◇SH2036◇オリンパス、損害賠償請求訴訟の和解成立 柏木健佑(2018/08/22)

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オリンパス、損害賠償請求訴訟の和解成立

岩田合同法律事務所

弁護士 柏 木 健 佑

 

1 はじめに

 オリンパスは、同社の損失計上先送り問題による有価証券報告書等への虚偽記載により発生した損害の賠償として信託銀行6社から合計約279億円を請求されていた訴訟につき、約190億円の解決金の支払いを行う内容の裁判上の和解が成立したことを発表した。

 オリンパスに対しては、本件を含めて虚偽記載による損害の賠償を求める訴訟が多数提起されており、項で触れる公表裁判例を含め、判決に至った訴訟も存する。本件について公表情報から把握できる内容は限られるが、今般の和解は、オリンパスに対する当該判決も含めた有価証券報告書等の虚偽記載に係る先行事例を踏まえたものと推測されることから、この機会に、同社に対する判決を含め、有価証券報告書等の虚偽記載に係るこれまでの主な裁判例について概観する。

 

2 オリンパス虚偽記載事件に先行する主な最高裁判決

(1) 西武鉄道事件最高裁判決[1]

 本件は、有価証券報告書等における大株主の保有株式数に虚偽記載があった事案につき、投資家らが不法行為に基づく損害賠償請求を行った事案であり(本件は金融商品取引法(以下「金商法」)適用前の事案)、虚偽記載による損害額についてのリーディングケースである。

 本件において、最高裁は、本件では虚偽記載がなければ上場廃止事由が存していたことから、虚偽記載がなければ投資家が株式を取得することはなかったとみるべき場合(取得自体損害)であるとした上で、その場合の損害額について、取得価額と処分価額(株式の保有を継続している場合は事実審口頭弁論終結時評価額)の差額を基礎とし、虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を控除した金額とした。その上で、かかる損害額の立証について民事訴訟法248条を適用し裁判所が相当な損害額を認定すべきとしている。

(2) ライブドア事件最高裁判決[2]

 本件は、金商法21条の2第3項(平成26年金商法改正前の同条2項。以下条文は改正前後を問わず改正後のものを用いる。)に定める推定損害の規定が適用された初の最高裁判決である。同項は虚偽記載の公表日前後各1ヵ月間の市場価格の平均額の差額を虚偽記載による推定損害額として定めるが、本件では、ライブドア元代表取締役らに対する強制捜査等の事情によって生じた値下りが「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情により生じた」(同条6項)ものとして推定損害額から減額されるかが争われた。この点、最高裁は、同条3項の推定損害額は株式の実際の取得価額と虚偽記載がなかったと仮定した場合の想定価額との差額(取得時差額)に限らず虚偽記載と相当因果関係のある損害全てを含む趣旨であることを前提に、ライブドア元代表取締役らに対する強制捜査等の事情による値下りは虚偽記載と相当因果関係のある値下りであるから減額の対象とはならない(「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情により生じた」ものではない)と判断した。

(3) アーバンコーポレイション事件最高裁判決[3]

 本件は、虚偽記載の公表と同時にアーバンコーポレイションの民事再生手続開始の申立てが行われた事案において、同申立てによる値下りは虚偽記載と相当因果関係のある値下りとは言えず金商法21条の2第5項又は第6項による減額の対象となると判断した。前述のライブドア事件の判示を前提とした事例判決である。

 

3 オリンパス事件東京地裁判決・大阪地裁判決

(1) 東京地裁判決[4]

 本判決は、原告の投資傾向等に鑑みて、虚偽記載がなければ株式を取得しなかったとの原告の主張を排斥し、上記西武鉄道事件の枠組みの適用(取得自体損害)を否定した。また、金商法21条の2第3項についてライブドア事件最判と同様の解釈をとった上で、虚偽記載先送りに先立ってなされたオリンパスの代表取締役解任について、その時点では虚偽記載問題は明らかになっていないから解任以降の値下りの全部を虚偽記載と相当因果関係のある損害とみることはできないとして、解任以降の値下がり分のうちの2割を他事情値下りとして推定損害額から減額した。

 本判決は、西武鉄道事件判決・ライブドア事件判決を踏まえて、取得自体損害との主張を認めず、虚偽記載と相当因果関係のある損害の範囲について具体的な判断を行っている。

(2) 大阪裁判決[5]

 本判決も、本件が取得自体損害の事案でないことを前提としているが、賠償されるべき損害について虚偽記載による「嵩上げ額」に加えて虚偽記載発覚による株価下落のリスク部分であるとしており、従来の裁判例とはやや異なる枠組みが採用されている。その上で、虚偽記載先送りに先立つオリンパスの代表取締役解任による値下がりについては、東京地裁判決とは異なり虚偽記載と相当因果関係のある損害と判断した。結論的には、株式取得時点で想定されていた価格下落リスクを超える分として2割の減額を認めている。なお、本件の原告のうち金商法21条の2に基づく請求を行う原告については、同条3項の推定損害額が民法709条に基づく請求の損害額より少額になることから、金商法21条の2に基づく請求は認められていない。

 本件の控訴審判決[6]も、概ね同様の枠組みを用いて詳細な損害額の認定を行っている。

 

4 まとめ

 有価証券報告書等の虚偽記載に係る損害賠償請求に関しては多くの論点が想定されるが、本稿では西武鉄道事件をはじめとする裁判例における主要な争点を損害論を中心に概観した。本文で触れたところを含めてこれらの裁判例における主要な争点・判示事項を表にまとめると以下のとおりである。虚偽記載に係る損害賠償事件については、これらの裁判例とその評釈における議論が蓄積されることにより、実務上発生する論点についての予測可能性が一定程度担保されることとなった。本件の和解もその蓄積の延長線上にあるものと捉えられる。

 

事件名 請求根拠 主要な争点・判示事項
西武鉄道事件最高裁判決
(最判平成23年9月13日)
民法709条
  1. ① 取得自体損害の事案における損害額は、取得価額と処分価額(株式の保有を継続している場合は事実審口頭弁論終結時評価額)の差額を基礎とし、虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を控除した金額として算定すべき。
  2. ② 虚偽記載公表後のろうばい売りによる下落は虚偽記載と相当因果関係のない損害として控除することはできない。
ライブドア事件最高裁判決
(最判平成24年3月13日)
金商法21条の2
  1. ① 金商法21条の2第6項にいう「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り」とは、取得時差額相当分の値下りに限られず、有価証券報告書等の虚偽記載等と相当因果関係のある値下りの全てをいう。
  2. ② その他、金商法21条の2第3項にいう「公表」の意義等についても争われた。
アーバンコーポレイション事件最高裁判決
(最判平成24年12月21日)
金商法21条の2[7]
  1. ① アーバンコーポレイションの民事再生手続開始の申立てによる値下りは虚偽記載と相当因果関係のある値下りとは言えず金商法21条の2第5項又は第6項による減額の対象となる。
オリンパス事件東京地裁判決
(東京地判平成27年3月19日)
金商法21条の2
  1. ① 原告の投資傾向等に鑑みて、原告が虚偽記載がなければ株式を取得しなかった(取得自体損害)とはいえない。
  2. ② 虚偽記載の公表日に先立つ代表取締役解任以降の値下りの全部を虚偽記載と相当因果関係のある損害とみることはできず推定損害額から控除すべき。
オリンパス事件大阪地裁判決
(大阪地判平成27年7月21日)
民法709条、金商法21条の2[8]
  1. ① 取得自体損害ではない高値取得ケースにおける損害は、虚偽記載による嵩上げ額に加えて虚偽記載発覚による株価下落のリスク部分の評価額により算定される。
  2. ② 嵩上げ額及び虚偽記載発覚による株価下落のリスク部分の評価額は、公表前後の株価下落部分のうち相当因果関係のある株価部分による。
  3. ③ 公表日に先立つ代表取締役解任以降の値下りは虚偽記載と相当因果関係のある株価下落に含まれる。
  4. ④ 金商法21条の2に基づく請求を行う原告についての同条3項の推定損害額が民法709条に基づく請求の損害額より少額になることから、金商法21条の2に基づく請求は認められない。

以上



[1] 最判平成23年9月13日民集65巻6号2511頁

[2] 最判平成24年3月13日民集66巻5号1957頁

[3] 最判平成24年12月21日集民242号91頁

[4] 東京地判平成27年3月19日判時2275号129頁

[5] 大阪地判平成27年7月21日金判1476号16頁

[6] 大阪高判平成28年6月29日金判1499号20頁

[7] アーバンコーポレイションの民事再生手続における同条に基づく債権の届出に対する査定異議訴訟の形で債権の存否及び額が争われている。

[8] 金商法21条の2に基づく請求は一部の原告のみが行っている。

 

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