実学・企業法務(第1回)
第1章 企業の一生
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
Ⅰ 企業のライフ・サイクルと法律業務
どの企業や商品にも、人と同じように、誕生・幼児期・青年期・壮年期・老齢期を経て、最後は消滅していく寿命がある。多くの企業や商品は短命だが、中には長寿企業[1]や定番になる長命商品もある。
人の健康を維持・増進するのに必要な食事・運動・治療法等が、個人の体力・年齢・症状等によって異なるように、企業や商品が直面する経営課題やその対処方法も、業種やライフ・サイクルのステージによって異なる。
ここでは、企業のライフ・サイクルの中の各ステージで見られる特徴的な課題とそれに対処する法的手法を通して、企業の業務と法律の係わりの全体像を観察する。
この理解を容易にするために、企業・商品のライフ・サイクルを「事業のグローバル化」、「企業の財務・資金」、「商品のブランド戦略」の3つの視点で、単純化して模式的に示す。
1. 「事業のグローバル化」の視点
企業で必要とされる法律業務の内容は、事業活動が1国内で完結する場合と、国境を越えて複数国で行われる場合とで、大きく異なる。
(1) 「国内型企業」の法律業務
企業活動の原型であり、仕入・販売等の取引の全てが国内で行われる。
(注)インターネットを利用して行う越境取引(輸出入)は、後述の「輸出型」や「グローバル型」の取引にあたる。
- 〔基本業務と特徴〕
- 1) 商品企画、開発・設計、製造、販売、代金回収の業務が国内で完結する。
- 2) 取引相手が国内の法人・個人であり、債権者と債務者が国内に存在する。
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3) 国内取引には、一般的に、次の特徴がある。
①自国語で取引する。②貨物移動に規制がない。③代金を自国通貨で決済する。 - (注)伝染病・汚染物質・毒劇物等は、衛生・環境・安全の観点から法令で移動が禁じられることがある。
(2) 「輸出型企業」の法律業務
国内事業が軌道に乗ると、事業の拡大を図って商品を海外市場に輸出する例が多い。国境を越えて取引する場合は、物品等に関する通関(関税、規制対象の物品・技術)、検疫(動物、植物、貨物)、外国送金規制(相殺を含む)、人の入出国規制等のさまざまな規制が法令で定められているので、遵守しなければならない。
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(注)各国の恣意的な取引ルールの制定と運用を抑制し、貿易の安定的な発展を図ることを目的として、WTO(世界貿易機関)協定、メガFTA、2国間FTAその他の多くの国際協定が結ばれている。
例えば、SPS協定[2]は、人・動物・植物の生命・健康を守るという衛生植物検疫措置の目的を実現しつつ、貿易に与える影響を最小限にするために、加盟国の恣意的又は不当な差別の手段としてこの措置を講じることを規制する。
これらの業務を自ら処理する態勢がない企業では、輸出入業務を商社等に委託する。
輸出先国には、現地の商品安全基準・環境保護基準・消費者保護等を定める法令があるので、これに適合する商品を生産して輸出しなければならない。
現地販売は、地元の販売業者と代理店契約を結び、そこに委託して行う場合もある。
近年、インターネット取引による販売が増えている。この取引では、どの国・地域にも存在する税関における貨物の輸出入手続きを行わずに越境し、後日、当局から「密輸」を指摘・摘発されることがあるので、注意したい。
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(注)例えば、価格が20万円以下の郵便物を外国に送る場合は、必要事項を記入した税関告知書を郵便物に添付して郵便局に差し出し、国際郵便交換局[3](税関出張所が設置)において税関検査を受けたうえで外国に発送される。20万円を超える郵便物については、税関への輸出申告(通関業者・日本郵便に依頼するか、又は、自己申告する)が必要である。
- 〔輸出取引に伴う追加業務〕 上記の(1) 「国内型企業」の法律業務に追加される業務
- 1) 商品を、輸出先の市場の法令に適合する仕様にする。
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- a. 安全規制に適合させる。(製品・材料等の安全基準、残留農薬規制等)
- b. 表示規制に適合させる。(消費者への危険の警告表示、使用材料の成分表示、原産地表示等)
- c. 輸出先国の他者の知的財産権を侵害しない。必要に応じて、自らの商標権・特許権等の権利を輸出先国で取得する。
- 2) 商品を輸出し、目的港に輸送して、相手国で輸入する。
- ①輸出国と輸入国の国境規制法令を遵守する。
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②運送は、ほとんど、安全・費用・納期等の条件を満たす国際物流業者に委託して行われる。運送の際には、事故に備えて保険を掛ける。
- 3) 商品を輸出相手国で販売する(市場の法令・社会常識に従って販売する)。
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①輸入港(地)から販売店等に商品を輸送する。
商品に最適な物流手段を採用し、必要に応じて在庫拠点を設ける。 -
②現地の消費者法令や契約条件を守り、社会常識に従って顧客に商品説明する。
市販商品の場合は、取扱説明書・広告・宣伝・店頭説明等のルールがあることに注意する。 -
③顧客のクレームに対応する。
- 4) 販売代金を回収する。
- ①輸出先の現地通貨で代金を回収する。
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②回収した代金を、銀行を通じて、指定通貨で指定口座に送金し、入金する。
(注)外国送金を規制している国からの回収は困難である。
- 〔参考〕世界貿易の発展を支えた「信用状」による回収
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貿易では取引相手の姿が良く見えないために信用できず、輸出代金を回収するまで安心できない。
そこで輸入国の銀行が、輸入者に代わって一定期間・一定額の支払いを約束するL/C(信用状)[7]を発行する仕組みができ、これによって世界貿易が発展した。L/Cを用いて行う基本的な輸出代金回収プロセスは、以下の⑴~⒀の通りである。
貿易実務の原型を学んで理解を深め、経済が安定しない開発途上国の企業等との取引において発生するリスクを予想し、その対応策を提案できるようになりたい。
なお、取引相手の信用不安がないグループ内取引では、信用状を用いる必要はない。 - ⑴ 輸出者と輸入者が売買契約を締結する。
- ⑵ 輸入者が、輸入国のL/C発行銀行(以下、発行銀行)に手数料を払って、L/C発行を依頼する。
- ⑶ 発行銀行が、輸出国のL/C通知銀行(以下、通知銀行)に、L/C(信用状の原本)を発行する。
- ⑷ 通知銀行が、輸出者に、(3)のL/Cが発行された旨を通知する。
- ⑸ 輸出者が輸出国で、貨物を輸入国向けに船積みし、運送業者から船積書類を取得する。
- ⑹ 輸出者が、通知銀行(即ち、買取銀行)に荷為替手形買取を依頼し、船積書類を渡す。
- ⑺ 通知銀行(即ち、買取銀行)が、輸出者に、荷為替手形代金(=輸出貨物代金)を支払う。
- ⑻ 通知銀行(即ち、買取銀行)が、発行銀行に、荷為替手形と船積書類を送付する。
- ⑼ 発行銀行が、通知銀行(即ち、買取銀行)に、荷為替手形代金を支払う。
- ⑽ 発行銀行が、輸入者に、荷為替手形を呈示する。
- ⑾ 輸入者が、発行銀行に、荷為替手形代金を支払う。
- ⑿ 発行銀行が、輸入者に、船積書類を引き渡す。
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⒀ 輸入者が、運送業者に船積書類を渡して輸入貨物を引き取る。
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5) 輸出販売先との交渉・契約を、合意した共通言語(英語が多い)を用いて行う。
(注)当事者間で誤解が生じないように、貿易の定型的な取引条件をアルファベット3文字で表記 したインコタームズ(Incoterms)[8]を契約条文中で明示して引用することが多い。
(3) 「海外生産・グローバル型企業」の法律業務
- 〔海外生産に伴う追加業務〕 上記の(1) 国内型、(2) 輸出型に追加される業務。
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生産拠点の構築には、大規模な資金と労働力が必要になる。一度、生産拠点を築くと、容易に移転・閉鎖できないので、構築に先だって十分に収益性と合法性の両面から事業計画の実現可能性を検証する。
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1) 販売先・材料等の調達先・生産インフラ・FTA等の税恩典等を総合的に検討する。
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2) 品質・価格・納期の面で最も競争力ある部品・材料を調達する。
海外展開の当初は、グループ本社の所在国(本社、下請等)から輸入する例が多い。
輸入部材の代金・税金を、外為法等を遵守して支払う。(特に、保税地域では注意する)
自社グループ内で国際取引する場合は、移転価格問題が生じないように公正に価格設定する。
- 3) 工場を建設して生産活動を行う。
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①現地政府の生産許可・販売許可を取得する。
工場に関する環境規制を遵守する。
政府の環境規制が無い場合は、世界の厳しい基準に適合するよう自主規制するのが望ましい。 -
②現地の社員(主に製造作業員)を多数採用する。
雇用条件の最低基準が国・地域によって異なることに注意して、遵守する。 - ③機械設備を購入(現地調達又は輸入)・設置して稼働し、メンテナンスを行う。
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④現地の法人税等の税金を、適切に現地の税務当局に納付する。
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4) 部品・材料・機械設備の現地調達態勢を強化し、現地人材の育成・起用を進める。
- 〔グローバル化に伴う追加機能〕
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海外生産からもう一歩進んだステップでは、グローバルな観点で、開発・生産・販売等の業務をそれぞれの最適拠点で行い、これを有機的に結合して、グループとして最大の競争力を発揮できるようにする。
このため、特に次の機能をグローバルに強化することが求められる。 -
1) 商品企画、設計、調査・管理の機能。
- 2) 最適な経営資源をグローバルに選択して調達する機能。
- ①世界で最適の人材・資金・材料・機械設備等を調達できる経営機能を備える。
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②事業のインフラ条件を調査し、最適条件を自社の事業で利用できるようにする。
優れた取引先、物流、電気、ガス、水道、通信、税制、さまざまな規制と恩典
- 3) 自社グループの最適拠点を有効に活用して、最大の競争力を発揮する。
- 商品企画力、デザイン力、技術開発力、品質力、コスト力、供給力、販売力、等
大規模な企業グループでは、グループ全体の創造力涵養、販売・製造力強化、遵法確保等のための最善策を全て本社主導型で立案して実現することは難しい。このため、国・地域によって異なる顧客・取引先の嗜好に沿い、更に、従業員・役員の活力を企業活動に取り込むことを目的として、一定の範囲の経営判断の権限を、販売・生産等の現場に近い組織に委ねる企業もある。
[1] 長寿企業の例(創業年。再建を含む):社寺建築の「金剛組」578年(飛鳥時代第30代敏達天皇6年)、水引・紙製品の「源田紙業」771年(宝亀2年)、仏具の「田中伊雅佛具店」1141年(永治元年)、和菓子の「虎屋」1526年(大永6年)、緑茶の「通圓」1160年(永暦元年)、寝具の「西川産業」1566年(永禄9年)、「カステラ本家福砂屋」1624年(寛永元年)、「東急百貨店」1662年(寛文2年)に呉服屋の白木屋として創業、「まるや八丁味噌」1337年(延元2年)、酢の「ミツカン」1804年(文化元年)
[2] 衛生植物検疫措置の適用に関する協定。
[3] 東京国際、中部国際、大阪国際、新福岡、那覇中央、川崎東の6局がある。
[4] 武器、麻薬、医薬品、医療機器、化粧品、衣料品、食品、アルコール飲料、自動車(中古車を含む)等を規制する国が多い。
[5] 〔日本の外為法の変遷〕1949年に対外取引を原則禁止する外為法が制定された。1980年に対外取引を原則自由化する改正が行われ、1998年には事前の許可・届出制度が原則廃止されて外国為替公認銀行制度・両替商制度も廃止された。米国同時多発テロ後の2002年に、テロ資金対策等の目的で金融機関等による顧客の本人確認が義務づけられた。
[6] 通常は、旅券上に前もって行先国の領事官が、旅券の所持人が正当な理由と資格があって旅行する旨を裏書証明する。この裏書証明が査証(VISA)である。
[7] Letter of Credit の略称。信用状の基本原則は、①「書類取引の原則」と②「独立抽象性の原則」である。①は、信用状が書類取引であり、実物取引から独立しているという原則で、船積貨物の現物照合は行わない。②は、信用状取引が物品の売買契約とは別の取引であるという原則で、売買契約に不備があっても信用状は有効とされる。
[8] 国際商業会議所(ICC)が定めるInternational Commercial Terms(略称Incoterms)。2000年版に次いで、2010年版が制定された。Incoterms2010は、11種類の貿易条件を規定している。