SH4537 Legal as a Service (リーガルリスクマネジメント実装の教科書) 第9回 良い発注とは何か:法律事務所に高いお金を支払っているが成果物が事業に直結していない 渡部友一郎/東郷伸宏(2023/07/10)

そのほか法務組織運営、法務業界

Legal as a Service (リーガルリスクマネジメント実装の教科書)
第9回 良い発注とは何か:法律事務所に高いお金を支払っているが成果物が事業に直結していない

Airbnb Japan株式会社
渡 部 友一郎

合同会社ひがしの里・セガサミーホールディングス株式会社
東 郷 伸 宏

 

リーガルリスクマネジメントの教科書 バックナンバー

  

©弁護士・グラフィックレコーダー 田中暖子 2023 [URL]

 

1 共通の悩みの特定

 私たち企業の法務部門の仕事に欠かせない外部の法律事務所・弁護士。

 外部の法律事務所・弁護士に対して、どれほどの金額をお支払いし、どのような種類の法律相談をするかは、所属企業の業種やお財布事情などさまざまな要因に左右され、千差万別です。その一方で、企業は、法律事務所・弁護士に対して、お金を対価として支払うことにより、法律の専門的な知識・経験に基づく有益な助言を求めている点では共通しています。

 法律事務所に対する「発注」の巧拙は、成果物が的確であるか、すなわち、成果物のクオリティが(予算に見合った)狙いどおりの品質に担保されているか、を必然的に左右します。法律事務所への発注に熟練していないメンバー(自分自身を含む)が、法律事務所に対して、何らかの事情により抽象的な質問をそのまま送ってしまい、結果的に、法律事務所の的確でない成果物が戻ってきて戸惑うことになります(さらに、期限があるのでそこから再調整。これは誰しも一度は経験したことがあるはずです)。

 具体的には、成果物(メモ)が、法務部門には既知の基本情報が羅列された内容(基本書のまとめのような内容)になっていたり、アドバイスのポイントがずれていて肝心の聞きたい部分に対応する助言がなかったり、さまざまながっかりケースが存在すると思われます。

 そこで、今回、「法律事務所に高いお金を支払っているが成果物が事業に直結していない」という共通の悩みについて、リーガルリスクマネジメントの観点から、何か有意義な工夫ができないかを検討してみたいと思います。

 

2 共通の悩みの分析

 はじめに、この共通の悩みを考える際の視点について考えます。

 第1に、連載のミッションのとおり、「対価に見合わない成果物」について、誰かのミスや盲点を指摘することは本稿の狙いではありません。第2に、発注者である法務部門または受注者である法律事務所のどちらが悪いという決めつけも正しくない(解決につながらない)と考えています。第3に、繰り返しになりますが、筆者ら含め誰しもが「良い発注」に悩んでおり、試行錯誤しているという視点に立ちます。第4に、本稿は、法律事務所は「依頼者である企業と対等に学び合うパートナーシップ」という考えに立脚しますので、基本的には「弁護士を『使う』」「お金を払っているのだから『良いサービスを提供しろ』」という目線での考え方とは距離を置かせていただきます。

 これらの視点と留意を念頭に置きつつ、この問題を分析した場合、やはり、パートナーシップである「企業の法務部門」と「法律事務所」の双方に課題があり、この双方の課題を両者が手を取り合って解決することが重要になりそうです。

 「法律事務所に高いお金を支払っているが成果物が事業に直結していない」という共通の悩みは、じっくりと考えてみると、企業側のExpectation(期待値)が何らかの理由により、法律事務所に100%共有されていないという点が問題の所在になりそうです。

 企業側のExpectation(期待値)が伝わっていない原因は、民法における意思表示の錯誤取消を思い浮かべていただければ明らかなとおり、①法務部門の内心(そもそもの目的設定)の問題、②法務部門の意思表示(伝え方)の問題、③法律事務所側の意思表示の解釈・理解および確認スキルの問題、④法律事務所側から成果物を受領した際のフィードバックの問題が浮かび上がります。

 

3 共通の悩みの評価

 以下、順番に①から④の問題を評価していきましょう。

① 法務部門の内心(そもそもの目的設定)の問題

 第1に、「成果物が事業に直結していない」ことを問題視する以前に、法律事務所に対する依頼が「成果物を事業に直結させる」明瞭な目的・意図をもっているのかを確認する必要があるかもしれません(②は対外的表示の問題ですが、①は対内的な意図の問題です)。

 具体的には、法務部門グループリーダーAさんの部下Bさんが、法律事務所Cに対して発注を行う際、リーガルリスクマネジメントにおける「リーガルリスクの特定・分析・評価・対応」のいかなる範囲を支えるために、当該発注の成果物を求めているのかという目的を意識していない(意識することを支援していない)場合、そもそも、グループリーダーAさんとBさんとの発注目的にズレが生じます。Aさんの内心としては、法律事務所から、リスクの低減策(リスク対応)という解決策を聞きたかった一方で、Bさんはもっぱら法律情報(リスク特定・分析)を聞きたい場合、「成果物が事業に直結していない」のは、「成果物を事業に直結させる」明瞭な目的・意図が対内的に合致していない可能性が指摘できます。

 

② 法務部門の意思表示(伝え方)の問題

 第2に、仮に、法務部門で対内的に「成果物を事業に直結させる」明瞭な目的・意図が共有されていても、メール・電話・会議において、当の法律事務所Cの弁護士に対して、その意思表示が上手になされていないことがあります。

 端的には、リスクの低減策(リスク対応)が聞きたいのに、「上記の問題について法律的な問題があればご教示ください」というメールを送信した場合、法律事務所としては(常にリスクの低減策(リスク対応)を問われているという共通の土壌がない限り)、一般的な法的分析(条文や裁判例等の法律情報、当てはめ、法的結論)をアドバイスすれば足りると考えてしまいます。対応策を先取りすれば、明示的に、「本件ではリスクの低減策(リスク対応)を3つほどお示しください」と記載することにより、法務部門の意思表示(伝え方)の問題は容易に解消されます。

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(わたなべ・ゆういちろう)

鳥取県鳥取市出身。2008年東京大学法科大学院修了。2009年弁護士登録。現在、米国サンフランシスコに本社を有するAirbnb(エアビーアンドビー)のLead Counsel、日本法務本部長。米国トムソン・ロイター・グループが主催する「ALB Japan Law Award」にて、2018年から2022年まで、5年連続受賞。デジタル臨時行政調査会作業部会「法制事務のデジタル化検討チーム」構成員、経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」法務機能強化実装WG委員など。著書に『攻めの法務 成長を叶える リーガルリスクマネジメントの教科書』(日本加除出版、2023)など。

 

(とうごう・のぶひろ)

金融ベンチャー役員を経て、2006年サミー株式会社に入社。以降、総合エンタテインメント企業であるセガサミーグループの法務部門を歴任。上場持株会社、ゲームソフトウェアメーカー、パチンコ・パチスロメーカーのほか、2012年にはフェニックス・シーガイア・リゾート(宮崎県)に赴任。部門の立ち上げから、数十名規模の組織まで、多種多様な法務部門をマネジメント後、2022年には組織と個人の競争力強化を目的とする合同会社ひがしの里を設立。2023年からはセガサミーグループにおける内部監査部門を担当。

 

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