◇SH1281◇最三小判 平成29年2月28日 不正競争防止法による差止等請求本訴、商標権侵害行為差止等請求反訴事件(大橋正春裁判長)

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1 事案の概要

 本件本訴は、米国法人であるエマックス・インク(以下「エマックス社」という。)との間で同社の製造する電気瞬間湯沸器(以下「本件湯沸器」という。)につき日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し、「エマックス」、「EemaX」又は「Eemax」の文字を横書きして成る各商標(以下「X使用商標」と総称する。)を使用して本件湯沸器を販売しているXが、本件湯沸器を独自に輸入して日本国内で販売しているYに対し、X使用商標と同一の商標を使用するYの行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当するなどと主張して、その商標の使用の差止め及び損害賠償等を求めた事案である。

 本件反訴は、Yが、Xに対し、商標権に基づき、登録商標に類似する商標の使用の差止め等を求めた事案である。これに対し、Xは、Yの登録商標は商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し、Xに対する商標権の行使は許されないなどと主張して争った。

 

2 本件の事実関係

 (1) Xは、平成6年11月1日、エマックス社との間で日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し、以後、X使用商標を使用して本件湯沸器の販売を行っている。

 (2) XとYは、平成15年12月、販売代理店契約を締結したが、その後、両者の間に紛争が生じ、平成18年6月、YのXに対する損害賠償請求訴訟が、平成21年7月、XのYに対する不正競争防止法に基づく差止等請求訴訟がそれぞれ提起された(XとYとの上記販売代理店契約については、上記損害賠償請求訴訟で成立した和解において、和解時における同契約の不存在が確認された。)。

 (3) Yは、平成17年1月25日、「エマックス」の文字を標準文字で横書きして成る商標につき商標登録出願をし、同出願につき、同年9月16日、商標権設定登録がされた(以下、この商標を「平成17年登録商標」という。)。

 Yは、平成22年3月23日、本判決別紙記載の商標(「エマックス」の文字と「EemaX」の文字を2段に並べたもの)につき商標登録出願をし、同出願につき、同年11月5日、商標権設定登録がされた(以下、この商標と平成17年登録商標を併せて「本件各登録商標」といい、本件各登録商標に係る各商標権を「本件各商標権」という。)。

 (4) Xは、平成24年12月、本件本訴を提起し、平成25年12月、Yから本件反訴を提起されたところ、平成26年2月6日、本件訴訟の第1審の弁論準備手続期日において、本件各登録商標はX使用商標との関係で商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し、Xに対する本件各商標権の行使は許されない旨の反訴答弁書を陳述した。また、Xは、同年6月26日、特許庁に対し、本件各登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として、商標登録の無効審判を請求した。

 

3 原判決

 原審は、①X使用商標は不正競争防止法2条1項1号にいう「他人の商品等表示(中略)として需要者の間に広く認識されているもの」に当たり、YがX使用商標と同一の商標を使用する行為は同号所定の不正競争に該当するとして、本訴請求の一部を認容すべきものとし、また、②X使用商標は商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」(以下、上記①及び②のように需要者の間に広く認識されていることを「周知性」といい、周知性を有する商標を「周知商標」という。)に当たり、X使用商標と同一又は類似の商標である本件各登録商標のいずれについても、商標登録を受けることができない同号所定の商標に該当するから、同法39条において準用する特許法104条の3第1項の規定に係る抗弁(以下、同規定を「本件規定」といい、本件規定に係る抗弁を「無効の抗弁」という。)が認められ、Xに対する本件各商標権の行使は許されないとして、反訴請求を棄却すべきものとした。

 

4 本判決

 原判決に対し、Yが上告受理の申立てをしたところ、最高裁第三小法廷は、その上告を受理し、原審の認定事実からはX使用商標が不正競争防止法2条1項1号及び商標法4条1項10号の周知商標に当たると直ちにいえず、Xによる具体的な販売状況等について十分に審理しないまま上記各号該当性を認めた原審の判断には違法があるから、本訴請求のうち不正競争防止法に基づく請求に関する部分及び反訴請求に関する部分の原審の判断は是認することができないとして、これらの部分について原判決を破棄し本件を福岡高裁に差し戻した。なお、上記の上告受理決定において、上記各号の解釈適用の誤りをいう部分以外に関する論旨は排除され、本判決において、この排除された論旨に係るXのYに対する修理費支払請求に関する上告については棄却された。

 

5 説明

 (1) 問題の所在

 本判決が示した法理は、本件反訴請求に関するものである。

 上記のとおり、Xは、本件各登録商標は商標法4条1項10号に定める商標登録を受けられない商標に該当すると主張していたところ、本件各登録商標のうち最初に登録された平成17年登録商標については、商標権設定登録日から5年を経過した後にこのような主張がされたため、同号該当を理由とする無効審判請求について同法47条1項が5年の除斥期間を定めていることとの関係で、本件訴訟において同号該当性の主張をすることが許されるのか(同項が無効審判手続について定めるのと同様の期間制限が、商標権侵害訴訟における同号該当性の主張にも及ぶのか)が問題とされた。

 (2) 無効の抗弁の主張と期間制限

 まず、本判決は、Xが、本件各登録商標の商標法4条1項10号該当による無効理由の存在をもって、本件反訴請求に対する無効の抗弁を主張することが許されるか否かについて判断した。

 商標法39条において準用する特許法104条の3第1項の規定(本件規定)は、商標権侵害訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは商標権者は相手方に対しその権利を行使することができない旨を定めているところ、商標権設定登録日から5年を経過した後は、商標法47条1項の規定により、商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き同法4条1項10号該当を理由とする無効審判を請求することができないため、「商標登録が無効審判により無効にされるべきもの」と認められる余地がないこととなる。また、商標法47条1項の趣旨(商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護する)からいっても、誰でも主張できる抗弁である無効の抗弁を期間の制限なく主張し得るものとすると、商標権者がいつ誰に対して商標権侵害訴訟を提起しても、同訴訟の相手方は、登録商標が周知商標(自己の商品等表示として周知である商標でなく、他人の周知商標であってもよい。)と同一又は類似の商標であることを主張して、同法4条1項10号該当をもって無効の抗弁を主張することができるため、商標権者は、その抗弁が認められることによって自らの権利を行使することができなくなり、同法47条1項の趣旨が没却されることとなる。

 本判決は、上記のような本件規定の文言や商標法47条1項が無効審判請求につき期間制限(除斥期間)を定めた趣旨に照らして、「商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって、本件規定に係る抗弁を主張することが許されない」としたものと解される。

 この論点(無効の抗弁の主張と期間制限)については、従前から議論されてきたところであり、無効審判手続と侵害訴訟手続が別ルートの手続であることなどを理由に、侵害訴訟手続上の抗弁である無効の抗弁を主張する場合には期間制限を受けないとする見解もあったが、多数説は、無効の抗弁の主張も商標法47条1項と同様の期間制限を受けるとしており、本判決はこの多数説を採用したものと解される。

(3) 権利濫用の抗弁の主張と期間制限

 上記のとおり無効の抗弁の主張につき商標法47条1項と同様の期間制限を受けるという見解を採用すると、同項において期間制限の例外とされている場合(不正競争目的により商標登録を受けた場合)に当たらない限り、商標権侵害訴訟において期間経過後に登録商標の同法4条1項10号該当性を主張することはできなくなりそうである。しかし、そうすると、例えば、周知商標を自己の商品等表示として使用する者(周知商標使用者)の知らないうちに周知商標と同一又は類似の商標について商標登録がされ、その商標権設定登録日から5年を経過した後に周知商標使用者に対する商標権侵害訴訟が提起されたという場合、同訴訟の相手方(周知商標使用者)にとっては、商標登録に係る不正競争目的を立証しない限り商標法4条1項10号該当をもって商標権者の権利行使に対抗することができなくなってしまうこととなる。

 この問題を打開しようとするものとして本判決以前に表れた見解は、最三小判平成12・4・11民集54巻4号1368頁によって認められた権利濫用の抗弁(以下「キルビー抗弁」という。)を主張する場合には期間制限を受けないというものである(髙部眞規子『実務詳説 商標関係訴訟』(金融財政事情研究会、2015)73頁)。キルビー抗弁は、無効理由の存在が明らかであることを理由とする権利濫用の抗弁であり、無効の抗弁を定める本件規定(平成16年法律第120号により新設)が立法化されるもととなったものであるところ、上記の見解は、無効の抗弁の主張に商標法47条1項と同様の期間制限が及ぶとしても、権利濫用の抗弁であるキルビー抗弁には期間制限が及ばないとするものであった。しかし、キルビー抗弁の内容は、無効理由の存在が明らかであることを要件とする点以外は無効の抗弁と同様のもの(すなわち、無効理由が存在することをもって商標権者の権利行使を阻止するもの)であって、キルビー抗弁の主張について期間制限を受けないとすると、無効の抗弁の主張について期間制限を受けないとしたのとほとんど同じ結果になってしまうこととなる。このことから、多数説は、無効の抗弁の主張のみならず、キルビー抗弁の主張についても、商標法47条1項と同様の期間制限を受けると解している(本判決は、この点について特に言及していないが、無効の抗弁の主張につき期間制限を受けるものとした判示の理由に照らせば、キルビー抗弁の主張についても同様に期間制限を受けるものとする多数説的見解に立っていると解するのが素直な見方であろう。)。

 本判決は、以上のようなキルビー抗弁とは異なり、登録商標が商標法4条1項10号に該当し、かつ、その商標権を行使されている相手方が当該登録商標を同号に該当するものとさせている周知商標につき自己の商品等表示として周知性を獲得した当人(すなわち周知商標使用者)であるという場合に、その周知商標使用者は当該商標権侵害訴訟において自己に対する商標権の行使が許されないとする権利濫用の抗弁を主張することができ、このような抗弁の主張については期間制限を受けないとしたものと解される。

 本判決における上記のような権利濫用の抗弁は、従来から商標権の行使について論じられてきた商標権濫用論の流れに沿ったものと考えられる。

 商標権の濫用は、民法1条3項に定める権利の濫用が商標権行使の場面で表れたものにほかならないが、他の一般の場面と比べると、商標権行使の場面における権利濫用の適用には、商標権という権利の特徴からもたらされる一種の傾向があることを指摘することができ、これについては、山﨑裁判官が本判決の補足意見で述べているとおりである。すなわち、「権利の濫用の有無は、当該事案に表れた諸般の事情を総合的に考慮して判断されるべきものであって、このことは、商標権の行使について権利の濫用の有無が争われる場合であっても異なるものではない。もっとも、商標権は、発明や著作などの創作行為がなくても取得できる権利であることなどから、その行使が権利の濫用に当たるとされた事例はこれまでに少なからずみられるところであり、こうした事例の中から、権利の濫用と判断される場合をある程度類型化して捉えることは可能」である。

 これまでに商標権の濫用を認めた最高裁判例としては、最二小判平成2・7・20民集44巻5号876頁(ポパイ事件判決)があり、下級審裁判例でこれを認めた例は多数にのぼる。上記補足意見で述べているような権利濫用事例の類型化という観点から従来の裁判例についてみると、一般に、正当に商標が帰属すべき者(又はその者から許諾を受けた者)に対して商標権を行使する場合には権利濫用が認められる傾向にあるということができる。

 本判決は、「登録商標が商標法4条1項10号に該当するものであるにもかかわらず同号の規定に違反して商標登録がされた場合に、当該登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも、商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは、特段の事情がない限り、商標法の法目的の一つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして、権利の濫用に当たり許されないものというべきである」としているが、これは、商標法4条1項10号が、同号の要件(出願時までに引用商標につき周知性を備えていること)を満たす場合には商標登録出願人よりも周知商標使用者を優位とするという規律を定めていることから導かれるものと考えられる。すなわち、登録商標が商標法4条1項10号に該当するのに商標権者が周知商標使用者に対して商標権に基づく差止等請求権を行使することは、同号に該当する場合には周知商標使用者を優位とするという上記の規律に反し、本来競争に負けているはずの者が勝っているはずの者を排除することにほかならず、商標法の法目的である公正な競争秩序の維持を害するものとして権利の濫用に当たるとしたものと解される。これは、従来の裁判例における権利濫用事例の類型化との関係では、正当帰属型(正当に商標が帰属すべき者に対する商標権の行使)の派生類型の一つとして位置付けることが可能であろう。

 さて、本判決が判示する上記の権利濫用の抗弁について、商標権侵害訴訟の相手方である周知商標使用者が具体的に主張立証すべき事実は、自己の商品等表示である商標が商標登録の出願時までに商標法4条1項10号の周知性を獲得していることであり、これは、引用商標が自己の商品等表示であることを要するという点を除いては、無効の抗弁について主張立証すべき事実と同じである。そこで、商標法47条1項と同様の期間制限を受けるか否かが、上記の権利濫用の抗弁の主張との関係でも問題とされるところ、本判決は、この点に関し、期間制限を受けないとする判断をしている。無効の抗弁が、誰であっても(周知商標使用者以外の第三者であっても)登録商標と周知商標との同一又は類似をもって商標法4条1項10号該当性を主張し得るものであるのに対し、本判決が判示する周知商標使用者に対する商標権の行使を同号該当を理由に許さないものとする権利濫用の抗弁は、その抗弁の内容上、自己の商品等表示である商標につき商標登録の出願時までに同号の周知性を獲得した者(周知商標使用者)だけが主張し得るものである。したがって、このような周知商標使用者による権利濫用の抗弁の主張につき期間制限を受けないものとしても、商標権者は、それ以外の第三者との関係ではなお商標権侵害訴訟を提起して自己の権利を行使することができるのであるから、商標法47条1項の趣旨を没却することにはならないものと考えられる。本判決が、「商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後であっても、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として、自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許される」と判示しているのは、このような趣旨によるものと解される。なお、上記の判示における「当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず」という部分は、無効の抗弁も商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合には期間経過後でも主張することが許されることに鑑み、本判決における権利濫用の抗弁の主張につき期間制限を受けないものとしたことの実質的な意義が商標登録に係る不正競争目的の有無にかかわらず期間経過後も主張し得るところにあることを示すものと解される。

 以上を図式化すると、次のとおりとなろう(図中の権利濫用の抗弁は、本判決が判示する、周知商標使用者に対する商標権の行使を商標法4条1項10号該当を理由に許さないものとする権利濫用の抗弁である。)。

 

6 本判決の意義

 本判決は、商標法4条1項10号該当を理由とする無効の抗弁の主張が同法47条1項と同様の期間制限を受けることを明らかにするとともに、周知商標使用者と商標権者との利害が対立する場面において、商標権者による商標権侵害訴訟の提起に対し、周知商標使用者が自己の商品等表示として周知である商標との関係で登録商標が同号に該当することを理由として主張する権利濫用の抗弁については、商標登録に係る不正競争目的の有無にかかわらず、期間制限を受けずに主張することが許されることを示したものと解される。これにより、商標権侵害訴訟を提起された周知商標使用者は、5年の期間経過後も、商標法4条1項10号該当を理由とする無効の抗弁を主張する場合と同様の事実関係を主張立証することによって商標権の行使に対抗することができる。このように、本判決は、商標法の解釈及び商標実務の在り方に大きな影響を及ぼすものということができ、重要な意義を有するものと考えられるので、ここに紹介する次第である。

 

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