◇SH0020◇船舶アレストと戦時徴用訴訟(2) 西口博之(2014/07/04)

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船舶アレストと戦時徴用訴訟(2)

―商船三井船舶差押え事件に鑑みて―

 

                 大阪大学大学院経済学研究科非常勤講師

                        西 口  博 之

II. 渉外的な船舶アレスト

(2) 我が国企業の渉外的な船舶アレスト紛争

  (イ)船舶金融等債権確保のケース

 ①   昭和元年12月27日関東庁高等法務院上告部判決[i]

 中国在住の英国人が中国法人に対する消費貸借契約に基づく債権の執行を保全するために大連港に寄港した債務者保有船舶の仮差押さえをしようとした事件。

 ②   昭和39年(1975年)5月日本郵船対Karageorgis事件[ii]

 日本郵船は、ギリシャ国籍の傭船主に対して3隻の船舶の傭船料支払を求めて訴えを提起した。しかし、傭船者は約定傭船料の未払いのまま、その所在する明らかにせず、船主は傭船者が英国の銀行に多額の資金を有していることを知ったが、将来勝訴の本案判決を得ても傭船者が資金を英国の管轄権の及ばない場所に移動させることを防ぐために、傭船者が当該資金を管轄内で処分したり管轄外に移動することを禁止する仮差止め命令(Interim Injunction)の供与を求めて高等法院に対して、一方当事者のみによる申し立て(ex parte application)を提起した。

 高等法院は、この申し立てを棄却したため、船主は控訴院に上訴した。

 控訴院の判断は、上訴を容認して、傭船者に対してその者の英国の管轄内にある資産を英国の裁判管轄外に移すことを禁止する旨の差止命令を認めた。

 本件は、実際の船舶の差押さえ事件ではないが、英国での判決の係争中の差押さえによる救済方法がないことを補うためのMareva Injunctionの制度化に際しての判例の一つとして有名である。

 ③  昭和41年9月29日横浜地裁判決[iii]  

 東京湾でオランダ船に衝突されて死亡した日本人の遺族(債権者)がその船の所有者(オランダ法人の債務者)を損害賠償請求で訴えていたが、その債務者の所有する船舶が日本に寄港した際に差し押さえを行った事件。一方、債務者は日蘭両国が批准している1930年「船舶衝突についての規定の統一に関する条約」第7条を根拠にその差押さえが違法であると反論した。

 ④   昭和42年6月26日山口地裁柳井支部判決[iv]

 原告X1(債権者で米法人)が米法人訴外Aの所有する船舶に対し船舶用燃料を米国で供給し代金債権金を取得した。一方原告X2も同船舶にサウデイアラビアで燃料を供給し代金債権を取得していた。米法人の被告YはX1及びX2に優先する船舶抵当権を有し、同船舶が山口県の平生港に入港時に競売申し立てを行ったので、船舶先取特権を有するXらに被告がなした差し押さえに対して同じ債権者として異議申立てを行った事件。

 ⑤   昭和45年4月27日広島地裁呉支部判決[v]

 訴外Bの所有するパナマ船籍の船舶が海外から銑鉄を室蘭港に運搬後広畑港で空船となりその後大阪港で停泊中に強風にあおられ海岸に座礁した。海岸を管理する被告(大阪府)は同船を救助しその救助料などの債権を理由に同船の競売を申し立てた。一方、原告(米法人で銀行)は同船に船舶抵当権を有するために異議を申し立ててYを訴えた事件。

 ⑥   昭和46年1月23日秋田地裁判決[vi]

 Y(日本法人)は訴外A(韓国法人)所有の船舶(韓国船籍)に燃料を継続的に供給し売掛金を有する。その船舶がその後訴外Bに譲渡され更に申し立て人Xに譲渡され船籍もパナマ籍に変更された。Yは先取特権に基づき競売を申し立てたこれにXが異議を申し立てた事件。

 ⑦   昭和51年9月14日東京地裁判決[vii]

 申立債務者が所有するイスラエル船籍の2隻の船舶には船舶抵当権がイスラエルで設定されていたが、東京港に入港した際に申立債権者(米国法人の信託銀行)が競売を申し立てたところ、日本法人が修繕費などにつき先取特権を主張して米国法人と日本法人との優先順位を決定する準拠法が問題となった事件。

 ⑧   昭和60年5月2日高松高裁判決(原審:昭和60年2月13日松山地裁判決)[viii]

 香港法人Xは、パナマ法人Yの所有する船舶の傭船者である日本法人Aとの間で燃料油供給契約を締結し燃料の供給をしていた。ところが、その後Aが破産したのでYの船舶が松山港に入港した際にその債権の先取特権に基づく競売を申し立て開始決定を得た。Yがこの競売手続きの停止仮処分を求めたが、第1審が認めなかったので控訴審に系属された事件。

 ⑨   昭和62年3月9日広島高裁判決(原審:昭和61年11月19日広島地裁尾道支部)[ix]

 Xは、A会社所有のパナマ船籍の船舶の航海中の必需品の供給者としてその船舶の先取特権を有するが、当該先取特権の実行として同船舶の競売を求めた。執行裁判所は、一旦競売手続きを開始したが、その後パナマ海事法の規定に鑑みその決定を取り消した。これに対してXは、執行抗告を申し立て、パナマ法でなく日本法が適用されるべきと主張したのが本事件である。

 ⑩   平成8年2月9日旭川地裁判決[x]

 ロシア法人(漁業会社)に対する修理代金債権を有する韓国法人(造船会社)が稚内港に入港したロシア法人の船舶の差押さえを申請し容認された事件。

 本件の争点は我が国における国際裁判管轄権と商法689条の「発港の準備を終わりたる」ものとしての仮差し押さえが許されないか否かであった。

  • 平成10年4月30日東京地裁判決[xi]

 X会社は、訴外A会社の子会社でありパナマ船籍の船舶を所有する。Y会社はAに対して船舶用の塗料を供給して売掛債権を有していたが、Aが支払いを停止した。このためYは、Xの法人格は全くの形骸に過ぎぬとしてXについて法人格否認の法理が適用されるとして、債務者兼所有者をAとし、被保全債権をAに対する売掛債権として当該船舶の仮差押命令の申立てを行い仮差押命令を受けた。

 これに対して、Xは仮差押命令に対する異議申し立てを行った。

つづく


[i] 道垣内正人「保全訴訟の国際裁判管轄」高桑・道垣内編『新・裁判実務大系国際民事訴訟法(財産法関係)』(青林書院、2002)403頁以下。道垣内正人「渉外仮差押・仮処分」『国際民事訴訟法の理論』(有斐閣、1987)467頁以下。

[ii] 三木浩一「渉外的民事保全手段の新たな可能性(1)-英国判例法が創設したワールドワイド・マリーバ・インジャンクションの評価と検討を通じて-」法学研究65巻4号(1992)65頁以下。落合誠一「マレバ・インジャンクション(Mareva Injunction)の形成と展開―英国保全手続法の大変革―」海法会誌復刊30号(1986)65頁以下。岡田豊基「イギリス海上運送におけるMariva Injunctionの研究―創設とその後の展開にみる判例の動向―」法学論集22巻2号(1987)31頁以下。

[iii]昭和40年(モ)第2076号。渡辺惺之「仮差押の裁判管轄権」別冊ジュリスト第133号渉外判例百選(第3版)(有斐閣、1995)208頁以下。道垣内正人・前掲「渉外仮差押・仮処分」468頁以下。林順碧「寄港中の外国会社所有の船舶に対する仮差押の裁判管轄権」ジュリスト460号(1970)132頁以下。

[iv] 昭和38年(ワ)第38号。山崎良子「船舶担保物権の準拠法及びその順位の国際私法上の性質」ジュリスト466号(1970)103頁以下。林田学「外国担保権の実行―日本における外国船舶に対する担保権の実行」澤木・青山編『国際民事訴訟法の理論』(有斐閣、1987)441頁以下。

[v] 昭和44年(ワ)第19号の1佐藤幸夫「事務管理―海難救助」ジュリスト別冊133号・渉外判例百選(第3版)(有斐閣、1995)90頁以下。濱四津尚文「海難救助の成否及び効力の準拠法並びに艱難救助料請求権を被担保債権とする船舶先取特権の成否及び効力の準拠法」ジュリスト513号(1972)111頁以下。

[vi] 昭和43年(ヲ)第127号。山崎良子「海事債権の準拠法は原則として旗国法であると推定された事例―旗国国が変更された場合に船舶先取特権の効力を新旗国法により判断した事例」ジュリスト560号(1974)136頁以下。

[vii] 小川英明「外国船舶の任意競売の一事例―サプラ・コア号、バナナ・コア号事件について―」判例タイムズ345号(1977)67頁以下。

[viii] 昭和60年(ラ)第8号・原審;昭和59年(ヨ)第171号。判例タイムズ561号(1985)150頁以下。

[ix] 昭和60年(ラ)第68号・原審;昭和60年(ケ)第61号。判例時報1233号(1987)83頁以下。判例タイムズ633号(1987)219頁以下。谷川久「船舶先取特権」別冊ジュリスト第133号・渉外判例百選(第3版)(有斐閣、1995)68頁以下。

[x] 平成7年(モ)第542号。判例タイムズ927号(1997)254頁以下。判例時報1610号(1997)106頁以下。箱井崇史『船舶衝突法』(成文堂、2012)360頁以下。

[xi] 平成7年(ワ)第1568号。判例タイムズ1015号(2000)197頁以下。

 

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