電子コンテンツ配信等の国境を越えた役務提供に関する消費税法改正
岩田合同法律事務所
弁護士 松 田 貴 男
インターネットを介して行われる電子書籍・音楽・広告の配信などの電子的配信サービス[1]を念頭においた消費税法の改正が平成27年4月に行われた[2]。主な改正の内容は以下の図の通りである。改正の一番大きな目的は、インターネットを通じた電子的配信サービスなどの役務提供に係る消費税の課税関係の点で国内事業者と国外事業者間の競争中立性を確保することにある。改正は平成27年10月1日から適用される。
電子的配信サービス提供主体の所在 |
サービス受領者の住所地及び属性 |
改正前 課税関係 |
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改正後 課税関係 |
改正後 課税方式 |
日本 |
日本・事業者 |
課税 |
課税 |
申告納税 |
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日本 |
日本・消費者 |
課税 |
課税 |
申告納税 |
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国外 |
日本・事業者 |
不課税 |
課税 |
サービス受領者の国内事業者が申告納税 (リバースチャージ方式:経過措置有) |
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国外 |
日本・消費者 |
不課税 |
課税 |
申告納税(国外事業者) |
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日本 |
国外・事業者 |
課税 |
不課税 |
N/A |
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日本 |
国外・消費者 |
課税 |
不課税 |
N/A |
改正の概要について以下の1及び2にて説明する。
1.海外からの電子的配信サービスに係る課税関係の見直し
⇒日本国外から日本国内向けの電子的配信サービスが消費税の課税対象となる。
①改正概要
今次改正により、国外事業者が日本国内の事業者・消費者に対して行う電子書籍・音楽・広告の配信等の電子的配信サービスが消費税の課税対象となる。
改正法は、インターネットを介して行われる電子的配信サービスなどの役務の提供について、それが消費税の課税対象となる国内取引に該当するかどうかの判定基準(内外判定基準)を、従来の、役務提供者の事務所等の所在地(改正前)から、役務の提供を受ける者の住所地等(改正後)に変更した[3]。これにより、インターネットを通じて電子的配信サービスなどの役務提供を受ける者が日本国内に住所地等を有する限り、サービス提供主体が国内か国外かは消費税の課税関係では区別されなくなった。
②改正の目的
上記改正は、国内事業者と国外事業者間の競争中立性を確保する目的で行われたものである。もともと、国内事業者による国内の事業者・消費者向け電子的配信サービスは消費税の課税対象とされておりこれは今次改正によっても変更はない。今次改正により、日本国内向けの電子的配信サービスについては、消費税課税関係の点から、国外事業者及び国内事業者の間に競争中立性が確保されることになる。
例えば、海外からの電子的配信サービスが消費税非課税である場合(今次改正前の状況)には、国内事業者からの同内容のサービスは消費税の課税対象となりサービス提供価格に上乗せされるため、国内の消費者としては、消費税の課税がない分だけ対価が安い海外からのサービス提供を選択する方が有利となる。[4]
2.海外からの電子的配信サービスに係る課税方式
⇒事業者向けサービスと、消費者向け等事業者以外向けサービスとで課税方式が異なる。前者はサービスを受ける国内事業者に消費税納税義務が転換された。後者は国外事業者が申告納税義務を負う。
①海外から国内事業者向け(B to B)の電子的配信サービス
国外事業者が国内の事業者向けに行う電子的配信サービス[5]については、当該役務提供に係る消費税の申告納税義務を、役務提供を受けた側の国内事業者に転換して課すこととされた。この課税方式は、通常の消費税の納税義務負担者とは逆であることから「リバースチャージ方式」と呼ばれる[6]。これに伴い、国内事業者に電子的配信サービスを行う国外事業者は、あらかじめ、相手方となる国内事業者が消費税の納税義務者となる旨を表示する義務を負うこととされた(消費税法第62条)。
なお、リバースチャージ方式による納税義務は、当分の間は、一般課税により申告する課税売上割合が95%未満の事業者だけに適用される。
②海外から国内消費者向け(B to C)の電子的配信サービス
国外事業者が行う、「事業者向け電気通信利用役務の提供」以外の(国内消費者向けを想定)電子的配信サービスについては、役務の提供を行った国外事業者が日本の税務署に直接に申告納税義務を負うこととなる。
日本の消費者に自らが海外から受けた電子的配信サービスについて税務署に申告納税を求めることは実効的でないことが、国内事業者向けのサービス提供におけるリバースチャージ方式とは異なる方式が採用された背景である。
3.今後の課題
B to B取引に関して導入されたリバースチャージ方式、及び、B to C取引に関して国外事業者に課せられた消費税申告納税義務、のいずれも、課税対象となる取引の把握という点も含め、適正な執行を確保することは必ずしも容易ではないと考えられる。今次改正により消費税の課税関係においては国外事業者及び国内事業者の間の競争中立性は確保されたが、今後の運用により、税務執行の点で国内外事業者間の公平が確保できるかが課題と思われる。また、今次改正により内外判定基準が法律上明記されることなった「電気通信利用役務の提供」の定義(脚注1参照)や、課税方式の適用基準として用いられる、「事業者向け電気通信利用役務の提供」の定義(脚注5参照)など、制度の対象となる基本的な概念の定義が、法文を一読しただけでは必ずしも外縁が明らかではない。これについては今後の実務の蓄積を待つ必要がある。
テクノロジーの進歩が社会に与える影響はいつの時代も見られるが、インターネットとその普及がもたらすインパクトは、ビジネスの側面だけで見ても過去のどのテクノロジーの進歩よりも規模・質の両面において画期的である。一方、税制を中心とする公法上の規制や私法上の規律は、これらの社会の実態を踏まえてこれを後追いして対応することが常である。今後も、テクノロジーの進歩に伴う社会経済上の急速な変化に対する立法・法執行・法実務上の対応が各法域においてあらゆる分野において必要とされることは疑いがない。今次改正も立法者、法執行者、法律実務家によるこれらの遠大な試みの中の一つの重要なステップとして位置づけられるであろう。
[1] 本稿においては便宜的に「電子的配信サービス」という用語を用いるが、消費税法上は、第2条第8号の3において「電気通信利用役務の提供」とより広汎に定義されており、その内容は、「電気通信回線を介して行われる著作物(中略)の提供(当該著作物の利用の許諾に係る取引を含む。)その他の電気通信回線を介して行われる役務の提供(電話、電信その他の通信設備を用いて他人の通信を媒介する役務の提供を除く。)であって、他の資産の譲渡等の結果の通知その他の他の資産の譲渡等に付随して行われる役務の提供以外のものをいう。」と幅広く規定されている。従って今次改正はインターネットを介した電子コンテンツ配信のみが対象とされるわけではない。
[2] 平成27年4月の消費税法改正においては、他にも消費税率の10%への引上げ等の重要な改正が行われているが本稿ではこれらの改正点には触れない。
[3] 消費税法第4条第3項第3号。なお、この改正により、国内事業者が行う海外向けの電子的配信サービスも影響を受ける。この類型の取引は、改正前においては課税取引とされていたものの、改正後は消費税不課税となる(消費税課税対象となる国内取引とは判定されなくなるため。)。
[4] 消費税の税率の上昇とともによりかかる選択を行うことの経済合理性が増加する。なお、役務の提供を受けるのが国内の(消費者ではなく)事業者の場合には、国内事業者からの役務提供(消費税課税)を受けた場合でもそれに伴い国内事業者に支払う消費税は仕入税額控除の対象となるため、通常は、役務提供主体が国内事業者か国外事業者かで、最終的な税負担には差異が生じない。
[5] 正確には、「事業者向け電気通信利用役務の提供」といい、これは「国外事業者が行う電気通信利用役務の提供のうち、当該電気通信利用役務の提供に係る役務の性質又は当該役務の提供に係る取引条件等から当該役務の提供を受ける者が通常事業者に限られるもの」と定義されている(消費税法第2条第8号の4)。
[6] 法形式上は、消費税納税義務の対象となる課税資産の譲渡等から、事業者向けの電気通信役務の提供を除外し、国内事業者が国外事業者から受けた電気通信利用役務(「特定仕入れ」)を納税義務の対象としている(消費税法4条1項)。
(まつだ・たかお)
岩田合同法律事務所所属。2000年東京大学法学部卒業。2000年から2007年まで金融機関に勤務。2008年弁護士登録。2013年Harvard Law School修了(LL.M.)。主な著作:『実践TOBハンドブック改訂版』(共著、日経BP社、2010年)、『取引先の倒産対応マニュアル』(共著、日経ビジネス社、2009年)。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
<連絡先>
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