社外取締役になる前に読む話(15)
ーその職務と責任ー
潮見坂綜合法律事務所
弁護士 渡 邊 肇
XV 監視義務違反を免れるために(1)
ワタナベさんの疑問その10
当社が製造販売している製品と競合する製品を販売している会社に勤めている友人から、当社の米国子会社に勤務する社員が、中南米のある国での新規取引を獲得するために、現地の政府高官と接触し、金員を渡しているとの情報を得た。そもそも当社の米国子会社が中南米のある国での新規取引を開始するということ自体、取締役会では議論になったこともない。 どうしたらよいだろうか。 もしこの行為が法に触れるとしたら、私は責任を問われる可能性はあるのだろうか。 |
解説
前回解説した社外取締役の監視義務が発生しうる具体例である。
米国には、海外腐敗行為防止法(The Foreign Corrupt Practices Act)なる連邦法がある。この法律の内容の詳細な解説は小職の別稿(「米国における海外腐敗行為防止法(FCPA)執行の現状と対策――反トラスト法との比較において」NBL1022号(2014)42頁)などをご参照頂くとして、一言でいうと、米国法人の外国における贈賄行為を禁止する法律であり、違反した法人には巨額の罰金刑が科される。ここでいう米国法人には外国会社の米国子会社も含まれるため、仮に当社米国子会社が中南米の国の政府高官に贈賄を行っているとすると、当該米国子会社もまた、同法違反に問われる可能性がある。また、取締役が遵守する法律には外国法も含まれるというのが我が国の裁判例の確定的な考え方であるから、違反行為により親会社である当社も損害を被った場合には、当該米国子会社取締役を兼務する当社取締役のみならず、本件業務を管掌している当社取締役もまた、自ら違法行為に関与した、または従業員の監督義務を怠ったとして責任を負担する可能性がある。更に、当該行為を看過した他の取締役もまた、社外取締役も含めて監視義務違反に問われ、責任を負担する可能性がある。ワタナベさんも同様である。
したがって、ワタナベさんも、取締役が違法行為に関与したことにより、会社に責任が発生する可能性を示唆する情報に接した以上、何らかのアクションを取る必要があろう。
但し、ここで一点、留意すべき点がある。それは、政府高官への接触云々のみならず、米国子会社が中南米のある国での新規取引を開始するということ自体、当社取締役会に上程されたことも議論されたこともないということである。この点、「取締役会を構成する取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事柄についてだけ監視するにとどまらず、代表取締役の業務執行一般につき、これを監視し、(中略)取締役会を通じて業務執行が適正に行なわれるようにする職責を有する(最高裁判所第三小法廷昭和48年5月22日判決・民集27巻5号655頁)。」との一般論を述べつつ、「ただし、代表取締役の業務全てについて取締役の監督権限を行使することは事実上不可能であるから、代表取締役の任務違反行為の全てにつき取締役が監視義務違反の責任を問われるものではなく、取締役会の非上程事項については、代表取締役の業務活動の内容を知り又は知ることが可能であるなど特段の事情があるのに、これを看過したときに限って監視義務違反が認められると解するのが相当である。」(下線は筆者)とする判例がある(全国保証事件判決 東京地裁平成21年4月24日)。この点に関しては、いわゆるAIJ投資顧問年金資産消失事件に関して社外取締役の責任が問われた裁判で、東京地方裁判所もまた同旨の判断の枠組みを示している。すなわち同判決は、「社外取締役については、同人が社外の者であることや、業務遂行に関与しない立場にあることを考慮する必要はあるが」としつつ、一般的な善管注意義務の内容についてはその他の取締役と同様に解するのが相当、とした上で、「取締役の責任が肯定されるためには、当該違法な業務執行を発見することができるような事情が存在し、且つ取締役がこれを知り得ることが必要であると解するのが相当である」と判示している(東京地裁平成28年7月14日判決)。
すなわち、本事案のような、取締役会の非上程事項については、業務に関与していない取締役の監視義務の要件が若干厳格化され、業務執行の内容を知り又は知ることが可能であるなど特段の事情があるのに、これを看過したときに限って責任を認めるのが裁判例の流れということができる。
これを本件についてみてみよう。ワタナベさんは、もう既に違法行為が行われたかもしれないという認識を持っている。従って、実際に違法行為が行われていたとすると、ワタナベさんが監視義務違反を問われる危険性は既に高いといわざるを得ない。この点、未認可添加物の混入に関するダスキン事件株主代表訴訟事件において裁判所は、「自ら積極的には公表しないという方針については、同取締役会において明示的な決議がなされたわけではないが、当然の前提として了解されていた」と判示した上で、この「当然の前提」について異議を唱えなかった役員に対し、社外取締役も含め、損害賠償責任を肯定している(ダスキン事件判決 大阪高裁平成18年6月9日判決)。すなわち、この判決も、取締役会の決議があったか否かを責任発生のメルクマールとしているのではない。取締役会において「当然の前提として了解」されていれば責任が発生するとしているのであり、上記全国保証事件やAIJ投資顧問年金資産消失事件における裁判所の判示を併せて読めば、かかる事情があれば「代表取締役の業務活動の内容を知り又は知ることが可能であるなど特段の事情があるのに、これを看過した」ことになり、監視義務違反に問われる可能性があるということになる。
ではワタナベさんはどのようなアクションを採れば良いのだろうか。これについては次回解説したい。