当事者の手続保障に関するもの、第3が締約国の法令及び公の秩序に関するものである。

 但し、仲裁判断の取消事由との違いとして、承認・執行拒絶事由には、仲裁地の国の権限ある機関により、仲裁判断が取り消されたか、停止されたことも含まれる。すなわち、仲裁判断が取り消された場合には(あるいは停止された場合には)、これが承認・執行拒絶事由となる。

 このように、ニューヨーク条約の下では、承認・執行の拒絶事由がない限り、締約国において承認・執行が行われることになっている。いかなる締約国においても、強制執行を行うことが可能であり、また、一つの仲裁判断に基づき、複数の締約国において強制執行手続を行うことも可能である(例えば、強制執行による回収額がある締約国において仲裁判断の認容額に満たなかった場合に、別の締約国の強制執行手続で不足額を回収することが考えられる)。

(5) 裁量による却下の回避

 承認・執行拒絶事由がある場合においても、強制執行が否定されるとは限らない。ニューヨーク条約は、承認・執行拒絶事由がある場合に、承認・執行を「拒否することができる」と定めており、「拒否しなければならない」とはしていない(5条)。

これを受けて日本の仲裁法は、仲裁判断の執行決定の申立について、承認・執行拒絶事由がある場合においても、裁判所が裁量によって申立を却下せずに、仲裁判断の執行決定を発することを可能としている(仲裁法46条8項[1])。なお、仲裁判断取消の申立についても、第57回1(4)項において述べたとおり、取消事由がある場合において、裁判所が、裁量棄却によって仲裁判断の効力を維持することが可能である。

(6) 仲裁判断の執行決定に関する手続

 仲裁判断の承認・執行に関する手続は、強制執行を行う国毎に、その法律に従って進めることになる。日本の場合は、前回(第61回)の2(1)項において述べたとおり、裁判所に対して執行決定を申し立て、この決定を受けた上で、改めて裁判所に対して民事執行を申し立てる必要がある。

 日本における仲裁判断の執行決定申立の手続であるが、管轄裁判所[2]に対して、申立書と次の書面等を提出する必要がある(仲裁法46条2項)。

  1.  •  仲裁判断書の写し
  2.  •  上記の写しの内容が仲裁判断書原本と同一である旨の証明文書
  3.  •  仲裁判断書が日本語で作成されていない場合にはその訳文

 ニューヨーク条約では、承認・執行の申立に際して、仲裁合意(原本又は正当に証明された謄本)の提出も求められている(4条1項(b))。日本の仲裁法では、仲裁合意の提出は求められていないが、その理由は、仲裁合意の存在と効力は既に仲裁廷が判断しており、裁判所において申立段階で審査をする必要はないと考えられる点にある[3]。なお、このように締約国がその国内法で別の規律を設けることは、ニューヨーク条約は許容していると解されている[4]

 仲裁判断の執行決定に関する手続においても、仲裁判断の取消に関する手続と同様、口頭弁論又は当事者双方が立ち会うことができる審尋の期日を開かなければならない(仲裁法46条10項、44条5項)。基本的な審理の流れは、被申立人が承認・執行拒絶事由の主張と証明を行い、これを申立人が争うというものである。この承認・執行拒絶事由は、仲裁判断の取消事由と概ね共通であるため、基本的な審理の流れは、仲裁判断の取消に関する手続と類似する。

 また、仲裁判断の執行決定に関する手続は、公開法廷で行われる通常の民事訴訟と異なり、非公開で行われる。裁判所の記録も、通常の民事訴訟の記録が誰でも閲覧できることとは異なり、利害関係を有する者のみが閲覧を許される(仲裁法9条)。

 仲裁判断の執行決定に関する決定に対しては、高等裁判所への上訴(即時抗告)が可能である(仲裁法46条10項、44条8項)。これを受けた高等裁判所の決定に対しては、さらに最高裁判所への上訴(許可抗告及び特別抗告)が可能である(民事訴訟法337条1項、336条1項)。

 以上の2点も、仲裁判断の取消に関する手続と同様の定めである。

(7) 仲裁判断の取消に関する手続との関係

 前項で述べたとおり、仲裁判断の執行決定に関する手続には、仲裁判断の取消に関する手続と重なる面がある。これら二つの手続は併存可能であり[5]、併存する場合には、二つの手続に重なる面があるため、審理の効率と、二つの手続間で判断に齟齬が生じることを回避するという観点から、手続を併合することが通常は合理的と思われる。

 二つの手続が別の裁判所に係属する場合には、仲裁判断の執行決定に関する手続の方を、裁判所の裁量により、他の管轄裁判所に移送することができる(仲裁法46条5項)。この移送によって、仲裁判断の取消に関する手続と同じ裁判所に係属させ、手続を併合するなどにより、判断の統一を期することができる[6]

 判断の齟齬を回避する方策としては、仲裁判断の執行決定に関する手続を中止するという方法もある。すなわち、仲裁判断の執行決定に関する手続が係属中に、仲裁判断の取消又は効力停止の手続が仲裁地の裁判所において申し立てられている場合には、仲裁判断の執行決定に関する手続を、裁判所が中止することができる(仲裁法46条3項)。この仲裁判断の取消又は効力停止の手続は、仲裁地において行われているものであればよく、日本国外の手続も含まれる。この中止をすることによって、仲裁地における仲裁判断の取消又は効力停止の手続の帰趨を見極めてから、仲裁判断の執行決定に関する判断を行うことができる。

 但し、この中止は、仲裁判断に基づく強制執行手続を遅らせることになるため、その結果、仲裁の敗訴当事者の財産が散逸して強制執行が功を奏さなくなるなど、仲裁の勝訴当事者に損失が生じる可能性もある。そこで、かかる損失を担保するために、裁判所は、この執行決定に関する手続の中止に際して、仲裁の敗訴当事者に担保の提供を命じることができる(仲裁法46条3項)。

以 上



[1] 同項の定めも、ニューヨーク条約と同様で、承認・拒絶事由がある場合に、申立を「却下することができる」とするものであり、「却下しなければならない」とは定めていない。なお、却下しない場合には、裁判所は、執行決定をしなければならない(仲裁法46条7項)。

[2] 管轄裁判所については、前回(第61回)の2(3)項において述べたとおりである。

[3] 近藤昌昭ほか『仲裁法コメンタール』(商事法務、2003)270頁

[4] 近藤ほか・前掲注[3] 271頁

[5] 仲裁判断取消の申立期間満了前に、執行決定を申し立てることは可能と解されている(近藤ほか・前掲注[3] 271頁)。

[6] 近藤ほか・前掲注[3] 272頁以下参照

 

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