◇SH3968◇最一小決 令和3年10月28日 財産分与申立て却下審判に対する抗告一部却下等決定に対する許可抗告事件(深山卓也裁判長)

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 財産の分与に関する処分の審判の申立てを却下する審判に対し相手方が即時抗告をすることの許否

 財産の分与に関する処分の審判の申立てを却下する審判に対し、夫又は妻であった者である相手方は、即時抗告をすることができる。

 家事事件手続法156条5号

 令和2年(許)第44号 最高裁令和3年10月28日第一小法廷決定 財産分与申立て却下審判に対する抗告一部却下等決定に対する許可抗告事件 一部破棄差戻し・一部棄却(民集75巻8号登載予定)

 原 審:令和2年(ラ)第119号 広島高裁令和2年10月29日決定
 原々審:令和元年(家)第1026号、令和2年(家)第242号 広島家裁令和2年6月30日審判

1 事案の概要

 本件は、離婚をしたX(元妻)とY(元夫)が、それぞれ、財産分与の審判を申し立てた事案である(以下、Xの申立てに係る事件を「第1事件」といい、Yの申立てに係る事件を「第2事件」という。)。

 

2 事実関係の概要

 (1)XとYは、平成23年に婚姻をしたが、平成29年8月9日に離婚をした。

 (2)Xは、令和元年8月7日、Yに対し、財産分与の調停の申立てをした。

 (3)上記の調停事件は、令和元年11月、不成立により終了したため、上記申立ての時に第1事件の申立てがあったものとみなされた(家事事件手続法〔以下「家事法」という。〕272条4項)。

 (4)Yは、令和2年3月、Xに対し、第2事件の申立てをした。

 (5)原々審(広島家審令和2・6・30公刊物未登載)は、第1事件及び第2事件の各申立てをいずれも却下する審判をした。

 (6)Yは、上記審判に対する即時抗告(以下「本件即時抗告」という。)をした。

 

3 原審の判断

 原審(広島高決令和2・10・29公刊物未登載)は、次のとおり判断して、本件即時抗告のうち第1事件に係る部分を却下した(なお、第2事件に係る部分については、民法768条2項ただし書所定の期間の経過を理由に申立てを却下すべきとして抗告を棄却した。)。

 第1事件の申立てを却下する審判は、第1事件においてYが受けられる最も有利な内容であり、Yは抗告の利益を有するとはいえないから、即時抗告をすることができず、本件即時抗告のうち上記部分は不適法である。

 

4 本決定の概要

 原決定に対し、Yが抗告許可の申立てをしたところ、原審はこれを許可し、最高裁判所第一小法廷は、本決定において決定要旨のとおり判示して、原決定中、第1事件に係る部分を破棄し、更に審理を尽くさせるため、同部分を原審に差し戻した(なお、第2事件に係る部分については、原審の判断は正当として是認することができるとして抗告を棄却した。)。

 

5 説明

 (1)家事法156条5号は、財産分与の審判及びその申立てを却下した審判(以下「財産分与の却下審判」という。)については、「夫又は妻であった者」が即時抗告をすることができるとしている。同号の規定を文字どおり読めば、夫であったYは、具体的な即時抗告の利益の有無を問わず、財産分与の却下審判に対して即時抗告をすることができるようにも思える。もっとも、民事訴訟においては、判決等に対して具体的な上訴の利益が必要とされている(最二小判昭和40・3・19民集19巻2号484頁、判タ176号100頁等)ことから、家事審判に対する即時抗告についても、形式的に即時抗告権者についての規定に該当するのみならず、具体的な即時抗告の利益を必要とするか否かが問題となる。

 (2)一般的な非訟事件については、終局決定により「権利又は法律上保護される利益を害された者」は、その決定に対し、即時抗告をすることができ(非訟事件手続法66条1項)、申立てを却下した終局決定に対しては、申立人に限り、即時抗告をすることができる(同条2項)とされており、即時抗告には具体的な即時抗告の利益が必要とされている。

 しかし、家事審判事件については、「非訟事件」(同法3条)ではあるものの、家事審判手続が自己完結的な手続をとっているため非訟事件手続法の適用はないとされている(金子修編著『逐条解説 非訟事件手続法』(商事法務、2015)11頁)。そして、家事審判事件については、その性質、審判により影響を受ける者の利益等が様々であることを踏まえ、個別にきめ細かく検討することが相当であることから、家事法において、即時抗告をすることができる裁判及び即時抗告権者を個別具体的に定めたものとされている(金子修編著『逐条解説 家事事件手続法』(商事法務、2013)276頁)。

 そこで、家事法における、即時抗告をすることができる裁判及び即時抗告権者の定めをみると、家事法は、却下の審判と却下以外の審判とを書き分けており(「…の審判及びその申立てを却下する審判」という規定ぶりになっている。)、家事法別表第2に掲げる事項についての審判事件について、却下の審判に対して申立人のみが即時抗告権者となる場合には、その旨を明確に規定している(例えば、寄与分につき198条1項5号、特別の寄与に関する処分につき216条の4第2号)。

 また、家事法において、財産分与の却下審判のほかに、却下の審判に対して双方当事者を即時抗告権者としているように読める規定は、①夫婦間の協力扶助に関する処分の審判の申立てを却下する審判(即時抗告権者は夫及び妻。156条1号)、②夫婦財産契約による財産の管理者の変更等の審判の申立てを却下する審判(即時抗告権者は夫及び妻。同条2号。ただし、家事法別表第1に掲げる事項についての審判事件である。)、③婚姻費用の分担に関する処分の審判の申立てを却下する審判(即時抗告権者は夫及び妻。同条3号)、④子の監護に関する処分の審判の申立てを却下する審判(即時抗告権者は子の父母及び子の監護者。同条4号)、⑤離婚等の場合における祭具等の所有権の承継者の指定の審判の申立てを却下する審判(即時抗告権者は婚姻の当事者その他の利害関係人。同条6号)、⑥親権者の指定又は変更の審判の申立てを却下する審判(即時抗告権者は子の父母及び子の監護者。172条10号)、⑦年金分割の審判の申立てを却下する審判(即時抗告権者は申立人及び相手方。233条2項)、⑧扶養義務者の負担すべき費用額の確定の審判の申立てを却下する審判(即時抗告権者は申立人及び相手方。240条6項3号)等、多数あるところ、家事法の立案担当者は、これらの規定について、却下の審判に対して相手方にも審判を得る利益があるものと定型的に認められるため、双方に即時抗告権を認めているなどと説明している(金子・前掲『逐条解説 家事事件手続法』502、703、720頁)。

 このような家事法の規定の仕方等に照らせば、家事法は、即時抗告をすることができる裁判及び即時抗告権者を却下の審判と却下以外の審判との区別を含めて個別具体的に定めた上で、形式的に即時抗告権者についての規定に該当する以上、定型的(類型的)に即時抗告の利益が認められるとしているものといえる。

 (3) もっとも、相手方に定型的に即時抗告の利益が認められることの意味に関しては、却下の審判の態様との関係で検討すべき問題がある。すなわち、財産分与の却下審判についていえば、①申立てが不適法であることを理由とする却下の審判(以下「狭義の却下」という。)と②裁判所が「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべき」でないと判断してする却下の審判(以下「棄却的な却下」という。)があり、「相手方に定型的に即時抗告の利益が認められる」といっても、①狭義の却下のみを念頭に置くのか、①狭義の却下のみならず②棄却的な却下も念頭に置くのか、見解が分かれ得るところである。

 この点、①狭義の却下に対し、相手方にも審判を得る(すなわち、内容面での判断をしてもらう)利益が定型的に認められることについては、特に問題がないが、②棄却的な却下は、一見、相手方が受けられる最も有利な内容の審判であるようにも思えることから、②棄却的な却下に対して、相手方に定型的に即時抗告の利益が認められることの意味が問題となりそうである。しかし、財産分与の審判の申立てについていえば、裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができるのであれば、②棄却的な却下に対しても、相手方に定型的に即時抗告の利益が認められる(すなわち、相手方に自らへの分与を求める利益が認められる)ことにはやはり問題がないということになろう。

 本決定は、財産分与の却下審判について、特に却下の審判の態様による限定をせず、②棄却的な却下を含めた却下の審判全般に対し、相手方は即時抗告をすることができるとしているように読めることから、①狭義の却下のみならず②棄却的な却下も念頭に置いて、相手方に定型的に即時抗告の利益が認められるとする見解を採用していると思われるが、その背後には、上記のように、財産分与の審判の申立てについて、裁判所は、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができるという考え方があるのではないかと推測される。

 (4)なお、財産分与の審判の申立てについて、裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができるか否かに関して若干説明を加えると、これに関しては、財産分与請求権の性質との関係という実体法の観点と、家事法がそのような審判を許容しているか否かという手続法の観点から検討が必要であると思われる。

 まず、実体法の観点からみると、財産分与請求権は、離婚により当然に発生するが、それは抽象的な権利(抽象的財産分与請求権)にとどまり、協議、審判等によって具体的内容が決定されることを待って初めて具体的な権利(具体的財産分与請求権)となるものと解される(段階的形成権説。最二小判昭和55・7・11民集34巻4号628頁、判タ424号73頁)。そして、抽象的財産分与請求権が具体的な権利となることの意味については、夫婦別産制との関係で見解が分かれ得るところではあるが、財産分与の制度は「夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産を清算分配」することを目的とするものとされていること(最二小判昭和46・7・23民集25巻5号805頁、判タ266号174頁)からすれば、少なくとも、抽象的財産分与請求権が、実質上共同の財産の清算分配を求める請求権であり、具体的財産分与請求権が、清算分配を求めた結果としての具体的権利であるという側面を有することは否定し難い。そうすると、申立人が、財産分与の審判の申立てをすることにより、(清算を求めて)抽象的財産分与請求権を行使したが、(清算した結果として)具体的財産分与について分与義務者になったとしても、実体法の観点からは特に不自然とはいえないように思われる。

 次に、手続法の観点からみても、家事法が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判を想定していることは、財産分与の審判の申立ての取下げ制限に関する家事法153条の規定等から強くうかがわれるところである(金子・前掲『逐条解説 家事事件手続法』494頁。もっとも、申立人に対する不意打ち等に配慮する必要があることは当然である。)。

 このように、実体法及び手続法のいずれの観点からも、財産分与の審判の申立てについて、裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができるものと思われる。

 

6 本決定の意義

 本決定は、これまでさほど議論されていなかった事項ではあるが、財産分与の却下審判に対しては、当該審判の内容等の具体的な事情のいかんにかかわらず、夫又は妻であった者である相手方は当然に抗告の利益を有するものとして、即時抗告をすることができることを明らかにしたものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。

 

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