◇SH1643◇実学・企業法務(第114回) 齋藤憲道(2018/02/15)

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実学・企業法務(第114回)

第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

Ⅴ 全社的な取り組みが必要な「特定目的のテーマ」
Ⅴ-2. 情報セキュリティ管理

1. 営業秘密保護の経緯

 本項で、今日までの「営業秘密」の保護強化の経緯を振り返ってみる。

 特に、刑事罰に関する改正が多いことに注目して頂きたい。最初に、処罰範囲を最小限にして導入し、その後、「この侵害行為を処罰しないのは失当。外国では処罰する。」という事案が発生するたびに、対象・刑罰の重さ等を、その事案だけに対応する形で刑事的保護強化が繰り返されたことが分かる。

 筆者は、この間に不正に流出した営業秘密は膨大なものだと推測している。

  1. (注) 少なくとも、立法のきっかけになった多数の事案は、法的保護を受けることがなかった。

(1) 1990年までの状況

① 不正競争防止法草案(1911年)

 日本で技術情報等の営業秘密を法的に保護することが初めて検討されたのは、1911年(明治40年)に当時の農商務省がドイツの不正競争防止法改正(1909年)に触発されて策定した不正競争防止法草案である。

 この案は、今日の不競法における営業秘密保護の原型といえる内容であったが、当時は、権利侵害といえない行為に法的責任を認めることはできないとして見送られた。

② 改正刑法草案(1974年)

 改正刑法草案の検討において、企業秘密の刑事的保護のあり方が議論され、「企業の役員又は従業者が正当な理由なくその企業の生産方法その他の技術に関する秘密を第三者に漏らす行為」を刑事罰の対象とする方向で整理された。

 この草案は1974年に法制審議会で決定されたが、各界から批判を受け、結局、法律案になることはなかった。

  1. (注) 当時、企業秘密の保護については、特許制度にある公開という代償を伴わない秘密を保護するのは失当、労働者の退職・転職の自由を束縛、秘密の概念が不明確、背任罪と重複する場合が多く不要、消費者運動・公害反対運動・労働運動等を抑制、報道機関の取材・報道の自由を拘束等の懸念が表明された。
  2.  
  3.  〔日本人技術者が米国で摘発された技術情報流出事件〕
  4.    1982年、米国FBI(連邦捜査局)が、日本の電機2社の複数の社員を、大型コンピュータ・メーカーA社の新製品機密であるソフト情報を不正に持ち出したとして、米国で逮捕した。FBIは、A社と協力しておとり捜査を行っていた。当時、同業界の各社は、世界の市場で支配的な地位を確立していたA社のコンピュータと互換性のある製品を開発していた。そこで、A社の新製品と互換性のある製品を少しでも早く開発する目的で、A社の新しいソフトウェアが狙われていた。
     この事件は、米国で技術情報が法的に保護されていることを表すものだったが、「日本でも法的保護が必要だ」という立法の動きは起きなかった。

(2) 営業秘密の「定義」及び「民事的保護」の導入(1990年)

 1990年に、WTO 設置を目指すGATTウルグアイ・ラウンドにおけるTRIPs交渉の中で財産的情報の保護が求められることに対応して、日本で不競法が改正され、「この法律において『営業秘密』とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」とする「営業秘密」の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)が定義され、差止・損害賠償請求・信用回復措置等の民事的保護が導入された。

 この定義は現在まで変更されていない。

 営業秘密に係る不正行為としては、次の6類型が規定された。

  1.     (1) 不正取得者の行為、(2) 不正取得者から第三者に開示の際に、事前に悪意・重過失がある場合、(3) (2)と同型で、悪意・重過失が事後にある場合、(4) 適法に営業秘密を示された者の不正利益目的・加害目的の行為、(5) 適法に営業秘密を示された者の不正利益目的・加害目的・守秘義務違反の開示行為で取得した第三者に事前に悪意・重過失がある行為、(6) (5)と同型で、悪意・重過失が事後にある行為。

 このときも、刑事罰の導入は、書類・図画等の持ち出しを窃盗罪・背任罪等で処罰できる等として見送られた。

 

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