◇SH1737◇企業法務フロンティア「コーポレートガバナンス・コード改訂によって迫られる課題の解消」 西本 強(2018/04/02)

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企業法務フロンティア
コーポレートガバナンス・コード改訂によって迫られる課題の解消

――持合解消を中心に――

日比谷パーク法律事務所

弁護士 西 本   強

 

 2017年12月8日に閣議決定された「新しい経済政策パッケージ」において、2018年6月の株主総会シーズンまでに必要なコーポレートガバナンス・コードの見直しを行うものとされ、これを受けて、2018年3月26日、コーポレートガバナンス・コードの改訂案等が公表された。これから東証において1ヵ月程度のパブリックコメント手続に付され、本年5月下旬から6月初旬を目途に改訂されるものと思われる(3月29日執筆時点)。

 この改訂案は、15回にも及ぶ「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」での議論を踏まえ、国内外の投資家等の意見が反映されたものであり、コーポレートガバナンス改革において、企業がこれまで課題自体は認識しながら真剣に取り組んでこなかった課題の解消を迫るものである。

 具体的には、①事業ポートフォリオの見直し、②資本コストを意識した経営、③政策保有株式の解消、④取締役会におけるダイバーシティーの実現、④CEOの選解任の基準の整備、⑤サクセッションプランの策定・運用、⑥経営陣の中長期的な業績と連動する報酬制度の導入など多岐にわたる。

 このうち、ここではガバナンスの空洞化を招いているとも指摘される政策保有株式の解消について考えてみる。

 わが国の株式市場は、1960年代中ごろから、株式持合いを中心とする安定保有によって特徴づけられてきた。持合いのもとでは、長期的な取引関係を前提に、相手先の経営に口出ししないこと、非友好的な第三者に株式を譲渡しないことが暗黙の約束であった。

 株式持合いには、金融機関と事業会社間、事業会社相互間の2種類があるが、金融機関と事業会社間がメインで株式持合いが進められ、1980年代に入ると、安定株主の保有比率は60%を超え、1990年ころまで安定的に推移した。そして、株式持合いにより経営の安定が確保される中で日本経済は「ジャパンアズナンバーワン」と言われるまでに成功を収めた。同時に、1980年代はバブル経済のもと株価上昇率が株主資本利益率を上回る状況が続き、企業にとって株式保有自体が企業収益のプラス要因にもなっていた。

 しかし、1990年代初頭にバブル経済が崩壊すると、株式市場が低迷し、株式保有自体がリスクとして認識され、企業体力の低下とともに株式売却の圧力が強まってくる。そして1997年の金融危機を境に株式の所有構造は大きく変化する。不良債権問題への対応に追われる銀行は、保有株式の売却を迫られた。一方、銀行の株価下落が急速に進んだことを受け、事業会社にとっては銀行株式の保有リスクが高まり、事業会社による銀行株の売却も加速し、これに伴って海外投資家の保有比率が急増した。同時に、それまで機能していたメインバンクによるガバナンス機能も急速に弱まっていく。

 その後、ライブドアなどの敵対的買収事例やアクティビストファンドの台頭もあり、2005年頃から、一部の事業会社間で株式持合いが復活したが、2008年のリーマンショック以降、更に金融機関と事業会社間の持合解消は進められ、金融機関は現在もリスク縮減のために持合解消を積極的に企図している。しかし、「保有させている側」の事業会社が持合解消に難色を示すという問題もあり、株式持合いの解消傾向は下げ止まり、持合株式を含む政策保有株式が議決権に占める比率は依然として高い。

 こうしてみると、わが国における株式持合いは、①安定株主のもとでの経営の安定化、②配当やキャピタルゲインによる利益の享受、③提携関係、取引関係の強化(メインバンクによるガバナンスの強化)といった目的で行われ、市場環境などの外部要因も手伝って日本経済に一定の貢献をしてきたが、現在ではもはやその歴史的役割は終えたといえる。

 むしろ現在では、株式持合いは、企業経営への規律に緩みを生じさせ、ガバナンスの空洞化を招くだけでなく、持合株式は活用されないリスク性資産であって資産効率も悪く、持合株主との取引を優先することは一般株主との利益相反を招くなど、その弊害ばかりが目立つ状況にある。冒頭で紹介した「新しい経済政策パッケージ」でも、政策保有株式の縮減に関する方針の明確化等を促すために「ガイダンス」を策定し、コーポレートガバナンス・コードの見直しを行うものと明記されている。

 こうした背景もあり、コーポレートガバナンス・コード改訂案の原則1—4は、①政策保有株式の「縮減」に関する方針・考え方を開示すべき政策保有に関する方針の例として明記し、②「個別の」政策保有株式について、保有目的や資本コストに見合う便益が認められるかを取締役会で検証し、その内容を開示することを求めている。②の検証内容については今回新たに開示の対象とされたものである。

 その上で、補充原則が2つ追加され、1—4①では「保有させている側」の問題として、政策保有株式の売却(株式持合いの解消)の意向が示された場合、取引の縮減を示唆することなどにより売却等を妨げるべきではないとされている。また、同じく新設の補充原則1—4②では、一般株主との利益相反防止の観点から、政策保有株主との間で、取引の経済合理性を十分に検証しないまま取引を継続するなど、会社や株主共同の利益を害するような取引を行うべきではないとされている。

 以上からすれば、現行の原則1—4では、政策保有株式の解消は明確には促されていなかったものの、改訂案では、コードの附属文書と位置づけられている「投資家と企業の対話ガイドライン」と相俟って、その解消が促されていると考えるべきである。

 そして、事業会社においても、こうした改訂案の趣旨を先取りする動きが出始めている。例えば、2018年3月22日に公表された日本瓦斯株式会社のプレスリリースによれば、「持合い株式(政策保有株式)を縮減することが、資産の有効活用や企業経営に対する一層の規律をもたらすとともに、当社株式の流動性をも高め」るなどとして、持合株式を縮減し、戦略的提携関係を強化するとされている。このように発想を転換すれば、持合株式の縮減・解消は、①資産の有効活用、②流動性を高める、③戦略的提携の強化など、一石二鳥、一石三鳥のプラスの効果をもたらす。漫然と株式持合いを継続している企業においては、今回のコード改訂を契機として、こうした動きを加速させることが期待される。

以 上

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