弁護士の就職と転職Q&A
Q43「『あの事務所は◯◯先生が引退したら終わり』は的を得た批判か?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
就活で、優れた弁護士が創設した事務所から誘われている修習生(予定者)が、より規模が大きな事務所の採用担当から「あの事務所は、代表弁護士だけでもっているから、代表弁護士がやめたら路頭に迷ってしまうよ」という忠告を受けることがあります。これには、「偉大な弁護士の顧客を承継できるのか」という問題と、「事務所が分裂又は崩壊したら、所属するアソシエイトのキャリアも途絶えてしまうのか」という問題が含まれています。
1 問題の所在
大手法律事務所の「凄さ」は、創始者たちの優れた能力に加えて、創始者たちの引退後に第二世代以下がさらに事務所を発展させてきたところにあります。
2000年に生まれた、日本で初めて弁護士数100名を超えたローファームである長島・大野・常松法律事務所の初代マネジング・パートナーに就任された原壽弁護士は、合併前の長島・大野法律事務所(N&O)について以下のように語っています。
「N&Oの創設時から1985年頃までは、弁護士業務の上でも事務所経営の上でも長島弁護士がいわばスーパースター的存在であり、何人かの外部弁護士からN&Oは長島弁護士がいなければ存続できないであろうと言われており、現実にその当時のN&Oはあらゆる意味で長島弁護士に依存している状況であった。筆者を含めた若手パートナーの間ではそういう状況に強い危機感を感じ、組織の永続性をいかにして確保するかということが最大の課題であった。」(『日本のローファームの誕生と発展』(商事法務、2011年)97頁以下)
この課題は、今後、第一世代の引退を迎えてくる中規模事務所にも等しく当てはまります。
また、「事務所の発展」と「そこに所属する弁護士のキャリア」の成否は、別問題です。一般には、「新人で入所した事務所でパートナーに昇進して経済的な成功も収める」のが美しいキャリアのように思われています。ただ、ひとつの事務所しか経験しないことが視野の狭さにつながると指摘する人もいます(前述の原弁護士についても「入所当時の実働弁護士数は約10名であった」(同書96頁)で述べており、アソシエイトとしての修行を積んだのは大規模事務所ではありませんでした)。そして、実際にも、組織としては発展しなくとも、卒業生に優れた弁護士を数多く輩出している事務所も存在しています。とすれば、「入所する事務所の組織の発展や継続性はさておき、弁護士として優れた経験を積めることが最優先」という考え方も成り立ちます。
2 対応指針
弁護士として優れた代表がいる事務所でも、彼又は彼女が、経営面において独善的で、周囲にイエスマンしか配置していなければ、それは個人事務所(ローオフィス)に留まり、法律事務所(ローファーム)に発展することはありません。代表のリタイアと共に、分裂又は崩壊のリスクは高くなります。他方、代表に、下の世代の意見にも耳を傾ける度量があり、かつ、現実に、第二世代以下が育っているならば(成長スピードはさておき)ローファームとしての継続も期待できます。
また、代表が独善的又は第二世代以下が育っていないとしても、その代表の技を盗み、または、その代表のクライアントのために仕事をすることを通じて良い経験が得られるとの期待を抱くならば、事務所の存続可能性に関わらず、入所する価値はあると考えます。
3 解説
(1) 事務所の継続性と分裂・独立リスク
伝統的には、弁護士とは「いずれは独立して一国一城の主になる」ことを目指したキャリア選択の典型例でした。オフィスを借りて事務員をひとり雇えば開業できる弁護士業務は「設備投資を要しない起業しやすい職種」だと思われていました(インターネットやスマートフォンが普及する前の話です)。そのため、ボス弁が、事務所を永続的な組織にしていきたいと思ったとしても、イソ弁の側で、事務所の共同経営者(≒経費負担者)になることを望まずに、分裂又は独立することを希望することのほうが通例でした(経費負担や経営の不自由さを甘受してでも事務所に留まろうと思わせるほどの「ブランド力」がある事務所は多くありませんでした)。
そのため、ボス弁の側からすれば、「営業力がなく、ひとりで食っていけないイソ弁だけが事務所に残る」「独り立ちできる弁護士は、実際に独立又は移籍して出て行ってしまう」というのが現実でした。しかし、時代が変わり、企業法務の仕事が複雑化・高度化し、スピードも求められるようになり、企業の側でも「ひとり事務所は代表に事故や病気があった場合に依頼が遂行されるかどうか不安がある」とか「大型案件を依頼するにはマンパワーが必要」という認識が広まって来ました。そして、現実にも「独立しても食っていけそうな若手弁護士が、後継者として事務所に残る」という事例も増えて来ました。
(2) 依頼者企業側の世代交代への対応
オーナー系企業を依頼者として想定すれば、オーナー経営者から信頼を得ている代表弁護士が、老齢になっても、弁護士業務でも事務所経営面でも第一線で活躍し続けることは理解しやすいです。ただ、上場企業を想定すれば、依頼者の側でも、経営陣が交代し、法務部長も下の世代に引き継がれていきます。先代との間で築かれた代表弁護士に対する信頼は、必ずしも、現役世代に承継されるわけではありません。事業内容自体も進化しているため、「先代の顧問弁護士では、ITやインターネット絡みのビジネスや海外案件を理解してもらいにくい」ということもあれば、「自分よりも大幅に年配の弁護士先生に連絡を取るのも敷居が高いので、できれば、同世代で気軽にコミュニケーションを取れる弁護士に相談したい」というニーズも生じます。
そのため、「代表弁護士がいつまでも依頼者からの相談窓口を独占しており、下の世代の弁護士に譲らない」という事務所であれば、代表弁護士のリタイア後に業務を継続していくことは難しくなることが予想されます。
(3) 「事務所の発展」と「個人のキャリア」
「事務所の発展」と「個人のキャリア」の成否を場合分けすれば、わかりやすいベストシナリオは、「事務所が発展し、かつ、その中で自分もパートナーに昇進し経済的にも成功する」というものです。それに続いて、「事務所は分裂又は崩壊しても、個人としては(分裂先でもインハウスへの転身でもそれ以外でも)別の環境で成功する」というのが望まれるシナリオです。それ以外では、実は、「事務所が成長しているのに、自分がドロップアウトする」というのは、キャリアとしては最悪のシナリオかもしれません(「ドロップアウト=能力の低さ」を推認されてしまうリスクがあります)。むしろ、「代表弁護士のリタイアで事務所が分裂・崩壊した」という事情での転職活動のほうが、応募先から同情してもらえる期待すら抱けます。
「事務所の発展」のためには、毎年、最優秀な人材を獲得し、新規分野にも活動領域を広げて行き、その新陳代謝の結果として、非効率と位置付けられた人材の雇用をいつまでも維持し続けるわけにはいきません(不必要な人件費を依頼者に転嫁するわけにはいきません)。そのため、「家族的な経営」とは一線を画すドライさも求められます。また、毎年、優秀な人材を大量に採用するタイプの組織ほど、下との競争に晒されて、年次が経つほどに「自分が後輩に比べて非効率である」とみなされるリスクは高くなってきます(そのプレッシャーの中で仕事に励むことが自己の成長に役立つ、という理解も成り立ちますが、プレイヤーとしての成長は一定年次で頭打ちとなり、その後は営業力を期待されるようになりがちです)。
いずれにせよ、大規模な事務所、中規模な事務所、小規模な事務所の規模を問わずに、「仮に事務所を出ることになっても、外での仕事にも役立つ経験を積み、スキルを磨く」という意識を持っておくことは求められます。
以上