◇SH1201◇弁護士の就職と転職Q&A Q1「裁判官志望者も法律事務所に就活するべきなのか?」 西田 章(2017/06/01)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q1「裁判官志望者も法律事務所に就活するべきなのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 前回、「司法試験受験生の就活は法律事務所と企業で何が違うのか」と題する論稿で、これから企業法務への就活に臨む受験生に対して、ヘッドハンティングの業務経験に基づくアドバイスを述べさせていただきました。
 これに続き、本連載では、「弁護士の就職と転職」に関して、私が受験生等から受けてきた質問を取り上げて私見を伝えることで、キャリア形成に関する情報提供をさせていただきたいと思います。

 今回は、裁判官の仕事に憧れを抱く受験生から受けた「裁判官志望者も法律事務所に就活しておくべきでしょうか」という疑問を取り上げてみたいと思います。

 

1. 問題の所在

 企業法務系の法律事務所は、司法試験の合格発表前に採用活動の山場を迎えます。これに対して、裁判官になるためには、司法修習の統一起案等で優秀な成績を収めて、司法修習の終盤になってから、教官の推薦を得て正式に任官の意思を表明することが求められます。そのため、「法律事務所の内定取得」と「裁判官志望の意思表明」との間には1年以上のタイムラグが生じます。

 そこで、「第一志望は裁判官だけど、企業法務系弁護士の仕事にも興味がある」という受験生からは「修習に備えて要件事実の勉強を始めるべきでしょうか。それとも、任官できない場合に備えて法律事務所に就活しておくべきでしょうか」という悩みを打ち明けられます。

 

2. 対応指針

 裁判官志望が100%であっても、法律事務所への就活はしておくべきです。ただ、その場合の応募先は、新人採用数が少ない法律事務所を避けて選ぶように心がけてもらいたいと思います。

 

3. 解説

(1) 裁判官に求められる資質

 任官候補者に求められるのは、司法修習中に測られる法的思考力に加えて、バランス感覚のある人柄だと思います。成績面については、俗説では「司法試験の合格順位が200番以内のほうが任官候補に選ばれやすい」という見解を耳にします。しかし、司法試験の結果は司法修習中の成績ではありません。司法試験の合格順位が低くとも、司法修習中の統一起案や二回試験で挽回することができるはずです。

 本問に関わるのは、「人柄」です。裁判所からも「法律事務所は、書面審査だけでなく、インターンによる就業体験や面接を通じて人柄も見た上で、採用内定者を決定している」と理解されています。そのため、「法律事務所の内定を得ている」というのは、「インターンや面接を通じて人柄面での問題は見付かっていない」という安心感を与える間接事実と言えます。

(2) 会議体における書面審査

 「人柄」については、実務修習の指導担当裁判官が本人の生活態度を見ています。朝、遅刻せずに登庁していること、コミュニケーションがとれること、与えられた起案を期限内に提出すること、などを確認してもらうことはできます。しかし、裁判所も役所のひとつなので、採用は、会議体で正式決定されるはずです。会議での決定は、本人を直接に知っている関係者の主観的評価だけでなく、書面に現れる客観的指標も重視されます。

 書面上、法律事務所の内定を得ていない候補者が審査の対象となれば、「裁判官になれるかどうかわからない段階では、法律事務所にも就活するのが合理的な行動ではないか」「法律事務所の内定がないのは、法律事務所に評価してもらえない事情があったのではないか」という疑念が生じる余地があります。

 そうだとすれば、裁判官を第一志望とする受験生が、その希望を貫くためには、将来、教官が自分のことを「人柄もよく、コミュニケーション能力があり、法律事務所からも内定を得ていますが、それを断ってまで任官したいと志望しています」と推薦してもらうための条件を整えるべきだと思います。

(3) 内定辞退の可能性の考慮

 「任官候補に選ばれるために法律事務所の内定を得る」という作戦を採用した場合には、希望通りに選考が進めば、最後は「一旦は受諾した法律事務所の内定を辞退する」という不義理をしなければならなくなります。内定を辞退することに伴う心苦しさから、進路を歪めるべきではありません。ただ、内定を出してくれた法律事務所にかける迷惑はできるだけ小さくするように心がけるべきです。

 もし、内定者が自分ひとりしかいない事務所で内定を辞退してしまったら、内定者がいなくなってしまい、その事務所の採用活動はすべてが無に帰す結果となります。新人採用予定の人数が少ない事務所ほど、内定辞退の被害は大きくなります。このことを考慮すれば、「任官を有利に進めるための内定先」としては、採用数が少ない法律事務所を選ぶことはできる限り避けてもらいたいと思います。

 

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