◇SH1707◇2017年12月21日最高裁決定におけるハーグ条約及び同実施法の解釈について(3) 神川朋子(2018/03/15)

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2017年12月21日最高裁決定における
ハーグ条約及び同実施法の解釈について(3)

神川松井法律事務所

弁護士・ニューヨーク州弁護士 神 川 朋 子

 

第4 きょうだい分離と重大な危険のおそれ

 本決定は、年長の子については返還に対する異議を認めて返還請求を却下し、年少の子については、密接な関係にあるきょうだいを異なる国に分離することなどの一切の事情を考慮し、返還によって子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があるとして、実施法28条1項4号の返還拒否事由を認め、返還請求を却下した。

 子の意見は子の成熟度に応じて考慮されるため、複数の子が全員返還に異議を述べているが、年少の子が幼いことを理由に異議が認められないとき、年長の子の異議を認め、年少の子のみの返還を命じると、きょうだいを別々の国に置くことになる。このような場合、他の締約国の裁判例では、きょうだいを分離することで、子の心身に重大な危険が生じるおそれ(条約13条、実施法28条)があるかを検討し、重大な危険が生じるおそれがあるとされる場合には、年少の子の返還を拒絶するという実務が頻繁になされている[1]

 本決定が、年少の子の返還は子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があるとして、年少の子の返還拒否事由を認めたことは、ハーグ条約の他の締約国の多くの実務と合致する解釈・運用である。なお、本件では返還先の監護養育態勢が悪化していることから、仮に返還に異議を述べる年齢に達しているきょうだいがいない場合であっても、そのような監護養育態勢が悪化している場所に幼い子を返還することをもって、子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があるとすることも可能だったのではないかと思われる。自ら状況を判断し、返還を拒絶する意思を表明することができる年齢の子とそのきょうだいは、監護養育態勢の悪化した場所への返還は拒絶されるが、意思を表明することのできない幼い子だけであれば、監護養育態勢の悪化した場所に返還する、とするのは、バランスを失している。2007年のスイスの立法が、子を監護養育態勢のない国に返還することに対する疑問に端を発していることからも、返還先の劣悪な監護養育態勢は子を耐え難い状況におくこととなる重大な危険と扱われるべきである。また、このように扱うことで、返還請求者が請求にあたり子の監護養育態勢を整えることも期待される。

 

第5 小池判事の補足意見

1 小池補足意見

 小池判事は補足意見(以下「小池補足意見」という。)において、ハーグ条約は子の利益のために子の監護に関する紛争を子の常居所地国において解決することが望ましいという前提の下に、不法に連れ去られた子の迅速な返還を確保すること等を目的とし、子の利益を図る趣旨で返還が子に及ぼす影響、子の自律的な意思等を尊重して返還拒絶事由が定められている、との条約及び実施法の理解を示している。そしてハーグ条約事案を扱う裁判所に対し、合目的的な裁量により後見的な作用を行うという非訟事件の性質を踏まえ、条約の趣旨、実施法の規定の趣旨と構造を十分に理解して、事案に即した法の適用や事実の調査の在り方等について工夫を図るなどして、適切な判断を迅速に示すよう努めていく必要があるとの指針を示す。

 小池補足意見が合目的的な裁量を求めていることから、今後、子の異議にかかわらず、裁量で返還を命じた決定については、裁量が条約及び実施法の目的に合致しているかが争点となると思われる。

 また、返還は子の利益のためにするとの理解は、子の返還は、監護権を侵害された返還請求者の利益のためにするのではなく、子の利益と返還請求者の利益が相反するときには、子の利益になるよう解釈されるべきであることを示している。

 小池補足意見に示された子の利益の保護という目的をハーグ条約の解釈指針とするとの示唆は、極めて正当なものである。しかし、小池補足意見が述べているハーグ条約は管轄を決めるための条約との理解には疑問がある。また、小池補足意見と現場の運用を律しているいわゆる「6週間審理モデル」はどのような関係になるのかについても検討を要すると思われる。

 


[1] 日本弁護士連合会「『国際的な子の奪取に関するハーグ条約関係裁判例についての委託調査』報告書」100頁
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000060318.pdf#page=100

 

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