弁護士の就職と転職Q&A
Q112「採用面接もオンラインで完結するようになっていくのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
4月7日に緊急事態宣言が発出されて、法律事務所においても、全面的に在宅勤務に移行する流れが生まれました。これまでも対外的な会議はオンラインに移行しつつありましたが、今後は、所内打合せもオンラインで行われることになります。すべての業務をオンライン化の対象とした場合に、採用面接をこれに含めることの当否も論点として存在しています。
1 問題の所在
伝統的には、法律事務所の採用は、「実際に会ってみてお互いに人柄を確認する」ことが王道とされてきました。司法制度改革により司法試験合格者数が増加して以降は、書類選考の比重が高まりましたが、その場合でも、「書類選考は、面接審査に進める候補者を選抜するための足切り審査」であり、「面接における人物評価がもっとも重要である」と考えられてきました。
面接も、口述試験的に「業務遂行に求められる資質を備えているかどうか」を確認する作業というよりも、「出身地・出身校が同じ」「共通の知り合いがいる」といった「ご縁」を感じさせられたり、会議室から飲食店に場所を移して、宴席でボス弁から過去の武勇伝を楽しく聞かされて盛り上がったりすることが内定につながる近道と考えられていました(そのため、面接が長引くことは好印象の兆候であり、予定よりも短い時間で終わる面接は不成功を推認させるものでした)。会社訴訟で著名な事務所でも、「会食に連れて行かれてよく食べること」が内定を出すための要件と言われている先もありました。こういった採用手法の背景には、「書類選考では、候補者の学歴や経験等の『建前』部分を知ることはできても、『本音』部分は、実際に面と向かって話をして(さらに欲を言えば、一緒に飲みに行くことで)初めて確認できる」という信仰があったと言えそうです。
しかし、今回のコロナ・ショックは、このような「対面による人柄確認」方式を維持することを難しくさせています。これまでにも、渉外事務所においては、例外的に、海外に留学・研修中の候補者を対象として、Skype等を用いたオンライン面接が用いられることもありましたが、今後は、国内系事務所の採用においても、オンラインに頼らざるを得ない面が広がっていきます。ただ、オンラインのみで完結させるべきかどうかについては、事務所内におけるアソシエイトの位置付け、所内討議のスタイルや教育方法も絡んだ問題となります。
2 対応指針
コロナ・ショックを一過性のものと捉えて、「いずれは、コロナ前の業務スタイルに戻れるだろう」という期待を抱いている従来型の事務所にとっては、「オンライン面接」は、書類選考を補完するものとして、口述試験的な位置付けに留まり、「(食事は無理でも)直接に対面して人柄を確認してから内定を出したい」というポテンシャル採用のニーズが根強く残りそうです。
他方、コロナ・ショックを契機として、(コロナ前を理想とするのではなく)弁護士業務そのものをテレワーク中心で回していこうとするデジタル・ネイティブ型の事務所にとっては、「オンライン上で成果を出してくれること」が鍵になることから、即戦力採用をオンラインで完結する先が出てきそうです。
実務的な工夫としては、「オンライン面接での採用は、歩合給的ノキ弁又は試用期間を設けた身分に留めて、対面での仕事も経てから正規採用に至る」とする二段階採用や、「オンライン面接も、口述試験的な質疑応答のセッションだけでなく、雑談をメインとしたリラックスした雰囲気のオンライン面接も、別途、設定する」という二段階面接が出てくることも予想されます。
3 解説
(1) 家族的雰囲気重視型事務所におけるポテンシャル採用ニーズ
法律事務所は、元来、効率的な経営だけを目指していたわけではありません。クライアントの要求水準をクリアすることよりも、ボス弁の趣味的な要求を満足させるために苦労を重ねて来たアソシエイトも沢山います。新人弁護士時代には、リサーチ結果を報告したら、突き返されてやり直しを命じられたり、起案した準備書面をレビューに回したら、自己の起案部分が1行も残らないほどに添削される、というような非効率な作業を繰り返しながらも、その中から学びを得て成長していきます。ボス弁側も、アソシエイトを、家族的に事務所の一員として受け入れているが故に、非効率であることを承知の上で、時間の許す限り、事件処理を通じて、技を伝授していく、という関係にあります。
このように、「採用=家族の一員としての受入れ」と見做している従来型の事務所においては、オンライン面接だけで、事務所への受入れを決める、ということへの抵抗は残ります。テレワークを用いた業務についても、これまでにおける物理的なオフィス内での共同作業を通じて、相手が仕事に求めるスピード感や成果物の水準についてお互いに予想できる仲間との間において、コミュニケーションをオンラインに切り替えるための努力は覚悟するようになりました。しかし、それは、コロナ・ショックという状況下における次善の策としての受け入れているに過ぎません。緊急事態が過ぎれば、再び、対面ベースで信頼関係を築いて、対面で議論を煮詰めていく、という従来型業務スタイルへの復帰を望んでいるボス弁が多数派です。
(2) オンライン重視型事務所の思考
「家族的雰囲気の法律事務所」は、今なお、多くの弁護士が理想的だと感じる経営スタイルではありますが、現実には、それを目指した事務所経営をしている弁護士ばかりではありません。同期世代の弁護士が複数名で集まっている法律事務所は、それぞれが別々に業務を行っているだけであり、弁護士登録先の住所としてのオフィスの家賃をシェアするだけのスタイルもあります。また、アソシエイトを採用しても、主に定型的・類型的な業務を依頼して、下請け事業者的に扱おうとするボス弁/パートナーも存在します(ボス弁/パートナー側が、性格的に、アソシエイトとの議論を苦手とするタイプであることもあります)。
採用面接についても、そもそも、面接や会食に行っても、表面的に「相手のことをわかったつもりになれる」だけであり、本当のところ、事務所の仕事に責任感をもって取り組んでくれるのか、締め切りに追われたり、難しい問題を抱えてストレスフルな状況に置かれたときでも、建設的なコミュニケーションをとることができる相手なのかどうかまでがわかるわけではありません。そういう意味では、(「法律事務所=家族」という幻想を捨てて)オンライン面接で一定の能力と経験が確認できるならば、採用を決めてしまって、あとは、オンラインを中心に仕事を進めていく中で、その成果を踏まえて、どこまでの仕事を任せられるのかを考えていく、と割り切るのも、採用側としてはひとつの合理的な発想です。
(3) 実務上の工夫
一般の中小企業と同様に、法律事務所も、現状では、「今後、どの程度の売上げが見込めるかどうか?」の見極めが先決ですが(売上げが大幅に減るリスクがあるならば、採用よりも、人件費を減らす努力のほうが優先されます)、一部には、アソシエイトの急な退職等で、補充人員の確保を喫緊の課題としている先もあります。
従来型事務所において、対面での面接を実施できないままに採否を決めなければならないケースでは、パーマネントな正規メンバーとして受け入れることへの躊躇が伴うために、「3ヵ月経った後で、改めて正式なアソシエイトとして採用するかどうかを判断させてもらうことはできないか?」という方式が検討されることがあります。
また、採用においては、「事務所が候補者を選ぶ」という側面だけでなく、「優秀な候補者にうちの事務所を選んでもらう」という側面の重要性は認識しておかなければなりません。候補者にとってみれば、口述試験的なオンライン面接を受けるだけでは、「事務所の雰囲気」を知ることはできないために、別途、候補者が事務所及び事務所の既存メンバーのことを知るためにも、「雑談中心のオンライン面接」を企画するニーズも存在します。
以上