SH4563 最三小判(今崎幸彦裁判長)、 生物学的な性別が男性であり性同一性障害である旨の医師の診断を受けている一般職の国家公務員がした職場の女性トイレの使用に係る国家公務員法86条の規定による行政措置の要求を認められないとした人事院の判定が違法とされた事例 北川弘樹(2023/07/25)

そのほか

最三小判(今崎幸彦裁判長)、 生物学的な性別が男性であり性同一性障害である旨の医師の診断を受けている一般職の国家公務員がした職場の女性トイレの使用に係る国家公務員法86条の規定による行政措置の要求を認められないとした人事院の判定が違法とされた事例

岩田合同法律事務所

弁護士 北 川 弘 樹

 

1 はじめに

 2023年7月11日、最高裁判所第三小法廷は、MtFのトランスジェンダー(生物学的性別は男性であるが、性自認が女性であるもの)である経済産業省の職員(以下「本件職員」という。)が、職場の女性トイレの使用を一定の範囲で制限されたことにつき、女性トイレの使用制限を設けないことを要求事項とする措置要求(国家公務員法86条)が認められない旨の人事院の判定が違法であるとする判決を言い渡した[1]
 本件は、第1審判決[2]が、人事院の判定が違法であるとしてこれを取り消す判決を言い渡していたのに対し、控訴審判決[3]は、一転して人事院の判定を適法と判断していたため、上告審においていかなる判断が示されるのかが注目されていた。
 本判決は、控訴審判決を破棄して、人事院の判定を取り消した第1審判決の判断を支持するものであった。本判決は、直接には行政機関におけるトランスジェンダーの施設利用に関するものではあるが、本判決が示した考え方は、民間の事業者が同種事案への対応を検討するに当たっても参考になる。以下、本判決の判示内容について概説する。

 

2 事案の概要

 最高裁判所が判断の前提とした事実関係の要旨は、以下のとおりである。

 ① 本件職員は、生物学的な性別は男性であるが、平成10年頃から女性ホルモンの投与を受けるようになり、同11年頃には性同一性障害である旨の医師の診断を受け、同20年頃から女性として私生活を送るようになった。
 本件職員は、平成22年3月頃までには、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていたが、健康上の理由から性別適合手術は受けていなかった。

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 ② 本件職員が、女性の服装での勤務や女性トイレの使用等についての要望を職場で伝えたことから、平成22年7月14日、経済産業省において、本件職員の了承を得て、本件職員が執務する部署の職員に対し、本件職員の性同一性障害について説明する会(以下「本件説明会」という。)が開かれた。担当職員は、本件説明会において、本件職員が退席した後、本件職員が本件庁舎の女性トイレを使用することについて意見を求めたところ、本件職員の執務する部署の執務室がある階(以下「本件執務階」という。)の女性トイレを使用することについては、数名の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えた。また、女性職員1名は、日常的に本件執務階の一つ上の階の女性トイレも使用している旨を述べた。

 ③ そこで、経済産業省は、本件職員に対し、本件執務階とその上下の階の女性トイレの使用を認めず、それ以外の階の女性トイレの使用を認める旨の処遇(以下「本件処遇」という。)を実施することとされた。
 本件職員は、本件説明会の翌週から女性の服装等で勤務し、主に本件執務階から2階離れた階の女性トイレを使用するようになったが、それにより他の職員との間でトラブルが生じたことはなかった。また、本件職員は、家庭裁判所の許可を得て名を変更し、平成23年6月からは職場においても変更後の名を使用するようになった。

 ④ 本件職員は、平成25年12月27日付けで、職場の女性トイレを自由に使用させることを含め、原則として女性職員と同等の処遇を行うこと等を内容とする行政措置の要求(国家公務員法86条)をしたところ、人事院は、同27年5月29日付けで、いずれの要求も認められない旨の判定をした。

 

3 最高裁の判断

 最高裁判所は、上記事実関係を前提に以下の事情を挙げて、人事院の判定は、具体的な事情を踏まえることなく、他の職員に対する配慮を過度に重視し、本件職員の不利益を不当に軽視するものであって著しく妥当性を欠き、人事院が有する裁量権の範囲を逸脱・濫用したものとして違法であると結論した。

  • 本件職員は、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けている。
  • 本件職員は、性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与等を受けるなどし、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断を受けている。本件職員が本件執務階から離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない。
  • 本件説明会において、本件職員が女子トイレを使用することについて明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない。
  • 本件説明会から人事院による判定までの約4年10か月の間に、本件処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない。

 さらに、裁判官5名が、法廷意見に加えて要旨以下の内容の補足意見を付している。

宇賀裁判官

  • 性別適合手術は、生命及び健康への危険を伴い、経済的負担も大きく、体質等により受けることができない者もいるので、これを受けていない場合であっても、可能な限り、本人の性自認を尊重する対応をとるべき。
  • 経済産業省は、本件職員の自らの性自認に基づいて社会生活を送る利益に配慮するとともに、同僚の職員の心情にも配慮する必要がある。しかし、本件の事情からすると、本件職員が他の女性職員と同一のトイレを使用する可能性があることによる支障を重視すべきではない。
  • 女性トイレの利用制限は、当面の措置としてはやむを得なかったとしても、早期に研修を実施し、トランスジェンダーに対する理解の増進を図りつつ、かかる制限を見直すことも可能であった。

長嶺裁判官

  • 経済産業省としては、職員間の利益の調整を図ろうとして本件処遇を導入したものと認められるが、不利益を被ったのは本件職員のみであったことから、調整の在り方としては均衡が取れていなかった。
  • 本件処遇は、いわば激変緩和措置として当初は一定の合理性があったとしても、女性職員が抱く違和感が解消されたか否か等について調査を行い、必要に応じて見直しをすべき責務があった。

渡邉裁判官

  • 本件職員と他の女性職員との間の利益衡量・利害調整は、感覚的・抽象的に行うことが許されるべきではなく、客観的かつ具体的な利益較量・利害調整が必要である。
  • 当初はトランスジェンダーによるトイレ利用に違和感を持ったとしても、当該対象者の事情を認識・理解することや、時間の経過により緩和・軽減することがあり、トランスジェンダーの法益の尊重にも理解を求める方向で所要のプロセスを履践することも重要である。

林裁判官

渡邉裁判官の補足意見に同調。

今崎裁判官

  • この種の問題に直面することとなった職場における施設の管理者、人事担当者等の採るべき姿勢として、トランスジェンダーの人々の置かれた立場に十分に配慮し、真摯に調整を尽くすべき責務がある。
  • 真摯な調整を尽くしてもなお関係者の納得が得られない場合の対応や、他の職員への情報提供の範囲・方法等の具体論については、トランスジェンダーの職場での執務状況など事情は様々であり、一律の解決策になじむものではない。
  • 今後事案の更なる積み重ねを通じて、標準的な扱いや指針、基準が形作られていくことに期待したい。併せて、この種の問題について社会全体で議論され、コンセンサスが形成されていくことが望まれる。

 

4 まとめ

 本判決は、結論としてはトランスジェンダーである職員に対し、自認する性別のトイレの使用を認めるべきであると判断している。しかし、補足意見において示された各裁判官の考えからも明らかなように、本判決はトランスジェンダーである者に対してその自認する性別のトイレの使用を常に認めなければならないとの趣旨ではない。むしろ、一方当事者の利益だけを押し通す不公平な対応は許されず、対象者と周囲の職員との間の利害調整を丁寧に行うことの重要性を確認したものである。
 今後、同種の問題に直面した事業者の対応としては、本判決の考え方を参考に、トランスジェンダーの人々が置かれた立場について啓発する研修を実施したり、当該対象者についての情報提供や説明を行うことを通じて、周囲の理解・納得を得られるように努めつつ、職場の実情を踏まえたバランスの良い解決策を探っていくことが求められる。

 

以 上


[1] 令和3年(行ヒ)第285号 行政措置要求判定取消、国家賠償請求事件

[2] 東京地裁令和元年12月12日判決 平成27年(行ウ)第667号、同(ワ)第32189号

[3] 東京高裁令和3年5月27日判決 令和2年(行コ)第45号

 

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(きたがわ・ひろき)

岩田合同法律事務所弁護士。2015年東京大学法学部卒業。2017年弁護士登録。訴訟・紛争解決、人事労務分野など企業法務全般を取り扱う。

岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/

<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。

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