◇SH0029◇最二小判 平成26年3月14日 遺留分減殺請求事件(鬼丸かおる裁判長)

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 本件は、亡Aの妻であるXが、Aがその遺産のすべてを長男であるYに相続させる旨の遺言をしたことにより遺留分が侵害されたと主張して、Yに対し、遺留分減殺を原因として、不動産の所有権の一部移転登記手続等を求めた事案であり、時効の期間の満了後に後見開始の審判を受けたXについて、その遺留分減殺請求権の時効が停止したといえるか、民法158条1項の類推適用が争点となったものである。

 本件の事実関係等

 本件の事実関係の概要は以下のとおりである。

 (1)  Aは、その遺産のすべてを長男であるYに相続させる旨の自筆証書遺言(以下「本件遺言」という。)をしていたところ、平成20年10月22日、死亡した。Aの法定相続人は、妻であるXのほか、Yを含む5人の子であった。Xは、Aの死亡時において、Aの相続が開始したこと及び本件遺言の内容が減殺することのできるものであることを知っていた。

 (2)  Aの相続の開始から1年経過前の平成21年8月5日、静岡家庭裁判所沼津支部に対し、Xについて後見開始の審判が申し立てられた。

 (3)  Aの相続の開始から1年経過後の平成22年4月24日、Xについて後見を開始し、成年後見人を選任する旨の審判が確定した。

 (4)  Xの成年後見人は、平成22年4月29日、Yに対し、Xの遺留分について遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。

 1審、原審とも、時効の期間の満了前に後見開始の審判を受けていない者に民法158条1項は類推適用されないとして時効の停止の主張を排斥し、1年の遺留分減殺請求権の時効の期間の満了により同請求権の時効消滅を認め、Xの請求を棄却すべきものとした。

 これに対して、Xが、上告受理申立てをしたところ、本判決は、「時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において、少なくとも、時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは、民法158条1項の類推適用により、法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その者に対して、時効は、完成しない。」と判示して、原審を破棄し、差し戻した。

4 本件の問題の所在

 (1)  民法158条1項は、「時効の期間の満了前6箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。」として、成年被後見人等につき、時効の完成を猶予(停止)することを定めている。その趣旨は、成年被後見人等は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは成年被後見人等に酷であるとして、これを保護するところにあると解される。

 ここで、「成年被後見人」とは、「後見開始の審判を受けた者」であるから(民法8条)、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者(同法7条)として後見開始の要件を充たしていても後見開始の審判を受けていない者については、仮に既に申立てがされていたとしても、文理上は同法158条1項が適用されるものではない。しかし、後見開始の審判を受けていなくとも、事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、権利行使は困難であり、時効の停止を認めるべき実質的な必要性は同様にあることから、民法158条1項の類推適用等により当該者が保護されるか、また、これが肯定されるとしても、どのような場合に類推適用されるのかが問題となる。

 (2)  この論点について直接判断した最高裁判所の判例はない。しかし、除斥期間に関するものであるが、最二小判平成10年6月12日(民集52巻4号1087頁、判時 1644号42頁)は、心神喪失の常況にあるものの禁治産宣告を受けていなかった者について、一定の事情の下で、「民法158条(注:現在の民法158条1項)の法意に照らし」、除斥期間の効果が生じないとしており、後見開始の審判を受けていなくとも何らかの形で時効の停止がされ得ることは、既に方向性が示されていたものであったといえる。

 (3)  また、学説上は、後見開始の要件を充たしている者の保護の観点から民法158条1項の類推適用に肯定的な見解が見られる一方で(大木康「除斥期間と時効停止規定」法律時報72巻11号(2000)19頁以下、大塚直「別冊ジュリスト160号(民法判例百選Ⅱ[第五版新法対応補正版])(有斐閣、2005)210頁、平野裕之『民法総則[第3版]』(日本評論社、2011)538頁、『[第2版追補版]我妻・有泉コンメンタール民法-総則・物権・債権-』(日本評論社、2010)310頁)、実務家を中心に、時効を援用しようとする者の予見可能性の観点から否定的な指摘も見られる状況であった(永谷典雄・民事研修497号(1998)50頁、内田博久・法律のひろば52巻9号(1999)56頁)。

5 本判決の内容

 (1)  本判決は、まず、民法158条1項の趣旨について、「成年被後見人等は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは成年被後見人等に酷であるとして、これを保護するところにある」ことを確認した。その上で、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあるものの、まだ後見開始の審判を受けていない者についても、法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、成年被後見人と同様に保護する必要性があるといえる。」として、後見開始の要件を充たしていても後見開始の審判を受けていない者についても、民法158条1項の予定した事態と同様の事態が生じ得ることから、その類推適用を認める必要性があることを指摘した。

 (2)  本判決は、他方で、民法158条1項において、時効の停止が認められる者として成年被後見人等のみが掲げられていることについては、「成年被後見人等については、その該当性並びに法定代理人の選任の有無及び時期が形式的、画一的に確定し得る事実であることから、これに時効の期間の満了前6箇月以内の間に法定代理人がないときという限度で時効の停止を認めても、必ずしも時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえないとして、上記成年被後見人等の保護を図っているものといえる」として、同条項が、時効を援用しようとする者の予見可能性にも配慮しつつ成年被後見人等の保護を図ることとなっている旨を説示した。その上で、後見開始の「申立てがされた時期、状況等によって、民法158条1項の類推適用を認めたとしても、時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえない」として、少なくとも、本件のように、時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときについては、民法158条1項が類推適用されることを示したものである。

 これは、時効の期間の満了前に後見開始の申立てがされ、かつ、その申立てに基づき後見開始の審判がされた場合には、後見開始の審判事件が係属していることや、成年後見人が選任されたことについては、その事実の有無及び時期が形式的、画一的に確定し得る事実であり、時効を援用しようとする者にとっても時効が停止すること及び停止する期間について予見することが一定程度可能であるといえることから、時効を援用しようとする者の予見可能性にも配慮が欠けることがなく民法158条1項と同じ法律効果をもって律することが適当であるとの考えによるものと思われる。

 (3)  なお、Xが、時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあったか否かについては、原審において審理されていないことから、この点を審理するために本件を差し戻した。

6 補足的検討

 (1)  「法意に照らし」と類推適用について

 本判決は、平成10年判決のように、民法158条1項の「法意に照らし」とする構成によるのではなく、同条を類推適用する構成を採用した。

 これは、平成10年判決で問題となったのが損害賠償請求権の除斥期間であることから(除斥期間については、一般に停止や中断がなく、権利が当然に消滅するとされている。)、特段の事情の下に限定的な例外を認め、その根拠を民法158条の法意に求めたのに対し、本件は、そもそも停止や中断が明文上予定されている消滅時効が問題となった事案であるから、端的に民法158条1項を類推適用する構成を採ったものであると考えられる。

 (2)  「少なくとも」の文言について

 本判決は、「時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたとき」には民法158条1項が当然に類推適用されることを明示的に示したものであるが、この場合を「少なくとも」と説示する文理からも明らかなように、これ以外の場合に民法158条1項が類推適用され得ることを排除したものではない。

 本件と同様に、後見開始の申立てがされた時期、状況等によって、時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえない事情が認められる場合には、民法158条1項が類推適用される余地も残されているといえ、これに該当する場合として、例えば、時効を援用しようとする者が妨害したことにより後見開始の申立てが時効の期間の満了後まで遅れてしまった場合などが考えられるのではなかろうか。もっとも、具体的にどのような場合が該当するかについては今後に残された問題であるといえる。

 本判決は、民法158条1項が類推適用される場合について、最高裁判所として初めて明示的な判断を示したものであり、後見実務に影響を与えるものであると共に、時効や制限行為能力に関する理論上及び実務上重要な意義を有すると思われるので紹介する。

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