Legal as a Service (リーガルリスクマネジメント実装の教科書)
第1回 変える、「法務=コストセンター」説(1/2)
Airbnb Japan株式会社
渡 部 友一郎
合同会社ひがしの里・セガサミーホールディングス株式会社
東 郷 伸 宏
©弁護士・グラフィックレコーダー 田中暖子 2023 [URL]
序章 はじめに
1 本連載の実現したい願い
本連載は「より良い法務サービス」を願うすべての法曹・法務パーソン、さらに企業のビジネスパーソンのために執筆されています。
本連載は、各記事の読了により、法務部門に共通しうる悩み(課題)を言語化して特定できます。その上で、この問題について、批判を加えるのではなく、「誰もが抱えうる共通の問題」という温かい認識を持ち、解決の糸口を筆者・読者一体となって探します。
各記事は、読者の皆さまが「良い!」と思ったら、社内でもすぐに共有できる工夫を凝らしました。たとえば、グラフィックレコーディング(グラレコ)という手法を記事に取り入れました。田中暖子弁護士(京都弁護士会)の温かみのあるグラレコを通じて、記事全体を把握できるようにしています。
2 読者へのコミットメント
本連載の執筆に際し、編集部を含む執筆チーム全体で「パーパス」を議論しました。
私たちのパーパスは、「筆者・読者一体となって解決の糸口を発見」することです。逆に、「パーパス」から外れた態度も確認しました。それは、誰もが”Good Intention”(善良な意思)を持って取り組んでいるという事実を見逃し、「古い・遅れている」という言葉で切り捨ててしまう態度です。それは私たちが目指すものではありません。
第1講 変える、「法務=コストセンター」説(1/2)
1 共通の悩みの特定
今回取り上げる私たちに共通する悩みは、「法務=コストセンター」という社内や依頼者の空気感です。
私たちが所属する企業の法務部門は多種多様です。会社の業種(規制業種)、経営陣の法務部門に対する認識、法務部門の歴史により、会社内での「立ち位置」も異なります。しかし、仮に、会社の空気感が「法務なんて(所詮)コストセンターだろ」というものであった場合、「法務=コストセンター」は、法務の職務満足感や、法務が経営に貢献できる機会を奪うおそれがあります。
2 共通の悩みの分析
(1)法務部の努力不足説
「法務=コストセンター」という空気感は、法務が経営に貢献してこなかった結果である。そのような厳しい批判を唱える方もいるかもしれません。
しかし、法務部門のバックグラウンドの多様性を見落としています。
たしかに、会社内において非常にリスペクトされ客観的に高いレピュテーションを獲得し、結果的に、重みがある(発言権がある)法務部門もあります。しかし、その一方で、たとえば、経営者が法務部門を文書係と考えるため、予算および人事上も、相対的に、undervalue(法務が過小評価)されている法務部門もあります。加えて、事業部門が法務部門を通さず法律事務所へ「直接依頼」できる会社もあります。この場合、法務部門の発言力は相対的に低下します。これらの例のように、法務の努力以前に、法務部門のバックグラウンドが、「法務=コストセンター」という空気感に寄与する可能性があり、努力不足説は複眼的な分析ではありません。
(2)コストセンターの意味するところは何か
コストセンター(cost center)とはそもそもどういう意味なのでしょうか。
ケンブリッジビジネス英語辞典によれば、「企業や組織の一部を単位として、それに関連する費用を企業の会計で計算できるようにすること」という会計上の語句と定義されています。例文を見ると、「費用が請求されるべきコストセンターを記載してください」とあります。英語辞書を参照すれば、コストセンターの本来の語義としては、単に、フロントかバックオフィスかを問わず「費用を計上する先の部門」という価値中立的な意味だったことがわかります。本来の意味が(日本で)転化し、「利潤を生まない部門」のように使われた可能性が窺われます。
(3)コストセンター批判の弊害
ストレス心理学の研究領域に「職務満足感(job satisfaction)」があり、マックリーンをはじめとする代表的な研究者らによれば、「勤労者が職場環境・職場生活に関わる状況について認識する肯定的な感情」(小杉正太郎編著『ストレス心理学――個人差のプロセスとコーピング』(川島書店、2002)86頁)とされ、さまざまな尺度が開発されていますが、その中に「能力発揮への満足感」が1つの重要な要素として重視されています。
「法務はコストセンター」という空気感は、法務部門の私たちがどれだけ仕事をしても貢献しているはずの組織全体からポジティブな継続的フィードバックを得られ難くする「壁」として機能し、「能力発揮への満足感」を減殺し、優秀な法務部員の離脱や法務部員の士気の低下につながると考えられます。
3 共通の悩みの評価
では、法務部門は利潤に貢献しない「コストセンター」なのでしょうか。
事実として、法務部門は、製品を販売してP/L上の収益が生じる部門ではないため、通常、私たちの心情はともかく「左様でございます」という答えとなりそうです。
しかし、重要な解決の鍵として、利潤を実際に法務の作業が生むかが問題ではないという見方があります。すなわち、法務機能が「事業の創造にどれほど貢献しているか」(貢献していると評価をもらっているか)という評価軸です。Airbnbでは、法務部門が「Enable Function」(事業を可能ならしめる部門)と位置付けられていることは、経済産業省の国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書(2019年)でも重ねて紹介しました。
このような視点から、謙虚な姿勢で分析してみると、「法務=コストセンター」の非難に込められているニュアンスには、「お値段以上の価値を生み出していないように(私は)感じている。この不満に(法務も)気づいて!」という経営陣や事業部門からのシグナルを観察できる可能性があります。
4 共通の悩みの対応(総論)
このような空気感への対応としては、①経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書」を再訪する、②リーガルリスクマネジメントの枠組みを仕事に取り入れるという方法があると考えます。詳細は、次回以降、一つひとつ詳しく検討します。
(以上、渡部)
法務部門が「コストセンター」との非難を受けやすい背景の一つには契約書の作成業務・審査業務を通じて築き上げられてきた印象がありそうです。 契約書の作成業務・審査業務は法務部門の中核となってきた業務です。契約書の重要性を訴え、雛形を整備し、審査を依頼された契約書に赤を入れて返却することで、その取引を通じて自社が得たいものを確実にし、事業の創造と成長に貢献してきました。企業法務に携わる多くの先人の方々がこのことに努力されてきたからこそ、社内における法務部門の価値が高まり、存在意義が確立したといえます。 しかし、あまりにもその業務に固執し、依存してしまった結果として、法務部門はより企業、社会に貢献できる機会を数多く逃してしまったのではないでしょうか? 今日では、事業の創造、成長にどれほど貢献しているか? という評価基準に対して、既存事業に関する定常的な契約書の軽微な修正を積み上げたとしても、期待に応えられているとは判断されません。契約書は芸術作品ではありません。自己満足の修正をするのではなく、意味と価値のある審査と修正に限定し、事業の創造と成長により貢献できる業務を中核にしていかなければなりません。 今、企業法務に求められていることは、企業を守ることだけではなく、攻められる環境を用意すること。社会と経営からの期待の変化に柔軟に適応し、「稼ぐ法務」へと転換していく必要があるのではないでしょうか? (以上、東郷) |
はじめに
はじめに、信頼する東郷さんと一緒に、私たち自身もまた多くの方が現在それから将来悩む問題について一緒に考える時間を取れることを本当に嬉しく思います
こちらこそ嬉しいです。渡部さんのお話を講演会で初めて伺ったとき、これからの企業法務に必要な考え方はこれだ! と感じました。私にとっての大きな感動体験だったのです
いつも申し上げているとおり、本当に恐縮かつ光栄なことです。私たちにもさまざまなバイアスや先入観がありますが読者の皆様と一緒に問題を真剣に考えていきたいと思います
コストセンターという空気感
コストセンターという空気感についてどう思われますか?
管理部門全体が軽視されているような企業も多いのではないかと思います。他の部門では、どのようにその評価を覆そうと取り組んでいるのかも気になりますが、法務部門は他にも、面倒、避けたい、うるさい、細かい……法務部門にとって残念な評価というものがたくさんあり、非常に危機感を感じています
その評価には法務部門の歴史的な経緯が影響していると(本文のコメントから)東郷さんはお考えのように感じました
私は大いに影響しているのではないかと思います。契約書の作成業務・審査業務がある時点で非常に付加価値の高い作業であったと仮定すると、付加価値が従来より低下したにもかかわらず、今でもその価値観に基づいて審査の範囲、基準、担当割、工数などが固定されているような法務部門もあるのではないでしょうか
誰しも、価値観を変えるのは難しいことです。ですが、その価値観の再考、すなわち見直しができていないとコストセンターという空気感が徐々に醸成されるということでしょうか
渡部さんが本文でも指摘されているとおり、法務機能が事業の創造にどれほど貢献しているか(貢献していると評価をもらっているか)という評価軸から乖離してくると、経営陣や事業部門が期待していることから離れていくのではないでしょうか。残念ながら、積極的に評価軸と評価結果を確認しようとしていない法務部門もあるかと思いますし、そのような部門の姿を変えたいと悩まれる法務部員の方もいらっしゃるのではないでしょうか
顧客満足度の調査から始める
今のような悩み、言い換えれば、コストセンターとの空気感を変えたいとお考えの皆様にとってまずできる一つのアクションとしては、法務部門の今の評価を知ろうとすることですね
事業に置き換えてみれば、定期的に顧客満足度を調べることは当たり前のことですよね。法務部門も同じではないでしょうか
なるほど。定期的な顧客満足度の調査から始めるということですね
事業会社の管理部門に所属していたときですが、法務部だけではなく、人事部や経理部など、管理系各部の満足度調査をまとめて実施していたのですが、管理部門同士で好事例を共有するなど、よい機会になっていました。渡部さんはいかがでしょうか
実は、前職時代、法務部門が行う「公式の顧客満足度の調査」ではなく、非公式な「個人の顧客満足度の調査」を行っていました
個人で事業部の担当者などの顧客に満足度を尋ねていたということでしょうか
はい、そのとおりです。経緯としては、前職時代に、どのように自己のサービスを改善できるか悩んでおりました。その際に助言を求めたのが、元ソニー株式会社、元株式会社資生堂ジェネラルカウンセル、現在はアビームコンサルティング株式会社の法務部長でいらっしゃる依田先生でした。依田先生からは、サーベイモンキー(SurveyMonkey)という無料アンケートツールを利用して、法務部門がしていなくても、自ら顧客の満足度を尋ねて改善につなげてはどうかという教えをいただきました
それで、実際に顧客の満足度調査を自分で始めたのですか?
はい。毎月、その月に担当した案件の事業部の方にメールで「更にご満足いただけるようサービスを少しでも改善できる点があれば教えてください」と毎月アンケートを送り続けました。改善点はとても役に立ちました。たとえば、「お忙しいのか、いつもよりメールが冷たかった」というようなお声は、まさに意図しないブラインドスポット(盲点)で、大小さまざまな改善点を謙虚な姿勢で自らのサービスに取り入れました。まさにこの連載の”Legal as a Service”の原点だったと思います
非常に素晴らしい取組みですね。個別案件の振り返りは、本来、組織としてやるべきことだと思いますが、実施されていない場合でも、まずは個人からやれることがあるのだと感じました
たとえば、法務部門の部長がコストセンターという空気感に気づいていないような場合、現場からフィードバックを受ける部下たちは板挟みになります。このとき部下の方々はどうすればよいと思われますか
諦めて転職してください(笑)となってしまう危険性を部長に認識してもらうことが重要ですよね。組織内での立場次第で意見が言えない時代はもう終わっています。まずはできる範囲からでも満足度調査をして、現状の把握と分析、改善策を提案してみてはいかがでしょうか。法務部門のあるべき姿、ありたい姿を明確にするために、外部の力を利用して、取り組みを推奨してもらうなどの工夫も有効です。改善しないと法務部門への評価が下がるだけではなく、法務部門の優秀な「人財」(セガサミーではこのように表現します)も流出してしまいますよ! と
人財をつなぎとめるコミュニケーション
ありがとうを伝えることが人財の流出を防ぐことにもつながると思います。渡部さんからのメールはいつも愛に溢れていて、受け取った人が前向きになれるようになっているのですが、どのような思いで送られているのですか?
先ほどご指摘のあった「組織内での立場次第で意見が言えない時代は終わった。満足度調査をして、現状の把握と分析、改善策を提案すべき」という点につながると思います。すなわち、法務部門内のコミュニケーションのみならず、”Legal as a Service”の受益者クライアントである事業部とのコミュニケーションの双方において、立場でものが言えないような冷たい威圧的なメールではなく、温かさが大切だと思います
心理的安全性(サイコロジカルセーフティ)の醸成を意図されているということでしょうか
おっしゃるとおりです。実は、この心理的安全性(サイコロジカルセーフティ)は、近年、企業不祥事・企業犯罪等の研究とも関連して、第三者委員会報告書にもたびたび登場する「硬直的な企業風土」や「ものが言えない企業風土」との関連が指摘されています
もう少し詳しくお話いただけないでしょうか
はい、長島・大野・常松法律事務所の深水大輔弁護士のニュースレターがアクセスしやすい情報と思います。心理的安全性がない、すなわち、東郷さんがまさに指摘された「立場でものが言えない」風土は、法務部門からの1通のメールに温かさがあるかによっても大きく異なると私は感じています。顧客の満足度調査は1つのオープンな姿勢を示す行為ですが、日々のコミュニケーションの中に「Happy to help(私も法務部門も喜んで助けます)」とか「I’m always here to help you (いつでもあなたを助けるためにここにいますよ)」というコミュニケーションを意識的に入れることは、「立場でものが言えない」風土を予防・改善する小さいが大きな1歩ではないでしょうか
セガサミーホールディングスでも「誰もがリーダーになれる心理的安全性が確保された職場の形成」を、戦略を実行するために必要な組織の姿として定めています。会社全体、組織全体の風土を作り上げることは大変ですが、まずは自分から思いを伝えていくことの大切さを感じました
セガサミーホールディングス様の「誰もがリーダーになれる心理的安全性」というお話を伺い、大きな感銘を受けております。これが実現された職場には、閉塞的な「法務=コストセンター」という空気感は漂いようがなのではないかと確信しています
(第2回につづく)
(わたなべ・ゆういちろう)
鳥取県鳥取市出身。2008年東京大学法科大学院修了。2009年弁護士登録。現在、米国サンフランシスコに本社を有するAirbnb(エアビーアンドビー)のLead Counsel、日本法務本部長。米国トムソン・ロイター・グループが主催する「ALB Japan Law Award」にて、2018年から2022年まで、5年連続受賞。デジタル臨時行政調査会作業部会「法制事務のデジタル化検討チーム」構成員、経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」法務機能強化実装WG委員など。著書に『攻めの法務 成長を叶える リーガルリスクマネジメントの教科書』(日本加除出版、2023)など。
(とうごう・のぶひろ)
金融ベンチャー役員を経て、2006年サミー株式会社に入社。以降、総合エンタテインメント企業であるセガサミーグループの法務部門を歴任。上場持株会社、ゲームソフトウェアメーカー、パチンコ・パチスロメーカーのほか、2012年にはフェニックス・シーガイア・リゾート(宮崎県)に赴任。部門の立ち上げから、数十名規模の組織まで、多種多様な法務部門をマネジメント後、2022年には組織と個人の競争力強化を目的とする合同会社ひがしの里を設立。2023年からはセガサミーグループにおける内部監査部門を担当。