弁護士の就職と転職Q&A
Q28「社外取締役候補者に選ばれる弁護士像とは?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
現在の司法修習生の中には、キャリアの到達点に「上場企業の取締役になりたい」という声が聞かれるようになってきました。その背景には、①弁護士ドットコム株式会社の上場に代表される「弁護士起業家」の成功と、②コーポレートガバナンス・コードに後押しされた「社外取締役弁護士」の広がりがありますが、両者を混同している修習生も見られます。そこで、今回は、起業家とは異なり、社外取締役候補に選ばれやすい条件を、人材紹介業者の視点から整理してみたいと思います。
1 問題の所在
弁護士が「企業の経営」に興味を抱くきっかけは、かつては、作家の高杉良氏が大沢商会の会社更生事件を基に描いたと言われる小説『会社蘇生』(講談社、1987)が有名でした。若手弁護士から「弁護士の仕事で、なにがいちばんやり甲斐があるんでしょうか」と問われて、三宅省三弁護士がモデルと言われる宮野英一郎は、間髪を入れずに「そりゃあ、更生会社の保全管理人をやることですよ」と即答し「難事件を解決したり、法廷で検事をやり込めたりしたときなども、弁護士冥利に尽きると思うことはあるでしょうが、仕事のし甲斐があるということでしたら、保全管理人がいちばんじゃないですか」と語り、これに対して同期弁護士から「失敗したら惨めでしょうね」との指摘を受けても、「しかし、いきなりパラシュートで舞い降りて、更生会社の全権限を掌握し、更生開始決定に導くという大きな仕事をできるんですから、身がひきしまるというか、あの緊張感なんともいえませんね。」と続ける冒頭シーンに憧れて倒産弁護士を目指した修習生は珍しくありませんでした。
最近では、事業再生の局面よりも、ベンチャー起業家としての弁護士が注目を浴びています。弁護士ドットコムは、弁護士業務に関する情報提供のインフラを作り上げましたが、中国模倣品対策のコンサルティングファームであるIP FORWARDも、創業者弁護士の経産省出向時代の業務を発展させたサービスを提供しており、いずれも、起業家が弁護士業務で気付いた社会的問題を解決するためのサービスを生み出しています。
このように、弁護士自身が企業のCEOになる場合には、自ら将来ビジョンを創り上げて、それを社員と共有して率いていくリーダーシップが求められますが、社外取締役は、非執行の非常勤に過ぎません。また、会社経営に伴うリーガルリスクは、法務部が所管していますし、専門的知見は外部の顧問弁護士からリーガルアドバイスを求めることになります。とすれば、社外取締役に声をかけられるのは、どのような弁護士なのか。定説があるわけではないために、紹介業者にも意見が求められます。
2 対応指針
社外取締役は、①株主総会で選任されるために、株主目線で適切な経歴を備えている必要がありますが、②執行部からの信頼を得られなければ、株主総会の議案に載せる候補者に選んでもらうことができません。
「お飾り」は、役割を果たさない社外取締役を揶揄する言葉ではありますが、紹介業者的発想からは、「無害」であればまだマシであり、自説に固執して、業務効率を下げる言動を取られるリスクを避けることが最も必要なスクリーニングと認識されています。そのため、弁護士業務での華々しい実績の有無とは別に、人脈や過去の取締役経験における評判に基づいた人柄面でのネガティブ・チェックが重要な役割を果たします。
3 解説
(1) 株主目線
上場会社の株主総会においては、個々の取締役候補者の資質について時間をかけて議論するわけではなく、その経歴や身分関係等から、利益相反のおそれがないことを形式的に審査するだけで済むことが通例です。
社外取締役には、本来であれば、経営者経験が豊富な人材がベストであるとも言われますが、敢えて、「弁護士」の属性から選ぶことにより、コンプライアンスを重視する姿勢を示すことに役立つという見方があります。裁判官や検察官出身者は、略歴に示される宮仕え時代のポストで評価されがちです。また、取締役会メンバーの多様性確保の観点からは、女性取締役を確保したいところですが、社内執行部や経営者経験層に、女性候補者を見出しにくいときに、「女性弁護士」は(その経験がどのような業務分野を中心としていたかに関わらずに)人気が高い傾向があります(また年齢的に、男性候補者に50歳代以上を求める場合でも、女性の場合には40歳代まで引き下げて探すこともあります)。
法分野的には、コンプライアンスや会社法を専門とし、当該会社の属する業界に精通しているのが、社外取締役の業務遂行に役立つようにも思われますが、現実には、専門分野を問うよりも、海外案件もレビューできるだけの国際感覚や語学力を備えておくことのほうが重視される傾向が見られます。
(2) 執行部目線
執行部としては、実際に業務遂行に必要なリーガルアドバイスは、法務部又は顧問弁護士から入手することができるため、社外取締役に個別案件についての専門的知見を求めるわけではありません。むしろ、個別案件については、執行部が定めた方向性と異なる「自説」に固執されてしまうと厄介ですので、「自説にこだわる専門家よりも、理解力がある素人のほうがありがたい」という側面があります。
よく、社外取締役候補者を口説く際に、「大所高所からの指導を賜りたい」というフレーズが用いられることがありますが、裏を返せば、「個別案件についての具体的な意見を強く述べられても困る」という思いも滲み出ています(外部弁護士の意見であれば、執行部に都合が悪いものを無視することも不可能ではありませんが、社外取締役の意見は聞かざるを得ません)。
一般論とすれば、経営は「限られた情報の中でも、時機を逸することなく、プロジェクトを前に進めなければならないが、致命的なミスだけは避ける」ことが重要であるため、「法律家=完璧主義=一点でも疑義があれば、そこのことが気になって前に進めない」というタイプには向かないとみなされがちです。
もっとも、大手金融機関や総合商社のように、コンプライアンス体制が整った先では、第三者目線で厳しいと定評のある弁護士も社外取締役に迎えていますが、その人選は、社外取締役から提起されるであろう疑問点は、既に、社内決済のプロセスにおいて議論し尽くされているという自信の現われでもあります。
(3) 安全性と効率性のバランスを取るための人脈
企業経営の「安全性」の確保の面からは、何か起きた時に、社長を頂点とする執行ラインに対して「モノを言う」ことは必須であるため、「空気を読む」「事なかれ主義」の弁護士では、社外取締役の資質に欠けます。他方、企業経営の「効率性」の観点からは、大きな方向性は誤っていないにも関わらず、小さな手続的な問題(事務方と個別に議論をすれば済むようなもの)に過大な時間を割いて議論されるのは避けたいところです。
そのため、現実には、「人脈」により、「平時に、むやみやたらに『伝家の宝刀』を抜かない」という担保機能が期待されています。それは何も「社長の言いなりになるお友達を集めている」というわけではなく、候補者との間に、友好的・建設的なコミュニケーションを取れるパイプが確保されていることが、執行部側の「業務の効率性」に対する安心感を与える材料になっています。
そのパイプ役は、執行部だけでなく、既に信頼を得ている社外取締役の人脈が活用されることもあります。これには、執行部側が抱く「見ず知らずの候補者」に対する不安を軽減させるだけでなく、候補者に対しても「未知の企業の取締役に就任するリスク」を分析しやすくさせてくれる効果もあります。
以上