◇SH1609◇債権法改正後の民法の未来1 連載開始にあたって 辰野久夫(2018/01/30)

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債権法改正後の民法の未来 1
民法(債権法)改正で取り上げられなかった重要論点について

--連載開始にあたって--

辰野・尾崎・藤井法律事務所

                  弁護士 辰 野 久 夫

 

Ⅰ 民法(債権法)改正の成立

 ご承知のように、現行民法の財産編のうち契約に関する規定を見直した「民法の一部を改正する法律案」が2017年(平成29年)5月26日に国会を通過し、同年6月2日に公布された。施行日は、東京オリンピック・パラリンピックの開催される2020年4月1日である。

 現行民法財産編は、1896年(明治29年)に制定され、1898年(明治31年)に施行された。明治維新後、近代化を進める日本が日清戦争に勝利し、日露戦争に向かう頃である。その後、2004年(平成16年)に口語化や保証制度の見直し等の改正はあったが、本格的な改正はなかった。したがって、今回の抜本的な改正は、実に制定以来約120年ぶりである。

Ⅱ 民法(債権法)改正の経緯

 今回の改正に至る経緯を振り返ってみると、2006年(平成18年)1月に法務省が民法(債権法)の抜本的見直しに着手する旨を公表したことが契機となり、同年10月、研究者と法務省担当者が中心となって「民法(債権法)改正検討委員会」が設立され、債権法改正試案の作成作業が始まった。

 そして、2009年(平成21年)4月、その成果が「債権法改正の基本方針」(別冊NBLno.126、以下「基本方針」という。)として公表されるに至った。

 同年10月、当時の千葉景子法務大臣からその諮問機関である法制審議会に対し、民法のうち債権関係の規定について、次のとおり諮問がなされた。

(諮問第88号)

「民事基本法典である民法のうち債権関係の規定について、同法制定以来の社会・経済の変化への対応を図り、国民一般に分かりやすいものとする等の観点から、国民の日常生活や経済活動にかかわりの深い契約に関する規定を中心に見直しを行う必要があると思われるので、その要綱を示されたい。」

 この諮問により、民法債権編のうち法定債権を除く契約に関する規定と民法総則の中で契約に関連する規定が改正審議の対象となった。

 そして、同年11月、法制審議会民法(債権関係)部会の第1回会議が開催され、本格的な改正作業が開始された。

 法制審議会での審議に当たっての視点としては、現代化の要請(社会・経済の変化への対応)の下での民法典の再構築、確定した判例法裡の明文化、契約の国際化に伴う内外の契約法との調和(市場のグローバル化への対応)、国民にわかりやすい民法へといった点が論じられた。

 法制審議会民法(債権関係)部会は、おおむね月2回のペースで会議が重ねられ、2011年(平成23年)11月からは、部会と並行して3つの分科会も開催され、その回数は合計18回に及んだ。この間、2011年(平成23年)5月には「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」が公表され、また、2013年(平成25年)3月には「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」が公表され、それぞれパブリックコメントの手続に付された。

 2015年(平成27年)2月、法制審議会民法(債権関係)部会の第99回会議において、5年4ヵ月にわたる審議を経て、「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」が決定され、その後、法制審議会総会の決議を経て、法務大臣へ答申された(この間の法制審議会民法(債権関係)部会において配付された資料と議事録は、法務省のHPに掲載されている。)。

 そして、民法(債権関係)に関する「民法の一部を改正する法律案」は、2015年(平成27年)3月31日に国会に提出されたが、実質的な審議がなされないまま継続審議となっていたところ、2016年(平成28年)11月より衆議院法務委員会において審議が始まり、2017年(平成29年)4月に衆議院を通過し、さらに同年5月26日、参議院を通過して成立し、同年6月2日公布となったものである。

Ⅲ これまでの大阪弁護士会の活動

 大阪弁護士会では、上記の「基本方針」が公表される前年である2008年(平成20年)9月、司法委員会内に「民法改正対応プロジェクトチーム」を設置し、翌2009年(平成21年)7月に「民法改正問題特別委員会」に改組して、上記のような民法(債権法)改正の動きに対応してきた。

 大阪弁護士会は、民法改正の議論の分析・検討、会員への情報提供及び大阪弁護士会の意見のとりまとめを主たる目的として活動を続け、2009年(平成21年)11月には「実務家からみた民法改正-「債権法改正の基本方針」に対する意見書」(商事法務別冊NBL131号)を、2011年(平成23年)には「民法(債権法)改正の論点と実務(上)(下)-法制審の検討事項に対する意見書―」(商事法務。上巻は3月、下巻は7月)を、そして、2017年(平成29年)7月には「実務解説 民法改正―新たな債権法下での指針と対応」(民事法研究会)等を出版した。

 また、大阪弁護士会有志として法制審議会に提出した意見書は14通にのぼり、大阪弁護士会の意見が改正法に反映された項目も少なくない。

Ⅳ 民法(債権法)改正法の概要

 改正民法は、我々が取り扱う多くの論点に関して規定を整備ないし新設している。例えば、動機の錯誤の明文化、消滅時効制度の見直し、法定利率の緩やかな変動制への移行、損害賠償の範囲、債務不履行に基づく損害賠償の帰責事由の考え方の変更、契約の解除および危険負担に関する考え方の変更、詐害行為取消権に関する規定の整備、事業のために負担した貸金等債務に対する個人保証の制限、債権譲渡における譲渡制限特約に関する規律の変更、債権譲渡と相殺、差押えと相殺に関する見直し、消費者保護に密接に関係する定型約款に関する規定の新設、売買や請負における瑕疵担保責任の見直し、連帯債務に関する規定の見直し、弁済に関する見直し、消費貸借の成立要件の見直し、賃貸借の規律の整備等である。

 これらのほかにも多くの重要な改正がなされている。

Ⅴ 民法改正で取り上げられなかった重要な論点について

 前述した法制審議会民法(債権関係)部会での審議にあたっては、慣例により、全会一致方式が採用された。同部会は、研究者、法務省、内閣法制局、裁判所、弁護士会、日本経済団体連合会、日本商工会議所、全国銀行協会連合会、労働団体、消費者団体等から推薦を受けた委員・幹事合計37名によって構成され、さまざまな立場・観点から議論が交わされた。第1読会の時点では多くの重要な論点が改正項目として提案されたが、審議が進む中で全会一致の見込みがない論点はどんどん改正審議の対象から消えていった。

 法制審議会での審議内容は、契約法に関する最先端の議論であり、各界の叡智の賜物といえ、その成果は今後の実務において活用されるべきものといえる。法制審議会での審議の内容は、法務省のホームページにアップされており、同部会での配付資料や議事録に目を通すことが可能である。

 改正法として実を結んだ論点は、今後出版される多くの文献や論文等で解説されるものと思われるが、残念なことは、改正法で取り上げられなかった重要論点に関する議論の内容が広く解説される機会が少ないことである。

 そこで、大阪弁護士会民法改正問題特別委員会としては、これらの取り上げられなかった重要な論点の解説を試み、読者の皆さまに提供すべく、商事法務のご協力を得て、本連載を開始することとなった。

 今後の実務において、これらの取り上げられなかった重要論点に遭遇されたときには、是非本連載を参考にしていただければ望外の喜びである。

 

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