会社補償実務指針案
平成29年5月25日策定
令和3年10月15日改訂
会社補償の実務に関する研究会
会社補償の実務に関する研究会(会社補償実務研究会) 委員名簿
(委員) 学習院大学大学院法務研究科教授 神田秀樹 野村ホールディングス株式会社ジェネラル・カウンセル兼コンプライアンス担当執行役員 野村ホールディングス株式会社グループ法務部文書課長エグゼクティブ・ディレクター 野村ホールディングス株式会社 グループ法務部文書課ヴァイス・プレジデント 日本経済団体連合会経済基盤本部 幕内 浩 日本経済団体連合会経済基盤本部 高橋友樹 西村あさひ法律事務所弁護士 武井一浩 西村あさひ法律事務所弁護士 中山龍太郎 西村あさひ法律事務所弁護士 森田多恵子 西村あさひ法律事務所弁護士 松本絢子 元東京大学大学院法学政治学研究科寄付講座等研究員 (事務局) 西村あさひ法律事務所弁護士 田端公美 西村あさひ法律事務所弁護士 西原彰美 西村あさひ法律事務所弁護士 水谷勇斗 |
目 次
[実務上の視点⑤] 対会社責任の損害賠償金等の会社補償の制約
[実務上の視点⑦] 会社補償契約制度と民法に基づく補償との関係
[実務上の視点⑧] 会社と役員等の両者が責任追及の請求等を受けた場合の防御費用等
第一部 会社補償について
一 本指針案策定の背景
- 1 役員がその地位又は職務執行に関連して損害賠償請求等の民事的請求や行政調査・刑事訴追等を受けた場合、役員個人が被った損害賠償金等や当該請求等に関連して生じた争訟費用等について、会社が一定の場合に負担する行為が「会社補償」である。
- 2 会社の持続的成長と中長期的な企業価値向上を図る、いわゆる攻めのガバナンスの強化に向けた環境整備が進展する中、会社補償は、会社損害の拡大や役員の過度なリスク回避を予防し、優秀な人材の確保にもつながるなど、会社の利益に資する面がある。役員が職務の執行に関し訴訟等で責任追及を受けた場合に、当該役員が適切な防御活動を行えるよう会社において当該防御活動のための費用を負担することは、当該会社の損害の拡大の防止にもつながる。
- 3 会社補償については、2015年に経済産業省のコーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会が、2015年7月24日付報告書別紙3「法的論点に関する解釈指針」(以下「会社法解釈指針」という)[1]において、当時の会社法の下で会社補償が認められる旨を述べている。そして、会社補償について様々な実務上の論点が想起されることから、本研究会は、2017年5月に「会社補償実務指針案」(以下「原指針案」という)を公表した[2]。
- 4 その後、2019年改正会社法(2021年3月1日施行。以下「2019年改正会社法」又は単に「会社法」という)において、会社補償に関する規定が明記され、会社補償契約制度が導入されるに至っている。
- 5 そこで、本研究会は、2019年改正会社法を踏まえて、原指針案を改訂して本指針案を策定した。
- 6 会社補償契約制度については導入後間もないことから十分な議論等がまだ進んでいない面もあるところ、会社補償の果たす機能等の重要性に鑑み、実務的観点から本指針案をとりまとめている[3]。企業が会社補償契約制度を円滑かつ前向きに活用する環境整備の一助となれば幸いである。
二 本指針案における用語の定義
- 1 「会社補償」=会社が、役員等に対し、争訟費用等及び損害賠償金等を補償することをいう。なお、後記の通り、職務関連性等の要件が「争訟費用等」及び「損害賠償金等」の定義において課されている。
- 2 「会社補償契約制度」=2019年会社法改正において創設された、会社が役員等に対して会社補償をすることを約する契約に関する制度をいう。
- 3 「役員等」=会社法上の取締役、会計参与、監査役、執行役及び会計監査人をいう。
- 4 「争訟費用等」=役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用をいう(会社法430条の2第1項1号参照)。
なお、「職務の執行に関し」とは、職務執行自体だけでなく、その執行に直接間接に関連してなされた場合が含まれる。
- 5 「損害賠償金等」=役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における、①当該損害を当該役員等が賠償することにより生ずる損失、及び②当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときの当該役員等が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失をいう(会社法430条の2第1項2号参照)。
三 会社補償の必要性(会社の利益に資すること)
適切な会社補償に係る制度を整備することは、以下のような観点から、会社の利益に資するものと考えられる。
- 1 会社への損害を回避ないし縮減し得ること
- ⑴ 役員等がその職務の執行に関し法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けた場合に、防御活動のために必要十分な争訟費用等をかけられず、適切な防御を行わないことがかえって会社の損害を拡大させてしまう場合がある。
たとえば、①役員等が適切な防御活動を行うことが、会社に対するレピュテーションの維持を含め、会社へのダメージを軽減することにつながること[4]、②実質的に会社の意思決定システムの合理性が問題視されている場合には、会社の管理責任を追及する損害賠償請求と共通の事実関係が問題になり、株主代表訴訟における補助参加の場面と同様、会社と役員等の防御活動が共通となり得ること、③会社と役員等が連帯責任を負い、最終的に会社への求償が可能な場合には、役員が十分な防御活動を行うことにより、ひいては最終的に会社が負うべき責任についても縮減され得ること等が挙げられる。 - ⑵ なお、争訟費用等は、時系列的に、役員等がその職務の執行に関し法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けた当初段階(すなわち役員の責任の有無が判断される前の段階)から生じるため、当初段階から会社が確実かつ適正に争訟費用等を補償することにより役員等の十分な防御活動をサポートすることが、会社の利益に照らしても重要となる。また、争訟費用等の前払いを広く認めることで、役員等の個人的資力の状況にかかわらず、当初段階から十分な防御活動を行うことが可能となる。
- ⑴ 役員等がその職務の執行に関し法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けた場合に、防御活動のために必要十分な争訟費用等をかけられず、適切な防御を行わないことがかえって会社の損害を拡大させてしまう場合がある。
- 2 事前に明確な会社補償契約が約定されていることで役員等が過度にリスク回避的な判断を行うことを避ける効果があること
- ⑴ 個人責任リスクがある事業活動に関して過度にリスク回避的な判断を行わないように、事前(ex ante)に明確な会社補償契約を約定しておくことで、役員等の過度なリスク回避を予防する効果がある。
- ⑵ 事前の明確な補償約定がない場合には、役員等が現にその職務の執行に関し法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受ける局面や当該請求に関して敗訴判決等を受ける局面で、役員等から見て会社が補償をしてくれるのか否か不確定要素が大きいことから、役員等が過度にリスク回避的になる懸念が生じる。
- 3 優秀な人材の確保につながること
- ⑴ 会社の中長期的な価値を高めるためには、国内外に広く優秀な人材を求めることが重要になるが、役員等として巨額の請求を受ける不安を抱えることが、優秀な人材が役員等への就任を躊躇する一因となる。
昨今、企業統治の議論等では、多様性やスキル・マトリックスの一要素として、役員の国際性が例示されることが増えてきている。米国等においては役員等に過失がある場合でも一定の範囲で会社補償が認められているのに対して、日本においては役員等に過失がある場合を会社補償の対象外とすることは、海外から役員等を招聘する際の障害ともなり得る[5]。 - ⑵ かかる不安を払拭するためには、会社補償の約定を役員等の就任条件とすることが有用であり、国内外から優秀な人材を役員等として迎え入れることに資する。
- ⑴ 会社の中長期的な価値を高めるためには、国内外に広く優秀な人材を求めることが重要になるが、役員等として巨額の請求を受ける不安を抱えることが、優秀な人材が役員等への就任を躊躇する一因となる。
四 会社補償に関する欧米の実務状況
日本では2019年改正会社法でようやく会社補償に関する規律が明文化されたが、欧米では従前から会社補償について一定の枠組みと実務が形成されている。概要は末尾別紙1を参照されたい。
五 2019年改正会社法において創設された会社補償契約制度
2019年改正会社法では、会社補償に関する規律が会社補償契約制度として明文化されている。
- ● 2019年改正会社法で会社補償契約制度が導入されたことによって、事前の会社補償契約の締結が一般的プラクティスになっていくものと考えられる。会社補償契約制度を利用することによって、会社が現に補償を実行する際の補償費用の範囲や善管注意義務に関する疑義・不明確性等の実務上の懸念がなく、また、役員側にとっても予見可能性と法的安定性が高いものになるといえる。D&O保険との比較の観点では、会社補償には、保険支払手続を待たずに即時に争訟費用等を支給できること(たとえば、争訟費用等の前払補償[6]については、会社への補償請求のほうが第三者であるD&O保険の保険者への保険金請求より迅速に実施しやすい)、D&O保険でカバーされない範囲を補償できる場合があること等の点で、D&O保険にない有用性がある。会社補償とD&O保険とは車の両輪として機能する(後記[実務上の視点⑩]参照)。
D&O保険が幅広く利用されているのと同様、会社補償も、役員の争訟費用等の確保等の観点で実効性のある制度であって、積極的に利用されるべきである[7]。
- 1 会社補償契約の締結と取締役会決議
- ⑴ 株式会社は、役員等に対して、争訟費用等又は損害賠償金等の全部又は一部を当該株式会社が補償することを約する契約(会社補償契約)の内容を決定するには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない(会社法430条の2第1項)。
- ⑵ 利益相反取引に関する規定(会社法356条1項、365条2項等)及び自己契約に関する規定(民法108条)は適用されない(会社法430条の2第6項・第7項)。
- ⑶ 会社法解釈指針で挙げられていた社外取締役の関与は法定要件とはされていない。もっとも、会社補償契約の内容の決定は、取締役会設置会社では、機関設計を問わず、取締役会決議事項となっている(また、上場会社等においては社外取締役が必置となっている)。したがって、社外取締役がいる取締役会設置会社では、社外取締役が当該取締役会決議に関与することとなる。
- 1 会社法上、「役員等」との会社補償契約の内容の決定に取締役会決議を要するので、監査役と締結される会社補償契約の内容の決定も取締役会決議事項である。これは監査役の報酬の決定が取締役会決議事項ではないのとは異なる。
- 2 会社法上、役員等との会社補償契約の内容の決定に取締役会決議を要するところ、会社補償契約の相手方である各取締役は当該取締役会決議について「特別の利害関係」(会社法369条2項)を有しているという議論がある。たとえば、取締役が15名いる場合、15名全員と統一的内容[8]で締結される会社補償契約の内容を決定する際に、各相手方を外した15個の議案の決議を採るという最も保守的な方法も考えられるが、かかる方法はあまりに迂遠で非効率である。全取締役だけでなく全監査役にも共通する統一的内容の会社補償契約とする場合も多いと考えられ、同じ内容の会社補償契約を締結するのに(取締役の)人数分の決議を重ねて行うことには、実質的にも合理性がない。
(取締役の人数分の回数、実際に付議と決議を繰り返すのではなく)一回の取締役会決議で会社補償契約の内容を決定する方法としては、たとえば、会社補償契約の内容の決定に係る議案の付議時に「これから各役員と締結する各会社補償契約の内容の決定を一括(一回)で決議するが、かかる一括決議は、各会社補償契約について各契約当事者である取締役は特別の利害関係を有する取締役として議決から除外されているという前提で行う。かかる付議方法で異議がないか」を確認した上で、一括(一回)で決議を行う(法的には15個の議案の決議が採られている)ことが考えられる[9] [10]。 - 3 たとえば、X年に任期1年の取締役Aと有効期間1年の会社補償契約を締結している場合であっても、「会社補償契約は、Aが役員等に在任中は、一方当事者から異議が出されない限り、自動的に更新されるものとする」と定められており、X+1年のAの再任にあたって自動更新されるときは、当該会社補償契約の内容に変更がない限り、毎年の取締役会で必ず決議し直すまでの必要はないと考えられる。
X+1年に新たに就任した役員等Bとの間の会社補償契約に関しては、BについてX+1年に取締役会決議を行うことが考えられる[11]。
- 2 会社補償契約制度による補償の実行手続
- ⑴ 会社補償を実行すること自体の決定については、会社補償契約においていわゆる義務的補償を約定するなど、取締役会決議によることを要しないとすることが認められる。個別具体的な事象が生じた段階で会社補償の是非を改めて取締役会に付議することとすると、被補償者である役員の側から見れば、会社補償の要件を満たす場合でも会社補償を受けられる確証がなく、会社補償が十分な担保にならない場合があるためである(たとえば、事後的に経営権が変動することも生じ得る)(後記[実務上の視点④]参照)。
- ⑵ 一定の損害賠償金等について、義務的補償ではなく任意的補償にする会社もあるかもしれない。任意的補償とする場合には、会社補償額の多寡等を踏まえて、たとえば監査役会設置会社において「重要な業務執行」の決定に該当する場合には取締役会決議事項とすることが考えられる(会社法362条4項。なお、監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社については、399条の13第4項・5項、416条1項1号・4項参照)。
- ⑶ 取締役会設置会社において、会社補償契約制度に基づいて会社補償をした取締役及び当該会社補償を受けた取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない(会社法430条の2第4項)。
- ● 会社補償に関する重要な事実の取締役会への報告義務は、利益相反取引に関する報告義務と同様の趣旨であると解されることから、利益相反取引における実務と同様の取扱い[12]とすることが考えられる。争訟費用等については、たとえば、弁護士費用が毎月請求され、毎月支払い(会社補償)が行われる場合がある。こうした場合において、毎月の取締役会で報告を行うことまでは必要なく、対象事案の進捗状況等に鑑みその節目ごとなど、一定の合理的期間ごとに報告を行うことでも、取締役会への遅滞なき報告義務は果たされていると考えられる。また、一定の目安となる金額を(1年間等の)一定期間について設けた上で、当該額を超えない限り、報告頻度を(年に1回等の)当該一定期間ごととすることも合理的であると考えられる[13]。
- 3 争訟費用等の会社補償
- ⑴ 争訟費用等については、通常要する費用の額を超える部分は会社補償の対象とならない(会社法430条の2第2項1号)ほか、当該費用を会社補償した会社が、当該役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的で職務を執行したことを知ったときは、当該役員等に対し、会社補償した金額に相当する金銭の返還を請求することができる(会社法430条の2第3項)。
- ⑵ 費用補償における「通常要する費用の額」は、(条文上も明確に書き分けられているとおり)「相当と認められる」費用の額(会社法852条1項)と同義ではない。「通常要する費用の額」は、事案の内容その他の諸般の事情を総合的に勘案して客観的に必要とされる額を意味すると考えられる。
- ⑶ 「相当と認められる」費用の額は、裁判例等からすると、現に要した費用に比して、相当低額になる場合もあるが、会社補償契約制度においてこうした低額の費用しか「通常要する費用の額」に該当しないと解することは、会社補償契約制度の機能・趣旨を没却することとなり、適切ではない[14]。
- 1 会社補償においては、義務的補償(会社補償契約に定める事由等が生じれば会社は役員に会社補償する法的義務を負う)と任意的補償(会社補償を現に行う時点で取締役会決議等の会社の意思決定を改めて要する)という区分がある。
争訟費用等の会社補償についていうと、会社補償契約制度の趣旨に照らして、義務的補償とすることが合理的な場合が多いと考えられる[15]。任意的補償では、役員の立場からすると会社補償がされる確証が何らないばかりか、補償をする会社側としても法的責任を伴い得る難しい判断となる。また、米国では経営権の交代を契機に旧役員を提訴することが頻発し、その過程で新経営陣が会社補償規則を撤廃する事案も生じたことを受け、訴訟原因となった役員の行為時点で存在している会社補償・費用前払いの権利は事後的に削除・修正できないことが明確にされている[16]。こうした事象は日本でも起こり得ることである。 - 2 なお、どのような場合を会社補償の対象とするのかについては、法定の範囲内で各社が検討することとなるが、義務的補償か任意的補償かにかかわらず、補償対象・範囲の明確性(補償を現に行う際に判断に迷う事態を避けたいという要請)も、実務上の一つの重要な考慮要素となる。
- 4 損害賠償金等の会社補償
- ⑴ 「損害賠償金等」とは、前記の通り、役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における、①当該損害を当該役員等が賠償することにより生ずる損失、②当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときの当該役員等が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失である(会社法430条の2第1項2号参照)。
- ⑵ 損害賠償金等については、①会社が損害を賠償するとすれば役員等が会社に対して会社法423条1項の責任を負う場合における当該責任に係る部分の損失、及び②当該役員等がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があった場合における損失の全部は会社補償の対象とならない(会社法430条の2第2項2号・3号)。
- ⑶ 会社法429条の損害賠償責任に係る損失は、上記⑵を除いて、会社補償契約制度によって会社補償することができる[17]。
- 1 現行法制では、本文記載の通り、会社が損害を賠償するとすれば役員等が当該会社に対して会社法423条1項の責任を負う場合における当該責任に係る部分の損失は会社補償契約制度による会社補償の対象とはならないことが明確である(会社法430条の2第2項2号)[18]。
なお、立法論として、学界では、⑴①米国では不当な財産上の利益を得た場合でないこと等の一定の要件を満たした場合には裁判所命令により会社補償が可能であり、当該会社補償額がD&O保険で補填される対象となっている(会社にとっても経済的損失の補填を実効的に図ることができる)、②①を踏まえ、責任免除と会社補償とは必ずしも同一の機能を有すると見るのではなく、要件や手続きの定め方によっては、対会社責任に関する会社補償も認められるべきである[19]、⑵責任限定契約制度(会社法427条)について(法律で免責要件や免責金額を適切に定め適切な水準の抑止効果を維持しつつ)業務執行取締役も適用対象に含められるべきであるなどの議論もある[20]。 - 2 役員等が会社に対して会社法423条1項の任務懈怠の責任を負うことの立証責任は、当該任務懈怠を主張する側にある。そのため、たとえば、金融商品取引法で取締役に無過失の立証責任が課されている有価証券報告書等の虚偽記載の損害賠償責任(金商法21条、22条、24条の4等)に関し、取締役が投資者に対して損害賠償責任を負った場合でも、取締役が無過失の立証をできなかったことと取締役の会社に対する任務懈怠が立証されたこととは異なるので、当該取締役が会社に対する会社法423条の任務懈怠責任を負う場合に該当するとは限らない[21]。したがって、こうした損害賠償責任額について、会社補償の対象となる場合はあり得る。
- 3 会社と役員の両者が同一事案で第三者から提訴や法的請求を受けている場合において、第三者との紛争を解決する目的等で会社が支払義務者として一括して支払う和解金等が会社補償契約制度の射程外であることについて、後記[実務上の視点⑥]参照。
- 4 争訟費用等については、会社法430条の2第2項2号の制限は存在しない。
- 5 会社補償契約制度における情報開示
- ⑴ 事業年度の末日において公開会社である株式会社は、以下の事項を事業報告で開示する必要がある。
- ①取締役等(取締役、監査役、執行役)と会社補償契約を締結しているときは、会社補償契約の当事者となっている取締役等の氏名(会社法施行規則121条3号の2イ)[22]
②当該会社補償契約の内容の概要。当該会社補償契約によって上記①の取締役等の職務の執行の適正性が損なわれないようにするための措置を講じているときは当該措置の内容(会社法施行規則121条3号の2ロ)
③会社補償契約に基づいて取締役等(当該事業年度の前事業年度の末日までに退任した者を含む。以下本③及び後記④において同じ。)に対して争訟費用等を会社補償した株式会社が、当該事業年度において、当該取締役が当該職務の執行に関し法令に違反したこと又は責任を負うことを知ったときは、その旨(会社法施行規則121条3号の3)[23]
④当該事業年度において、会社補償契約に基づいて取締役等に対して損害賠償金等を会社補償したときは、その旨及び会社補償した金額(会社法施行規則121条3号の4)[24] - ⑵ 役員選任候補者との間で会社補償契約を締結しているとき又は締結する予定があるときには、当該会社補償契約の内容の概要を、役員等の選任議案に係る株主総会参考書類に記載する必要がある(会社法施行規則74条1項5号等)。
- ⑶ 2019年改正会社法及び「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(令和元年法律第71号)の施行等に伴い、企業内容の開示に関する内閣府令が改正され、上記⑴②から④の各事項が、有価証券報告書の記載事項としても追加されている(第2号様式記載上の注意(54)・第3号様式記載上の注意(35))。
- ⑷ 事業報告で開示対象となるのは、会社補償契約制度に基づく会社補償だけである(民法に基づく補償など会社補償契約制度の射程外の補償は対象外である。後記六参照)。
- 1 現在、一般的に行われている各種の和解において会社等が行っている和解金の支払いについて、すべからく会社補償契約制度による開示義務の対象になるとすると、円滑な和解・紛争解決が阻害される懸念が生じ得るが、そのような弊害を惹起させることは会社補償契約制度の企図するものではない。この点は、会社法改正が議論された法制審議会でも明示に問題提起がなされ、たとえば、会社と役員が共に紛争の当事者になっている場合に、解決金として会社から金銭が支払われる場合と会社補償とでは場面が異なるという議論がなされている[25]。
- 2 会社補償契約制度が射程にしているのは、「役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における」損失である。社会における多くの和解は役員が損害賠償責任を負うことを認めるものではない[26]ことから、この要件にそもそも該当しない場合が多いと考えられる。
- 3 また、会社補償契約制度が想定しているのは、役員が「その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合」において、役員が和解金を支払うことにより生じる損失を、会社が補償するケースである。会社と役員の両者が同一事案で第三者から提訴や法的請求を受けた場合で、第三者との紛争を解決する目的等の経営判断で会社が支払義務者として一括して和解金を支払うことは、会社補償契約制度の射程外である(会社補償契約に基づく会社補償が行われているわけではない)と考えられる[27]。当該和解金の支払いは、会社補償契約に基づく義務として取締役の損害賠償責任に係る損失を会社が会社補償したものではなく、会社補償契約制度の射程外であるともいえる[28]。
- 4 以上の点からすると、企業が会社補償契約制度を導入することで、これまで通常行われてきた和解による紛争解決が損なわれるわけではないと考えられる。
六 会社補償契約制度とその周辺
- 1 会社補償契約制度による会社補償契約が締結されていない場合でも、民法の委任契約の規律に基づく補償(会社法330条及び民法650条)を行うこと自体は否定されないと解されている[29]。
- 2 民法は、「受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用…の償還を請求することができる」(650条1項)と規定している。また、「委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない」(649条)と費用の前払規定を置いている。つまり、委任事務処理のための「費用」については、職務執行における「必要性」が認められる場合には、事前の補償契約が締結されていなくても、役員は会社に補償(前払いを含む)を求めることができると規定している。これは「委任は委任者のためにその事務を処理する契約であるが、そのため受任者に損害を生ぜしめないことを要する」という委任の趣旨によるものと考えられている[30]。
- 3 監査役・監査等委員・監査委員については、会社法の規定に基づいた費用償還請求権が存在している(会社法388条等)。これも、会社補償契約がなくても、費用償還を受けることができる類型である(むしろ、個別の会社補償契約によって制限できない費用償還である)。この場合、監査役等の職務執行上の費用について、職務執行に必要でないことを会社が証明しない限り、会社は費用の前払請求や償還請求等を拒むことができないと規定されている。
- 4 民法は650条3項において、「受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる」と規定している。役員等が職務執行のため過失なく受けた損害等については、会社補償契約が締結されていなくても、会社法330条・民法650条の規定に基づいて、役員が会社から補償を受けることは否定されないと解されている[31]。
- 5 役員に過失がない場合[32]の争訟費用等について、会社法330条・民法650条3項の規定に従い、会社は支払義務を負うと考えられる[33]。このような支払いは、会社と役員との間の委任契約に特段の定めがなくても民法の規定が補充的に適用され、会社補償契約制度によらないで行うことが認められる。
また、「損害賠償金等」のうち役員が負担した和解金について、「役員が過失なく損害を受けたとき」(民法650条3項)に該当する場合も同様である。
- 1 会社法における会社補償契約制度は、会社補償契約に基づく会社補償が認められない範囲を明確にしている。民法に基づく補償の場合には(民法の補償の規定は任意規定であることから)当事者間の契約自由の原則が働くものと考えられるものの、他方で、会社法上の会社補償契約制度の趣旨に明白に反する補償は民法に基づく補償としても許容されないと解されるものがあり得る。 いかなる範囲で会社法上の規律が及ぶのかは、解釈論に委ねられている。
- 2 民法の委任契約に関する規律を超えた上積み的な補償を会社が役員等に対して行う場合には、会社と役員等との間で何らかの会社補償契約が存在していると考えられる。たとえば、軽過失の役員等が損害賠償金を支払った場合に会社がその損失を補償すること[34]は、民法の補償規定は無過失で受けた損害だけを補償対象として規定していることから、任意規定である民法の規定を修正する特約を行い、上積みの会社補償を行っていることになる。こうした上積みの会社補償がある場合には、会社法が民法の特別法であることに照らして、会社補償契約制度の規律に服さなければ行えないとする考え方があり得る。
- 3 以下では図表1の各場合に分けて検討する。
- 図表1
会社補償契約に基づく会社補償 会社補償契約に基づかない補償 民法規定からの上積み補償あり A 会社補償契約制度の規律に服する D あり得る(民法に基づく補償の特約など) 民法規定のとおり C 会社補償契約制度の規律に服する B 民法に基づく補償 - ⑴ Aの「会社補償契約制度の規律に服する」の意味は、次のとおりである。 たとえば、損害賠償金等について役員等に軽過失がある場合に補償することは、民法の補償規定から上積みをする会社補償を約したことに該当する可能性がある。その場合、会社補償契約制度の規律に服し、会社法が定める手続規制や情報開示規制等に服することとなる。
役員等に重過失がある場合の損害賠償金等の補償については、会社補償契約制度が重過失の場合の損害賠償金等の会社補償を否定している。この点について、会社法が民法の特別法として規律を行っていると考えると、重過失の場合に補償する補償契約をあらかじめ締結することは認められないことになる。 - ⑵ Bについては、民法の委任の規律に基づく補償であり、会社補償契約制度の規律外(射程外)であると考えられる[35]。 Bの補償は、民法の委任(契約)の規律に基づく補償であり、補償についての特段の新たな約定・契約があって行われるものではないと整理される。
但し、Bの民法の委任の規律に基づく補償の場合、役員等に軽過失がある場合の損害は補償されない(民法650条3項参照)。争訟費用等についても、役員等に過失があることが判決等で明確になった場合に、民法の委任に基づく補償が可能なのかは実務的にも疑義が生じる。他方、AやCなど会社補償契約制度に基づく会社補償を行う場合は、役員側は争訟費用等の会社補償を受けられることとなる。 - ⑶ Cについては、民法が定めている補償と同内容の補償であっても、当該補償が会社と役員との間で事前に締結された会社補償契約に基づいて行うこととした場合、民法の特別法としての会社法の規律(すなわち会社補償契約制度の規律)が及ぶのではないかと考えられる[36]。
- ⑷ Dについては、これまで民法の補償の特約として取り扱ってきた項目の中には、会社補償契約制度の射程外で行われるものもあり得ると考えられる。
たとえば、役員の出張規程において、一定以上の役員は航空機の利用に当たりビジネスクラスやファーストクラスの利用を可能とする(あるいは従業員よりも高いグレード・価格の宿泊施設の利用も可能とする)などの取扱いがあることが多い。かかる出張規程を、たとえば役員等が海外での防御活動等のために出張する際にもそのまま適用することがあり得る。こうした出張規程の適用による費用負担[37]が委任事務の処理に「必要」なのかどうかは微妙な場合もありえ、その場合には民法の委任規定から上積みで支払われていることもあると解されるが、他方で、会社補償契約の規律に服さないとおよそ支払いができないとまで考える合理性にも乏しい。会社補償契約制度が規定する争訟費用等には弁護士費用以外の費用項目も概念的に含まれているところ、弁護士費用以外の費目については、Dの世界でこれまでどおり支払うことができるものもあり得ると考えられる。
4 会社法で規定される公開会社の事業報告における会社補償に関する開示の射程は、会社補償契約制度に基づいて行われた会社補償に限定されている[38]。
なお、民法に基づく補償について、それが「株式会社の会社役員に関する重要な事項」(会社法施行規則121条11号)として事業報告における開示対象となるのかは、ケースバイケースの判断となる。これは2019年会社法改正以前から存在していた論点であり、会社補償契約制度の導入前に特に開示対象とされずに適法に行われてきた態様の民法に基づく補償(図表のBやDの世界)についてまで、新たに開示対象になるものではないと考えられる。 - ⑴ Aの「会社補償契約制度の規律に服する」の意味は、次のとおりである。 たとえば、損害賠償金等について役員等に軽過失がある場合に補償することは、民法の補償規定から上積みをする会社補償を約したことに該当する可能性がある。その場合、会社補償契約制度の規律に服し、会社法が定める手続規制や情報開示規制等に服することとなる。
- 1 会社補償契約制度が想定しているのは、前記[実務上の視点⑥]のとおり、役員等が争訟費用等(役員の職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用)を支払うことにより生じる損失を、会社が会社補償するケースである。同一事由で会社と役員等の両者が提訴・法的請求を受けている場合に、会社が一括してその防御活動を行い(両者に責任がない方向での防御活動であることが通常である)その争訟費用等を負担することは、会社補償契約制度の射程外である(会社補償契約に基づく会社補償が行われているわけではない)と考えられる。
- 2 たとえば、同一事案をもとに第三者から会社と役員等の両者が法的請求や提訴等を受けた場合に、会社と役員等の双方について同一の弁護士Pを会社がリテインする(その前提として、会社と役員等との間に実質的な利益相反がないと判断できる)ケースは、実務的にもよくある。こうしたケースにおいて会社がPの弁護士費用を一括で支払う(役員等には負担させない)ことも、①会社がその事業運営に伴って発生する費用を負担していること、②会社補償契約に基づく義務として役員等に費用補償をしているものではないこと、③会社と役員等との間に利益相反関係がない[39](そのため同一弁護士のPが受任することに問題がない)ことなどから、会社補償契約制度の射程外である(会社補償契約に基づく会社補償が行われているわけではない)と解される場合が多いと考えられる。
- 1 会社補償の外側の世界として、たとえば、報酬の上乗せや相当額の金銭貸付けなどの方法もあり得る。報酬については会社法の報酬規制(会社法361条等)がかかり、役員への金銭貸付けについては、会社法の利益相反取引の手続(会社法356条1項2号、365条1項)を経る必要がある場合があり得るとしても、会社補償の外の世界として実行可能である。
刑事事件における保釈保証金は、会社法上の会社補償契約制度の下での会社補償の対象外であると解されているが、会社法上の利益相反取引の手続を経た上で役員に対して相当額の金銭貸付けを行うことは、会社補償契約制度の規律に反することなく可能(会社補償契約制度の射程外)であると考えられる[40]。 - 2 雇用契約に基づく被用者への補償についても会社補償契約制度の射程外である[41]。
- 3 執行役員は、会社法上の「役員等」に該当しないことから、その者との補償契約は会社補償契約制度の射程外である[42]。
- 4 雇用関係にある者が取締役を兼務している場合、使用人(雇用契約者)としての職務遂行が取締役としての立場での職務執行と明確に切り分けられるのかが論点となる。使用人としての職務遂行であると明確に切り分けられる行為に起因した補償は、会社法上の会社補償契約制度の枠外で行うものと考えられる[43]。報酬と補償とは一種の表裏の関係にあるところ、使用人兼務取締役の報酬について、一定の要件のもと使用人給与分は取締役の「報酬等」(会社法361条1項)に該当しないという現行法の通説的解釈(最判昭和60年3月26日判時1159号150頁参照)は、会社補償についても参考になると考えられる。
- 5 親会社で従業員である者が子会社で取締役である場合、①子会社が会社補償を行う場合は、子会社において会社補償契約制度の規律を受けることとなるが、②親会社が行う補償は、親会社の従業員の職務執行に対する補償であり、会社補償契約制度の射程外であると考えられる[44]。
- 1 会社補償契約制度とD&O保険制度とは、実務的にも車の両輪である。会社補償と比較して、D&O保険においては、①補填すべき損失等の範囲について会社法上の制約規定(会社法430条の2第2項等)は置かれていない[45]、②会社が倒産状態になっても機能し得る、③保険会社という第三者が介在していることに伴う利益相反性の違い等から会社法上の開示規制等に差異が設けられている、④免責事由や免責額、保険金の上限額等が必ず設定され、また保険金の支払請求手続を要する、⑤D&O保険料等の費用がかかる、等の特徴がある。
- 2 会社補償契約制度を導入する場合、既存のD&O保険契約との調整についてもいくつか論点となる事項がある。たとえば、役員側が二重の受益を受けないための調整規定を会社補償契約に規定することとなる。
- 3 D&O保険においては、会社が会社補償を行う場合の保険金支払いの際に、新たな免責額(自己負担額)が適用される場合がある。たとえば、役員等Xの争訟費用等において、会社補償契約制度がない場合にXの争訟費用等が保険で補填されるときの免責額がα円(比較的低額)であるところ、会社が会社補償契約でXの争訟費用等を会社補償の対象とした場合には、当該争訟費用等が当該保険で会社に補填されるときの免責額が(αよりも高額な)β円となる例が海外では見られる。
なお、米国の先端的D&O保険では、①サイドAのD&O保険(役員が支出した額を補償する保険)は被保険者が会社から補償を受けられない場合に限って適用される、②サイドBのD&O保険(会社が役員に補償した補償額を補填する保険)については一定の免責金額が設定される、③役員が会社に補償請求をしてから30日以上経過しても会社が何も行動を起こさない場合には被保険者である役員個人が保険金を受け取ることができる旨の約定が置かれる場合もあるなど、会社補償があってのD&O保険という建付けになっており、また会社補償とD&O保険の補完関係は円滑であるとも紹介されている[46]。
第二部 会社補償契約における実務上の留意点
以下では、会社補償契約を作成する際の実務的な留意点をいくつか述べる。
一 争訟費用等の会社補償
- 1 義務的補償とする場合にはその旨を規定する。「争訟費用等」とは、被補償者(役員等[47])が、役員等としての職務の執行(本契約締結前に行われた職務の執行を含む)に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用である。
補償対象とする争訟費用等の範囲について、民事訴訟、刑事訴訟又は行政手続を問わず、それらの手続において必要となる弁護士その他の専門家に対する報酬、訴訟費用(和解までに生じた費用を含む)、各種調査費用等が「費用」に含まれることを例示することが考えられる。
なお、移動費・出張費等については、役員向けの費用償還規定(出張旅費規程)等がすでに存在していることが多いと考えられるところ、費用項目によっては、こうした既存の民法に基づく補償の取扱いとの関係についても明確にしておく(会社補償契約の射程を明確にしておく)ことも考えられる(前記[実務上の視点⑦]参照)。 - 2 会社補償の対象となる争訟費用等とは、役員等の「職務の執行に関し」責任の追及に係る請求を受けた場合等に必要となる費用である。役員等の地位や職務におよそ関係しない理由又は専ら役員等個人の利益を図るためにされた行為により当該役員等が民事訴訟、刑事訴訟又は行政手続に巻き込まれた場合は、会社補償の対象となる争訟費用等には当たらないと考えられる。
なお、たとえば、役員等がその職務とは無関係に行った自社株売買についてインサイダー取引規制違反の有無が問題となって当該役員等が行政調査等を受けた場合について、米国の判例法では、会社の情報管理体制のあり方に関連しているのであれば、by reason ofの解釈として会社補償の範囲に含まれ、争訟費用等の会社補償の対象に含まれる場合があり得ると考えられている。この点は日本の議論においても一つの参考となろう。 - 3 争訟費用等の補償対象となるのは、「法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処する」場合等に必要となる費用である。役員等が請求を受けた際に、当該請求に対して反訴その他の積極的行動を役員側が採る場合も、請求を受けたことに対処するものとして、争訟費用等の補償対象になり得ると考えられる(ちなみに米国ではin defendingの解釈論となる)[48]。
- 4 会社が被補償者を会社法423条を根拠に提訴する場合や被補償者が会社を提訴する場合の争訟費用等は、①会社補償の対象外とすることや②米国のようなchange in controlに備えた手続規定(別紙1の7参照)を入れた会社補償とすることなど、別異の取扱いとすることも考えられる。なお、株主代表訴訟に至った場合の役員側の争訟費用等を会社補償の対象とする場合には、その旨を明記しておくことも考えられる[49]。
- 5 会社補償契約は役員在任中に会社と締結されるものであるところ、会社補償契約締結前の職務執行に係る請求[50]等も会社補償の対象とする場合にはその旨を規定する。
また、役員在任中に請求等を受けた場合だけでなく、役員退任後に請求等を受けた場合についても会社補償の対象とするのか[51]、明確にすることが考えられる。 - 6 役員等からの会社補償請求のプロセス、会社補償請求に要する書類等、適式な請求があってから会社補償を支払うまでの日数等、会社補償手続についても規定することになろう。
争訟費用等の前払いが可能であることは、会社補償の世界においてきわめて重要である。会社補償請求の書面には、被補償者において合理的に入手することができ、当該費用の前払いの必要性及びその範囲を判断するために合理的に必要な書類及び情報を含めることが考えられる[52]。なお、会社補償請求時の提出書類として、弁護士と依頼者との間の秘匿特権等を侵害するおそれのある内容を含む書類又は情報までは提出を求めるべきではない。前払いは、被補償者を代理して当該費用を支払う方法も、被補償者に対して当該費用を支払うに足りる金員を事前に交付する方法も考えられる。
会社補償される争訟費用等の範囲は「通常要する費用」であるが、会社補償契約で定められた会社補償請求手続を経ることをもって通常要する費用である旨が満たされるプロセスを設計しておくことで、会社補償の実務はより円滑に行われることとなる。 - 7 会社補償請求を行う可能性が生じた場合には、役員等はその時点で、利益相反等の特段の支障がない限り、その概要等を会社に対して事前に連絡する旨を規定することも考えられる。また、役員等への法的請求について、会社側が正当な理由により会社自身においても対応等を検討する必要がある場合に、役員等側が必要な協力等を行う旨を規定することも考えられる。
- 8 会社と役員等の両者が同一事案で提訴・法的請求を受けている場合に、会社がその解決のために一括してその防御を行い争訟費用等を負担することは、会社補償契約制度の範囲外で行うことができる(前記[実務上の視点⑧]参照)。また、役員等のみが提訴されている事案でも、会社が訴訟参加したり、役員等が合意した弁護士とともに役員等の防御活動等を承継する場合も考えられる。こうした場合における争訟費用等の取扱いの調整規定を置くことも考えられる。
- 9 会社補償を受けた取締役と会社補償を行った取締役は、遅滞なく取締役会に当該会社補償についての重要事実を報告する義務がある(会社法430条の2第4項)。
争訟費用等は、役員等に悪意又は重大な過失が認められる場合であっても会社補償が認められる一方、役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的で職務を執行したことを会社が知った場合には、当該会社は、会社補償した金額に相当する金銭の返還請求を行うことができる(会社法430条の2第3項)。重要な点において役員等から虚偽の説明があった場合等を含め、争訟費用等について一定の返還義務規定を置くことが考えられる。 - 10 会社補償とD&O保険との関係について言及しておくことも考えられる。会社補償契約とD&O保険契約の填補対象との関係は様々であり(国によってもD&O保険契約の内容は異なる)、自社が加入しているD&O保険契約の内容を踏まえて、会社補償の具体的な方針を検討する必要がある。会社補償契約に基づく会社補償の対象となる争訟費用等がD&O保険でも填補対象とされている場合には、自社のD&O保険における規定ぶりを踏まえ、二重払いとならないアレンジを行うこととなる。
また、会社が加入するD&O保険との関係での役員側の一定の協力義務を規定することも考えられる。
二 損害賠償金等に係る損失に関する会社補償
- 1 「損害賠償金等」についても、義務的補償とする場合にはその旨を規定する。「損害賠償金等」とは、被補償者が、役員等としての職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における、①当該損害を被補償者が賠償することにより生ずる損失、及び②当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立した場合における、被補償者が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失である。
- 2 「損害賠償金等」に該当する和解金については、和解に至った背景事情や和解内容が様々であることから、会社による会社補償を見越した安易な和解を誘発しないことや適正な利益相反管理措置をとるといった観点等も踏まえ、①会社側[53]の事前同意を必要とする(この場合には、仮に義務的補償の建付けを採っていたとしても、当該和解金が会社補償の対象となるためには会社側の同意を要するため、会社が同意をするか否かの判断を通じて会社補償の対象とするか否かを判断することになる点で、実質的には義務的補償とはいえないことになる)、②裁判手続又はそれに準ずる公的手続において行われるものに限定するなど、一定の歯止めを設けておくことが考えられる。
- 3 役員等が納付しなければならない罰金や課徴金は、罰金や課徴金を定めている各規定の趣旨を損なう可能性があるため、会社補償の対象とはならない旨を明記しておくこととなろう。なお、特別法の規定に基づく損害賠償責任[54]に係る損失についても、これらと同様、各規定の趣旨を損なうかどうかという観点から会社補償の対象となるかどうかを慎重に検討する必要がある[55]。
- 4 ①会社が当該損害を賠償するとすれば当該被補償者が会社に対して会社法423条1項の責任を負う場合における、当該責任に係る部分の損失、及び②当該被補償者がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより責任を負う場合における、当該損害を当該被補償者が賠償することにより生ずる損失の全部は、会社補償の対象から除外することとなる。なお、②の重過失か否かについて、当該損害賠償等を命じた判決等では明示されないことがあり得るが、たとえば法律専門家の意見を適正に聞いた上で行われた会社補償であれば、当該会社補償を現に行った関係役員等に善管注意義務違反等が問われることはあまり考えられないであろう。
- 5 会社補償対象事由の時期に関する事項(前記一6)や会社補償請求手続に関する点は、争訟費用等の会社補償における留意点の箇所参照。
会社補償請求を行う可能性が生じた場合には、利益相反等の特段の支障がない限り、役員等はその概要等を会社に対して事前に連絡する旨を規定するなどの点も、争訟費用等の会社補償契約と同様である。なお、損害軽減に向けた役員等側の努力義務(best efforts)を規定することも考えられる。
会社補償を行った範囲内で、会社が役員等の求償権について役員等に代位する規定を置くことも考えられる。また、第三者のためにする契約(民法537条)に該当しない旨の規定を置くことも考えられる。 - 6 その他、契約上の一般条項(契約期間や解除条項等、準拠法・管轄、情報取扱い等)の規定も置かれることが通常であろう。
別紙1
(参考)欧米の会社補償制度の状況
欧米では従前から会社補償について一定の枠組みが整備されている。日本企業についても、優秀な役員人材を確保するため、役員就任環境における欧米とのイコール・フッティングは重要となる。欧米の状況は国・地域ごとに異なるが、以下では会社補償について議論が最も活発な米国[56]の状況について説明する。
- 1 米国では多くの州において、会社補償を行うことが明示的に認められている。
デラウェア州会社法(Delaware General Corporation Law。以下「DGCL」という)145条や多くの州が採択しているModel Business Corporation Act 8.50-8.59条等においても、会社補償に関する規定が置かれている。その上で、会社補償に関する付属定款(bylaws)規定が置かれたり、役員が会社との間で会社補償契約(以下「米国会社補償契約」という)を締結することが多い。具体的な付属定款規定を置いたり米国会社補償契約を締結したりすることによって、会社が事後的裁量によって支払いを拒否する余地を減らし、役員が確実に会社補償を受けられる仕組みが整備されている状況にある。 - 2 DGCL上の会社補償に関する規定では、付属定款、契約又は株主若しくは利害関係のない取締役の投票等により別途与えられる会社補償を否定するものではないとされており(DGCL145条(f)項)、公序等による制約に服する[57]ものの、補償範囲の拡大等が認められると解されている。実務上も、役員保護の観点から確実かつスムーズに役員に対する会社補償が実施されるように、米国会社補償契約において、各種立証責任の転換(役員側ではなく会社側が立証責任を負う等)等様々な工夫がなされている。
- 3 DGCLでは、役員の地位を理由とする訴訟その他の手続(会社による又は会社の権利における訴訟を除く)に関連して役員が現実的かつ合理的に負担した、①損害賠償金・和解金及び罰金並びに②弁護士費用を含む費用[58]について、当該役員が誠実に(in good faith)かつ会社の最善の利益となる又はそれに反しないと当該役員が合理的に信じた方法で行為した(加えて、刑事手続に関しては、当該役員の行為が違法であると信じるべき相当な理由を有しなかった)と認められる場合(以下「役員誠実行為要件」という)に限り、補償が可能である(DGCL145条(a)項)。
- 4 ただし、注意すべきは、役員誠実行為要件は、判決、和解、有罪判決、又は不抗争の答弁等により訴訟その他の手続が終結したとしても、そのことをもって要件を充たしていないと推定されるものではないとされていることである(DGCL145条(a)項)。すなわち、有罪答弁をしたことをもって、会社補償を行うこと自体が否定されるものではないと解されている[59]。
米国会社補償契約においても、一般に、役員誠実行為要件は充足しているものと推定する規定が置かれており、これを会社側が覆す立証責任を尽くさない限り、役員は補償を受けることができる状況にある。 - 5 役員誠実行為要件を充足している場合に会社補償が「許容される」(任意的補償)のではなく「義務づけられる」(義務的補償)と規定される米国会社補償契約も多く、DGCLよりも役員をより保護した会社補償実務となっている。
すなわち、米国会社補償契約では、一般に、①補償請求者が訴訟等の当事者であった/である/となるおそれがあること、②補償請求者が会社の取締役、役員、従業員又は代理人(以下「取締役等」という)である/であった事実又はその会社の要求により他の会社等の取締役等として服務している/していた事実を理由としていること(by reason of)[60]の要件を満たした上で、③補償請求者が当該訴訟等に関連して現実的かつ合理的に費用等を負担した場合には、裁判においていわゆる“bad faith”に基づくものであった旨が認定されていない限り、役員誠実行為要件の充足が推定され、会社側が役員誠実行為要件を満たしていないと反証できない限り、役員は会社補償を受ける権利があるという建付けとなっている。 - 6 役員誠実行為要件の充足を個別事案において判定するに当たっては、DGCLは以下の①から④のいずれかの手続(以下「米国補償決定手続」という)による必要があると規定している(DGCL145条(d)項)。
- ① 訴訟その他の手続の当事者ではない取締役の過半数(定足数を下回ってもよい)による決定
② ①の取締役のうち、その過半数(定足数を下回ってもよい)で指名された取締役で構成された委員会による決定
③ (①の取締役がいない又は①の取締役がその旨指示した場合)独立法務顧問の意見書による決定
④ 株主による決定 - ①ないし④の米国補償決定手続のうち、いずれの手続を採用するのかについても、一般に米国会社補償契約で明記される。ただ、④が採用されることはほとんどない状況にある(時間・コスト・手続的負担が重く、迅速に会社補償を受けたい役員の保護に反するためである)。
前記4のように役員誠実行為要件が推定される旨の規定や、後記8のように一定の期間内に米国補償決定手続を実施しない場合には補償することが適正である旨決定されたものとみなす旨の規定が米国会社補償契約上置かれていることが多い。そのため、役員誠実行為要件の推定が働き会社が当該推定に対して反証しない場合は、(補償することが適正であることについても会社に異論がないと考えられるため)米国補償決定手続の個別の判断を経ることなく役員が補償を受けられることになり、会社側が当該推定に対して反証しようとする場合においてのみ、上記の米国補償決定手続が現に実施されることとなる。 - 7 米国会社補償契約では、経営権の移転(いわゆるchange in control)が生じた場合に備えた規定が置かれることが多い。
これは補償を現に受ける段階では経営陣が補償対象となる役員の就任時点とは異なっていることが多いことから、就任時に明確で適正な補償約定を行っておかないと補償を受けられない懸念が役員側にあるためである。
経営権の移転が生じた場合に備えた米国補償決定手続としては、会社補償を求める役員が①訴訟その他の手続の当事者ではない取締役の過半数で決定すること等を明示的に要請しない限り、②独立法務顧問の意見書により決定することが多い。 - 8 訴訟その他の手続が最終的に確定した後は、会社は、実務上可及的速やかに補償すべきか否かの判断をする必要がある。
米国会社補償契約では、会社が一定の期間内(たとえば、役員による会社補償の申請書受領後30日以内等)に米国補償決定手続を実施しない場合には、補償することが適正である旨決定されたものとみなすとの規定が置かれることが多い。こうしたみなし規定があることによって、役員側からすると、米国補償決定手続が引き延ばされることで会社補償を事実上受けられないという事態を避けることができる。会社側としても、補償することが適正であることに異論がないような事案については、米国補償決定手続の開催を省略することもできる。 - 9 訴訟その他の手続に関連する費用に対する補償は、損害賠償金に対する補償よりもさらに広範に行われている。
- ⑴ 第一に、当該役員が訴訟その他の手続において勝訴した場合には、その勝訴の限度で、その勝訴に関連して現実的かつ合理的に負担した弁護士費用を含む費用の補償が義務づけられている(DGCL145条(c)項)。
- ⑵ 第二に、当該役員が訴訟その他の手続において勝訴した場合でなくても、現実には訴訟その他の手続に関連して現実的かつ合理的に負担した弁護士費用を含む費用を会社が事実上、義務的に補償している状況にある。
これらの費用の大半は、現実には前払いで支払われる。DGCLでは、補償を受ける権利を有しないと判断された場合には返還する旨の確約書(undertaking)を差し入れることを条件として、訴訟その他の手続における防御のための費用について[61]会社が訴訟手続終結前に補償することが許容されている(DGCL145条(e)項)。そして、現実の米国会社補償契約では、一般に、防御のための費用の前払いは任意的補償ではなく義務的補償として規定されている。
その上で、最終的に訴訟において勝訴した場合でなくても、undertakingが履行されて防御のための費用の償還を役員から受ける場合は、現実には極めて限定されている。前記4のとおり、米国会社補償契約においては一般に、役員誠実行為要件は充足しているものと推定する規定が置かれている結果、前記6の米国補償決定手続を会社側が要請した上で、役員誠実行為要件を満たしていない旨を立証できない限り、会社はundertakingの履行を役員に求められないことになるからである。
- 10 会社による又は会社の権利における訴訟において防御又は和解に関連して現実的にかつ合理的に負担した費用についても、衡平法裁判所又はその訴訟が提起された裁判所が、申立てにより、有責の判決にもかかわらずその事件の全ての状況に鑑み、当該役員が補償を受ける権利を公正かつ合理的に有すると判断した場合には、衡平法裁判所又は当該他の裁判所が適正と認める限度で補償が可能である(DGCL145条(b)項)[62]。
凡例
法務省パブコメ回答 | 法務省「会社法の改正に伴う法務省関係政令及び会社法施行規則等の改正に関する意見募集の結果について」(2020年11月24日) |
中間試案補足説明 | 法務省民事局参事官室「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案の補足説明」(2018年2月) |
第18回議事録 | 法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会第18回議事録 |
一問一答 | 竹林俊憲編著『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務、2020年) |
会社法コンメンタール | 落合誠一編『会社法コンメンタール8-機関(2)』(商事法務、2009年) |
江頭 | 江頭憲治郎『株式会社法[第8版]』(有斐閣、2021年) |
竹林ほか座談会 | 竹林俊憲ほか「座談会 令和元年改正会社法の考え方」別冊商事法務454号79頁 |
神田ほか座談会 | 神田秀樹ほか「座談会 『会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する要綱』の検討」ソフトロー研究29号(2019年8月)21頁 |
後藤 | 後藤元「会社補償・D&O保険」「法の支配」199号69頁 |
田中 | 田中亘「令和元年改正会社法の意義と概要」東京株式懇話会会報第833号2頁 |
邉 | 邉英基『会社補償 Q&Aとモデル契約』(商事法務、2021年) |
太田=野澤 | 太田洋=野澤大和編著『令和元年 会社法改正と実務対応』(商事法務、2021年) |
山越 | 山越誠司「会社補償とD&O保険の発展の方向性」商事法務2261号40頁 |
[1] なお、会社法解釈指針が言及していた会社補償は、会社と役員とが補償契約を締結することを前提にしていたところ、2019年会社法改正で会社補償契約制度が正面から規定されたため、会社法解釈指針が規定していた各種要件も2019年会社法改正により上書きされたものと考えられる(たとえば、社外取締役全員の同意等は補償契約締結の手続における要件ではなくなったなど)。
[2] 内容の詳細については、原指針案を参照されたい。
[3] 言うまでもないが、本指針案は、2019年改正会社法の公的な解釈を示すものではない。
[4] 不祥事の存在が疑われる場合には、会社としては速やかに事実関係を把握し、必要に応じて規制当局に自ら事実を報告し、それによって会社の受ける損害をコントロールすることが望ましい。しかしながら、このような被疑案件の自主申告によって個人である役員等も行政調査等の対象となり、その防御のための経済的な負担が個人である役員等にすべて帰せられるとすると、会社の最善の利益の実現と役員等の個人的利益との間に対立が生じ得ることとなる。会社補償によって、役員等の経済的負担を一定程度軽減することは、こうした会社と役員等の利害対立を抑止し、結果として会社の利益に資することとなる。
[5] 一問一答106頁参照。現行の民法の委任契約に基づく補償では、役員等に過失がある場合に利用されづらいなどの難点がある。
[6] 前払いは、被補償者を代理して当該費用の請求書を会社が直接受領して支払う方法や、被補償者に対して当該費用を支払うに足りる金員を事前に交付する方法などが考えられる。
[7] 山越・42頁参照。
[8] ここでいう統一的内容とは、①各役員について契約内容が同一である場合だけでなく、②(役員報酬における役職ごとに固定報酬額が異なる報酬テーブルと同様)役職ごとに補償上限が異なる補償テーブルが定められている場合なども含めた、ひな型のような統一的内容である場合を指している。
[9] ①現在及び将来の取締役の全員を被保険者とするD&O保険契約の内容の決定について、取締役全員が当該取締役会決議について共通の利害関係を有していることから、被保険者の取締役も決議に加わることができるという考え方(一問一答144頁、会社法コンメンタール158頁[田中亘]など)が実務でもとられているところ、会社補償契約の内容の決定についても、上記のように全役員に統一的内容である場合にはD&O保険契約の内容の決定の場面と利害状況が異ならないと考え、D&O保険契約の内容の決定と同じ方法で取締役会決議を行うことも考えられる。②なお、簡便法による取締役会決議の取得についての議論として、たとえば日本取引所金融商品取引法研究第19号(2021年7月)106頁[洲崎博史発言]など。
[10] 特別利害関係人は議長を務めることができないとの見解もあることから(会社法コンメンタール298頁[森本滋]参照)、取締役会の議長を務める取締役Aとの会社補償契約については、取締役Bが議長を務めるという前提で付議することについても確認しておくことも考えられる。
[11] なお、X年の取締役会決議で将来の役員等まで含む形で統一的内容の会社補償契約に係る承認決議をとっている場合であって、X+1年に新たに就任した役員等Bとの間で統一的内容どおりの会社補償契約を締結する場合には、Bとの会社補償契約についてもX年の取締役会決議において承認が得られていると考えることも可能であろう。D&O保険契約の取締役会決議における従前からの取扱いも同様である。
[12] 利益相反取引の報告義務について、たとえば会社法コンメンタール241頁[北村雅史]参照。
[13] 利益相反取引の事後的報告についても、同様の実務的事例がある。
[14] 後藤・73頁は「役員等に対する責任追及は事案ごとの個別性が強いとすれば、『通常』という文言のニュアンスにあまり囚われるべきではないと思われる」、「役員等の萎縮の防止という制度目的からは、防御活動の必要性を厳密に審査すべきではないと思われる」と述べている。
[16] 2009年のデラウェア会社法145条f項の改正。会社補償実務研究会「会社補償の実務」(商事法務、2018年)147頁[山中利晃]参照。
[17] ⑴ 神作裕之ほか「座談会―令和元年会社法改正」法の支配199号37頁以下の議論参照(野村修也発言等)。会社補償における「重過失」は、会社が役員に対して補償するかどうかの話なので、会社法429条の「重過失」概念よりも、会社法425条等の「重過失」概念のほうが論理的に近い。そうした点を踏まえると、役員に対する萎縮効果の防止という会社補償契約制度の趣旨からは会社補償を認めるべき場面もあり得ることから、会社補償契約制度の重過失(会社法430条の2第2項3号)は会社法429条の重過失と同一と考えるべきなのか、事案ごとの個別判断となるという考え方もあり得るところである。なお、学説の中には、現在の会社法429条について、①その射程を直接損害に限定すべき(会社法429条を取締役の軽過失による不法行為責任を免責する規定と理解する)との議論や②立法論として不要であり廃止すべき(直接損害事例については不法行為責任、間接損害事例では債権者代位権を通じた解決で足りる)などの議論もある(議論の詳細については、たとえば高橋陽一「役員等の対第三者責任」論究会社法(有斐閣、2020年)157頁以下など)。
⑵ 会社補償における重過失概念はその性格・機能に照らすと、429条の重過失のほうではなく、425条から427条の重過失概念に沿った解釈が適切ではないかという議論にも説得力があると考えられる。
[18] なお、たとえば責任限定契約を締結している非業務執行取締役Yが会社法423条1項の責任として責任限度額(たとえば200とする)を超える額(たとえば500とする)の損害賠償責任を会社Xに対して負うことが判決等で確定した場合、YがXに対して200しか支払わないこと(300を支払わないこと)は責任限定契約の効果によるもの(当該300はXがYに元々責任追及できないもの)であり、YがXに支払わない300は会社補償の規律(損失等の会社補償としての開示を含む)の対象外であると考えることが合理的である。
[19] 和田宗久「会社法改正と会社補償・D&O保険法制のあるべき姿」企業会計69巻10号117頁など。
[20] 高橋陽一「会社補償および役員等賠償責任保険(D&O保険)」別冊商事法務454号154頁、張笑男「取締役の責任軽減制度のあり方に関する考察―責任限定契約方式の適用対象を中心に」川濱昇先生・前田雅弘先生・洲崎博史先生・北村雅史先生還暦記念 企業と法をめぐる現代的課題(商事法務、2021年)349頁以下など。
[21] 江頭・486頁
[22] ①は会社補償契約の当事者となっている役員名であり、現に会社補償を受けた役員名は③④でも開示対象となっていない。
[23] 費用の会社補償を受けた会社役員の氏名を事業報告に記載する必要はない。なお、法務省パブコメ回答は、当該事業年度において、当該会社役員の職務の執行に関し、「法令の規定に違反したこと」又は「責任を負うこと」のいずれを知ったのかを明らかにして記載することが相当であるとしている。
[24] 法務省パブコメ回答によれば、①損害賠償金等の会社補償を受けた会社役員の氏名や損失の具体的内容を開示する必要はないが、②損害賠償金と和解金のいずれを会社補償したかを明らかにして記載することが相当であるとしている。
[25] 第18回議事録10-11頁〔小林俊明委員発言〕参照。
[26] こうした和解の場合、役員が対会社との間で観念すべき内部負担割合も存在しない場合が多いと考えられる。
[27] 神田ほか座談会84頁[神田秀樹発言]、第18回議事録11頁〔竹林俊憲幹事発言〕参照。邉・63頁(Q50)や太田=野澤・237頁[太田洋]等の議論もある。
[28] 関連する議論として、田中・17頁、後藤・72頁など。
[29] 中間試案補足説明32頁、竹林ほか座談会99頁以下など参照。
[30] 幾代通=広中俊雄編『新版注釈民法(16)債権(7)』(有斐閣、1989年)269頁[明石三郎]参照。事務処理の過程で受任者に生じる不利益等を填補する委任者の責任といえる(山本豊編『新注釈民法(14)債権(7)』(有斐閣、2018年)308頁[一木孝之]参照)。
[31] 一問一答107頁。
[32] 役員に何らかの過失がある場合に、役員の争訟費用等がおよそ民法等の規律に従い補償できないのかは解釈論となる。役員の職務執行の一部分に過失があったからといって、当該職務執行に関連した争訟における役員の争訟費用等の全体が「委任事務を処理するのに必要と認められる費用」等におよそ該当し得ないことになると一概には結論づけられないと考えられるが、いずれにしても個別具体的な事実関係次第の解釈論となる。
[33] 会社法解釈指針脚注20、会社法コンメンタール153頁[田中亘]など。なお、会社補償契約制度の趣旨に鑑み、補償対象は通常要する費用の額と考えておくことが適切であろう。
[34] たとえば、一問一答118頁は、従業員の業務上の事故等について、従業員の適正な労働条件の確保について取締役に軽過失での不法行為責任(民法709条)が認められる場合、取締役が賠償した損害賠償額について会社補償を行うことは可能であるとしている。
[35] 竹林ほか座談会・100頁[竹林俊憲発言]では、改正会社法の会社補償契約制度によらないで、たとえば会社法330条・民法650条に基づき補償する場合、あるいは契約を結ばないで補償する場合については、必ずしも会社補償契約制度が要請する開示義務等は及ばないと説明されている。なお、Bの補償を役員と約して行うことも、委任の規定の下での費用償還等に関する契約として認められると考えられる(竹林ほか座談会・100頁[神田秀樹発言])。
[36] BやDの民法の委任の規律に基づく補償の世界を明確に残しておきたい実務上の要請があるのであれば、締結される会社補償契約においてその旨(BやDの民法の委任の規律による補償は、当該会社補償契約の射程外である旨)を確認的に規定しておくことも考えられる。ただ、たとえば争訟費用等については、会社補償契約制度による補償のほうが民法の委任の規律に基づく補償よりも補償の可否等が明確であり、また開示が要請される対象も「会社補償契約に基づいて取締役等に対して争訟費用等を補償した会社が、当該事業年度において、職務の執行に関し、当該取締役等が法令に違反したこと又は当該取締役等に責任があることを知ったときは、その旨」等に限定されていることなどから、民法の委任の規律に基づく補償を会社補償契約制度の射程からあえて外しておく実務上の要請はあまり大きくないのかもしれない。
[37] これらの類型は、会社が直接購入・費用負担して進められることが一般的には多いと思われるが、役員等が先に購入・費用負担して会社に支払いを求める場合もあり得る。
[38] 竹林ほか座談会・100頁[竹林俊憲発言]。学界における議論として、たとえば神田ほか座談会86頁[藤田友敬発言]。
[39] 特に、会社も役員等も共に責任を否定する方向で対応している場合、利益相反関係がない。会社補償契約制度は、会社補償が会社と取締役との利益相反取引に該当することを前提に、一定の要件のもとで利益相反取引規制の適用を排除しているところ、そもそも会社と取締役との間に利益相反性がない態様においては、会社補償契約制度の規律の前提を欠いている。
[40] 一問一答116頁参照。
[41] なお、雇用契約に関連して、近時、最高裁判所にて、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、使用者の事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるとする判断が示されている(最判令和2年2月28日民集74巻2号106頁)。この最高裁判例は、被用者から使用者に対する逆求償が認められることを明確にした判例である。「不法行為等に基づく損害は、本来、不法行為を行った被用者が全額賠償すべきであって、使用者(会社)には負担部分はなく逆求償は認められない」という伝統的見解を否定した面がある。舟橋伸行「被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合における被用者の使用者に対する求償の可否」ジュリスト1553号89頁参照。
[42] 執行役員が取締役を兼務している場合、執行役員としての立場での職務執行と取締役としての職務執行とが切り分けられるかが論点となる。
[43] 使用人兼務取締役について、使用人としての行為に起因して生じた争訟費用等や損害賠償金等の補償を含めて、1つの会社補償契約で手当てすることも可能であると考えられるが、その場合も同様である。
[44] また、親会社の役職員ではない子会社の役員に対して、親会社が補償する場合もあり得る(特に海外子会社側がこうした補償を親会社に対して求めてくる事例がある)。かかる場合は、親会社が補償を行う正当性(インセンティブ付けなど)についての検討を行うこととなる。
[45] たとえば、会社補償で補償されない対会社の損害賠償責任がD&O保険でカバーされ得る。
[46] たとえば山越・42頁等。
[47] 会社補償契約制度の射程となっている、会社法上の「役員等」を意味する(会社法423条1項)。この点は会社補償契約の最初に置かれる定義規定等で明確にしておいた方がよいだろう。
[48] 他方、会社補償契約により争訟費用等が会社補償されることを奇貨として役員等が不当訴訟等を行う場合は、会社補償の対象となる争訟費用等には当たらないと考えられる。
[49] 中間試案補足説明において、争訟費用等について、「株主が会社法第847条第1項に規定する責任追及等の訴えを提起する場合や、株式会社が当該責任追及等の訴えを提起する場合も、会社補償の対象となる。これは、会社補償の趣旨からすれば、株式会社による責任の追及の場合であっても、第三者又は株主による責任の追及の場合と同様に、株式会社が役員等が防御活動に要する費用を補償することを予め約することができる余地を認めるべきであると考えられるからである」と解説されている。
[50] なお、役員等に就任する前の職務執行について行われた請求等は、役員としての職務に関連しない限り、会社補償契約制度の射程外である。
[51] 対象とする場合に、請求期間に期限を設けるか否かも検討対象となり得る。
[52] 米国での会社補償契約では、さらに確認的に、「被補償者は、費用等の前払いを受けるに際して、適用ある役員誠実行為要件(すなわち、当該役員が、誠実にかつ会社の最善の利益となる又はそれに反しないと当該役員が合理的に信じた方法で行為した(加えて、刑事手続に関しては、当該役員の行為が違法であると信じるべき相当な理由を有しなかった)と認められること)を満たす必要はない」と規定されている例も多い。
[53] ①の場合に会社側で同意を行う担当取締役が被補償者でもある事案の場合には、異なる担当取締役等を指定しておくことが考えられる。利益相反解消のため、会社補償委員会を設置してその判断によるとすることも考えられる。
[54] たとえば、分配可能額を超えた分配に関する責任(会社法462条)や金融商品取引法上の短期売買利益の返還義務(金融商品取引法164条)等が考えられる。これらを会社補償の対象とするのか否かについて、会社補償契約で明確にしておいたほうが(補償判断時点での不明確性を防ぐ意味から)望ましいのだろう。
[55] 以上につき、中間試案補足説明34頁参照。
[56] 英国では、会社法(Companies Act 2006)234条(適格対第三者補償規定 / Qualifying third party indemnity provision)、235条(適格年金スキーム補償規定 / Qualifying pension scheme indemnity provision)の場合に、会社補償が認められる。また、会社による争訟費用等の前払いに類似した効果を生じさせるものとして、会社による役員への金銭の貸付けの規定が置かれている(英国会社法205条)。
[57] いかなる補償の拡大も可能というわけではなく、DGCL145条で許容される範囲内であることが求められる。
[58] 損害賠償金・和解金とは異なり、費用については、会社による訴訟に関連して負担したものであっても、補償の範囲に含まれ得る(DGCL145条(b)項)。
[59] Maiss v. Bally Gaming International, 1996 U.S. Dist. LEXIS 18926 (E.D. La. Dec. 12, 1996)。
[60] by reason of の要件は訴訟その他の手続と役員の権限との間に条件関係(“but-for” connection)があるというだけでは充足せず、因果的関連性(nexus or causal connection)が認められることに基づき役員に対して提起された損害賠償請求等がこの要件を充足すると解されている。by reason of の要件の解釈についてはいくつか裁判例がある。
[61] DGCL145条(e)項はin defendingと規定している。
[62] 米国では、株主(及びその代理人弁護士)から会社や役員に対する濫訴防止のため、「原告が勝訴しなかった場合の被告側弁護士費用等を、原告株主側に負担させる付属定款条項を定めること」の当否が議論となっているほどである。関連する論稿として、たとえば熊代拓馬「被告側弁護士費用を敗訴原告へ移転させる付属定款規定の無効」商事法務2250号56頁。