◇SH1561◇日本企業のための国際仲裁対策(第65回) 関戸 麦(2017/12/21)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第65回 仲裁条項の作成(2)

1. 仲裁条項に関するルール

(3) 要件

 日本法が仲裁条項の準拠法となることを前提に、以下、仲裁条項が有効に成立するための要件を検討する。

  1. a. 合意としての一般的要件
  2.    まず、仲裁条項も合意ないし契約である以上、当事者の意思が合致する必要がある(民法522条1項)。契約書の条項として仲裁条項が定められ、当該契約書に当事者双方が署名等を行えば、この要件は通常満たされる。
     また、合意ないし契約に一般的に適用される無効及び取消事由も、仲裁条項に適用されうる。例えば、錯誤(民法95条)、詐欺(民法96条1項)、未成年(民法5条2項)、成年被後見(民法9条)といったものが考えられる。もっとも、企業間の取引でこういった無効及び取消事由が生じることは、通常は想定し難い。
     
  3. b. 仲裁合意特有の要件―内容面
  4.    次に、仲裁条項ないし仲裁合意に特有の要件であるが、内容面に関する要件と、形式面に関する要件とがある。内容面の要件は、一般に、「仲裁可能性(arbitrability)」の問題として扱われる。いわゆるニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)5条2項(a)は、承認・執行拒絶事由として、「紛争の対象である事項がその国の法令により仲裁による解決が不可能なものであること」を定めている。
     日本の仲裁法では、内容面に関する要件として、「当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚又は離縁に関する紛争を除く。)」という要件を定めている(13条1項)。企業間の取引に関する契約であれば、基本的に満たす要件である。この要件を満たさないものとしては、刑事事件及び行政事件があり、また、民事事件の中でも、例えば、特許無効確認請求事件がこの要件を満たさないとされている[1]
     加えて、日本の仲裁法上、将来において生ずる個別労働関係紛争を対象とする仲裁条項ないし仲裁合意は、無効とされる(附則4条)。この「個別労働関係紛争」とは、「労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業者との間の紛争(労働者の募集及び採用に関する事項についての個々の求職者と事業者との間の紛争を含む)」を意味する(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律1条)。
     また、日本の仲裁法は、消費者と事業者間の仲裁条項ないし仲裁合意につき、消費者側に解除権を認めている(附則3条2項)。したがって、事業者の側からすると、消費者との契約において仲裁条項を定めたとしても、消費者を拘束することができず、意義が認め難い。
     
  5. c. 仲裁合意特有の要件―形式面
  6.    仲裁条項ないし仲裁合意に特有の要件のうち、形式面に関するものとしては、「書面性」の要件がある。この要件は、ニューヨーク条約においても定められており(2条1項)、各国において要求されている。日本の仲裁法も、「仲裁合意は、当事者の全部が署名した文書、当事者が交換した書簡又は電報(ファクシミリ装置その他の隔地者間の通信手段で文字による通信内容の記録が受信者に提供されるものを用いて送信されたものを含む。)その他の書面によってしなければならない」と定めている(13条2項)。
     もっとも、この「書面性」の要件は必ずしも厳格ではなく、上記の規定内容からも窺われるとおり、当事者双方の署名等がなくても満たされうる。例えば、注文書と注文請書との交換によって売買が行われ、当該注文書に仲裁条項が記載されている場合には、「書面性」の要件は満たされうるのであり、さらに、当該注文書に直接仲裁条項が記載されていなくても、別途存在する約款を引用し、その約款に仲裁条項が定められている場合にも、「書面性」の要件は満たされうる[2]。紙媒体によらずに、電磁的記録による場合にも、「書面性」の要件は満たされうる(仲裁法13条4項)。

(4) 効力

 有効な仲裁条項ないし仲裁合意の効力は、二つあると言われている。

 一つは、「仲裁実現効」と言われる積極的な効力である。仲裁条項ないし仲裁合意が有効に存在することによって、仲裁手続が可能になるという意味である。

 他の一つは、「訴訟排除効」と言われる消極的な効力である。この点、日本の仲裁法は、「仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えが提起されたときは、受訴裁判所は、被告の申立てにより、訴えを却下しなければならない」と定めている(14条1項)。なお、この被告の申立は、「妨訴抗弁」と呼ばれている。

 但し、仲裁条項ないし仲裁合意が有効に存在する場合であっても、この妨訴抗弁が認められないことがある。一つは、「仲裁合意に基づく仲裁手続を行うことができないとき」である(仲裁法14条1項2号)。例えば、仲裁条項で特定の人を仲裁人として指名していたところ、同人が死亡したという場合である[3]。このような場合は、仲裁手続による紛争解決が不可能であるため、訴えを却下せずに、裁判所における訴えによって紛争解決を行うことになる。

 また、「当該申立てが、本案について、被告が弁論をし、又は弁論準備手続において申述をした後にされたものであるとき」にも、妨訴抗弁は認められない。その趣旨は、訴訟によって紛争を解決しようとした相手方(原告)の利益及び期待を保護することと、本案の審理開始後に妨訴抗弁を認めることが訴訟経済に反すると考えられることにある[4]

 したがって、妨訴抗弁を主張する場合には、最初から主張する必要がある。通常の訴訟では、いわゆる形式的な答弁書として、請求棄却を求め、訴状に対する認否反論は追って行うと記載した、ごく短い答弁書を提出することがあるが、妨訴抗弁又はその他の理由により裁判管轄を争う場合には、「請求棄却」ではなく、「請求却下」を求めなければならない。このように、国際的な訴訟案件では、求めるものが「請求棄却」あるいは「請求却下」のいずれであるかを、最初の段階で明確に意識する必要がある。

(5) 分離可能性ないし独立性

 仲裁条項ないし仲裁合意は、契約の他の条項からは分離可能であると、一般に考えられている。このことは、「分離可能性」ないし「独立性」と呼ばれており、英語では「severability」ないし「separability」と称されている。

 この点につき、日本の仲裁法も、「仲裁合意を含む一の契約において、仲裁合意以外の契約条項が無効、取消しその他の事由により効力を有しないものとされる場合においても、仲裁合意は、当然には、その効力を妨げられない」と定めている(13条6項)。仲裁条項ないし仲裁合意の趣旨は紛争解決にあるのに対し、それ以外の条項の趣旨は他の点、例えば、取引等の経済活動に関する点にある。このような趣旨の違いに照らしても、「分離可能性」ないし「独立性」に合理性が認められる。

以 上



[1] 近藤昌昭ほか『仲裁法コンメンタール』(商事法務、2003)46頁。

[2] 近藤・前掲[1] 49頁。

[3] 近藤・前掲[1] 56頁以下。

[4] 近藤・前掲[1] 57頁。

 

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