事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(2)
―三菱商事の取組みを参考に―
西村あさひ法律事務所
弁護士 森 田 多恵子
弁護士 安 井 桂 大
旬刊商事法務2271号(8月25日号)に掲載された「サステナビリティ委員会の実務」では、第2回目として三菱商事の取組みを紹介した。本稿では、三菱商事の取組みを参考に、サステナビリティ課題に取り組む際の基本的な考え方、さらには事業戦略・個別案件への組込みやグループ全体のサステナビリティ情報の把握に関する実務上の工夫について解説する。
なお、サステナビリティ委員会を設置する意義や体制全体を構築していく際の実務上のポイントについては、「事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(1)―花王の取組みを参考に」(2021年8月12日掲載)を参照されたい。
1 サステナビリティ課題に取り組む際の基本的な考え方
三菱商事においては、経済価値のみならず環境価値や社会価値を同時に実現する環境・社会に役立つ事業価値の追求が、グループの持続的な成長の観点から不可欠であるという「三価値同時実現」の考え方の下、サステナビリティ課題が自社の企業価値に与える影響に焦点を当てる、いわゆる「シングルマテリアリティ」の考え方を軸に取組みが進められている。
サステナビリティ課題の重要性(マテリアリティ)のとらえ方については、自社の業績や将来の成長といった企業価値への影響の観点からとらえる「シングルマテリアリティ」と呼ばれる考え方と、そうした観点に加えて、自社の企業活動が環境や社会に対して及ぼす影響の観点からも別途重要性をとらえる「ダブルマテリアリティ」と呼ばれる考え方の大きく2つのとらえ方がある。この点、本年6月に公表されたコーポレートガバナンス・コードの改訂版では、サステナビリティをめぐる課題については、中長期的な企業価値の向上の観点から取組みを進める必要があることが強調されており(補充原則2-3①、補充原則4-2②参照)、前者の「シングルマテリアリティ」の考え方が軸にされている。
サステナビリティ課題に対しては、事業活動を通じて利益を上げながら環境・社会課題にも配慮する、といった従前の「CSR」の発想ではなく、自社の中長期的な企業価値の向上を実現していくための事業戦略として取り組んでいくことが求められており、三菱商事の上記のような取組姿勢は、そうしたコードの趣旨に沿ったものであるといえよう。
2 事業戦略・個別案件への組込みに関する取組み
三菱商事の取組みにおいて特徴的なのは、サステナビリティの視点を具体的な事業戦略の策定プロセスや個別案件の投融資審議プロセス等に組み込んでいくことを、強く意識した体制が構築されている点にある。
具体的には、各営業グループのトップ(グループCEO)が「サステナビリティ・CSR委員会」のメンバーに含まれ、また、各グループのサステナビリティ責任者には、そのグループの事業戦略立案の責任者が就任している。そして、「サステナビリティ・CSR委員会」の開催時期についても、毎年3月頃に開催され当年度の会社全体の事業戦略を策定する「事業戦略会議」に先立ち、その前年の12月頃の開催とすることで、各営業部門ごとの具体的な事業戦略が、「サステナビリティ・CSR委員会」における議論内容を踏まえたかたちで策定されるプロセスが構築されている。三菱商事においては、さまざまなバックグラウンドを有する社外有識者で構成されている「サステナビリティアドバイザリーコミッティー」も設置されているが、そうした場で得られた有益な助言や指摘等も踏まえ、「サステナビリティ・CSR委員会」において具体的に議論された内容を、事業戦略を策定していくプロセスの初期の段階から組み込んでいくことで、サステナビリティの視点が事業戦略の根幹をなす重要な要素として取り込まれている。こうした効果的なプロセスの構築は、これから同様の取組みを進めていく企業にとっても参考になるものであろう。
また、三菱商事においては、個別案件についても、投融資案件を精査する投融資委員会に提出する稟議書のフォームに、自社のサステナビリティ重要課題(マテリアリティ)推進上の当該案件の位置づけや、環境・社会面のリスクについて記載する項目を設けることで、稟議書を作成する各営業部門において、そうした環境・社会面のリスクの有無や程度等について事前に検討することを促し、環境・社会に与える影響等を意識した案件立案や、関連リスクの的確な把握を可能とする工夫が行われている。加えて、投融資委員会自体にもサステナビリティ・CSR部長が参加し、それぞれの個別案件が環境や社会に与える影響について指摘等を行うことで、サステナビリティの視点を踏まえた意思決定が行われる体制が構築されている。サステナビリティ戦略を実効的に推進していくためには、戦略をいかにして個別の対応や案件レベルまで落とし込んでいくかが重要なポイントになる。個別案件に係る稟議書等のフォームにサステナビリティの視点を反映する対応は、そうした落とし込みを実現するための効果的な手段の一つであると考えられ、多くの企業にとって参考になるものであると思われる。
このようなサステナビリティの視点を事業戦略・個別案件に組み込んでいくための工夫は、規模の大きくない企業にとっても十分参考にすることができるものであると考えられる。具体的な事業戦略の立案プロセスや個別案件の審議プロセス等は会社ごとに異なっているものと思われるが、そうしたプロセスの要所にサステナビリティの視点を組み込むことで、サステナビリティ委員会等を中心としたサステナビリティ戦略に関する議論を、具体的な事業戦略や個別案件の審議等に結びつけていくことが可能になるものと考えられる。
3 グループ全体のサステナビリティ情報の把握
サステナビリティ戦略は、国内外の子会社等を含めたグループ全体で推進していくことが重要と考えられるが、その際には、そうした検討やモニタリングの際に不可欠なグループ全体のサステナビリティ情報を、いかに効率的に把握するかが課題となる。
この点、三菱商事においては、世界中に数多くのグループ会社が存在しているが、独自の社内システムを構築し、各事業投資先等においてオンラインベースで当該システムにデータを入力してもらうことで、タイムリーにサステナビリティ関連のデータを集計・管理することを可能としており、こうした取組みは、これから同様の取組みを進めていく企業にとっても、参考になるものと思われる。
もっとも、独自の社内システムを構築するには相応のコストがかかることも見込まれるところ、たとえばグループ会社の数がそれほど多くない場合等には、サステナビリティ情報に関する一定の申告フォームを作成し、当該フォームを定期的に提出するよう各グループ会社に対して求めることで、サステナビリティ情報を定期的に管理する対応等も考えられる。
旬刊商事法務の連載「サステナビリティ委員会の実務」では、次回以降も、サステナビリティ委員会を設置し、効果的にサステナビリティ戦略を実践している企業の取組みを紹介していく。本ポータルでも、同連載と連動した企画として、そうした企業の取組みを参考に、順次解説記事を連載していくことを予定している。
以 上
(もりた・たえこ)
西村あさひ法律事務所弁護士(2004年弁護士登録)。会社法・金商法を中心とする一般企業法務、コーポレートガバナンス、DX関連、M&A等を取り扱う。消費者契約法、景品表示法等の消費者法制分野も手がけている。主な著書(共著含む)として、『持続可能な地域活性化と里山里海の保全活用の法律実務』(勁草書房、2021年)、『企業法制の将来展望 – 資本市場制度の改革への提言 – 2021年度版』(財経詳報社、2020年)、『デジタルトランスフォーメーション法制実務ハンドブック』(商事法務、2020年)、『債権法実務相談』(商事法務、2020年)など。
(やすい・けいた)
西村あさひ法律事務所弁護士(2010年弁護士登録)。2016-2018年に金融庁でコーポレートガバナンス・コードの改訂等を担当。2019-2020年にはフィデリティ投信へ出向し、エンゲージメント・議決権行使およびサステナブル投資の実務に従事。コーポレートガバナンスやサステナビリティ対応を中心に、M&A、株主アクティビズム対応等を手がける。主な著作(共著含む)として、『コーポレートガバナンス・コードの実践〔第3版〕』(日経BP、2021年)、「改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたサステナビリティ対応に関する基本方針の策定とTCFDを含むサステナビリティ情報開示」(資料版商事法務448号、2021年)など。