コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(136)
―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス⑧―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、広報・CS(顧客サービス・お客様相談)体制について述べた。
不祥事を契機に設立された市乳統合会社にとって、社会との良好な関係を構築するためのコミュニケーション活動は極めて重要であるとの認識から、市乳統合会社設立準備委員会ではその在り方について慎重に検討された。
コミュニケーション部は、①ブランドのコミュニケーション政策(含デザイン・広告宣伝)、②組織内外への広報、③消費者対応窓口、④ミルクコミュニティ委員会事務局の機能を併せ持つこととなった。
広報・CS活動の基本方針は、①企業理念体系の全般を通して、「お客様第一」、「お客様優先」の精神を貫く、②CSは一部署のみが行なうのではなく、経営層自らが主導し、全役職員によって実践される、③お客様との接点の行動・情報は経営の根幹を支えるものなので「お客様センター」は自社独自で運営する、④コミュニケーション部お客様センターが全社のCS経営を推進する部署と位置づけ、全社にCS経営の重要性を啓蒙、浸透し、CS経営を実現していくいうもので、組織は社長(後に代表取締役)直轄とした。
また、ミルクコミュニティ委員会は、企業理念を具現化する過程で社会の声を反映した企業活動を推進するために、取締役会への助言、意見交換の場として設置し、社外から招聘する非常勤取締役は委員を兼任するとした。
今回は、合併会社の情報システムについて考察する。
【日本ミルクコミュニィティ(株)のコンプライアンス⑧:情報システム】
市乳統合会社の設立当時、合併により新たに誕生した大手銀行の情報システムの混乱がメディア等で話題になったことから、市乳統合会社設立準備委員会には、情報システムの統合による混乱は新会社の立ち上げ時に最も避けなければならないテーマであるとの認識はあったが、一方、(雪印乳業(株)の経営悪化の速度を踏まえ)統合準備委員会の発足から6ヵ月という極めて短期間で新会社を立ち上げなければならないことが決まっていたため、情報システムの担当部会に与えられた時間は短く、スケジュールは大変厳しいものだった。
設立準備幹事会において、情報システム部会より、「現行の受発注システムは、雪印乳業はTANDEM、全農直販はAS/400、ジャパンミルクネットはユニシスのシステムをそれぞれ使用しているが、新会社は開発費用と開発期間を圧縮するために、基本的に雪印乳業のシステムを使用し、一部の直接販売システムについては全農直販のシステムを併用する、またお客様センターシステムは新たに構築する」という基本的考え方が提出された。
また、懸案事項としては、直接販売用売掛請求システムの雪印乳業(株)のホストコンピューターへの移行タイミング、各社情報システム保有マスターやデータの移行タイミング、学校給食請求書発行、取引先口座統合手順の詳細検討等があったが、これについては各部会と調整しながら進めること、既存の雪印システムの改修費用は雪印乳業が費用負担し新会社が雪印乳業に委託料を支払うこと等の考え方が示された。
また、協議の中で幹事会より「スケジュールがタイトで準備期間がなく大丈夫か」、「雪印乳業との共有は問題が発生しないのか」等の懸念が表明されたが、事務局は、テストを重ねて移行すること、現時点では問題が無いこと、ホストコンピュータと雪印乳業の受注システムの共有は、雪印乳業との調整を行なって進めたい旨の回答があった。
その後、上記に基づく作業を進め、9月20日の第5回経営協議会(新会社の経営の基本的事項を決定する場)において、情報システム体系として、「雪印乳業のシステム(ハード、ソフト)を基本としたシステム体系で構築する。但し受注システムについては直接取引システム(AS/400)と販売店取引システム(TANDEM)の併用システムとする」ことを改めて確認し、情報システム部門の実施する業務として、①全社情報システムに関わる企画と中長期計画の策定、②全社情報システムに関わる業務管理、③雪印乳業への委託業務管理、④システムの開発・改修については業務委託契約に織り込み今後の課題として検討すること等が示されたが[1]、後に幹事会の懸念が現実のものになった。(これについては、後述する。)
なお、今日では周知の事実であるが、合併会社の主導権は、資本構成だけではなく「情報システムを制する者が実務上の主導権を握る」ことから、合併に参加する各社は、自分達が習熟した情報システムを合併会社に導入しようとして主導権争いを行ったが、雪印乳業(株)の売り上げや移行者数のボリュームが多いこと等から、合併新会社の情報システムは雪印乳業(株)のものが中心に採用された。
また、習熟した情報システムを用いて業務を行った者が早期に業務に慣れ、人事評価上も有利に働くことから、合併組織の職場風土の形成(習熟したシステムを扱う者が職場の中心になりやすいが、彼らが他組織から合併に参加した者に対する配慮に欠く発言や態度をとると、職場に反発や不満が生まれ、メンバー間の結束が崩れやすい等)やパワーハラスメントの発生原因にもなりやすいので、合併組織の経営者や管理職は、この点に関する配慮が必要であることを、筆者は経験を踏まえて指摘したい。
次回は、会社設立準備段階における、総務・人事、経営企画、コンプライアンスについて考察する。
[1] 実際に、操業を開始すると、担当者が各社のシステムを使いこなすための訓練期間が極めて短くシステムに習熟していなかったために、物流、受発注、請求等のどの段階でも大混乱が生じ、これに対応するための費用と労力が増大、新会社は操業開始早々に債務超過の危機に陥った。