会社法・金商法と会計・監査のクロスオーバー(3)
新型コロナウイルス感染症の影響と連結計算書類
筑波大学ビジネスサイエンス系(ビジネス科学研究科)教授
弥 永 真 生
新型コロナウイルス感染症の流行のため、企業の決算業務が滞り、また、監査法人等による監査にも支障が出ていると報じられている。
これに対して、4月15日に、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会は「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」[1]という声明を公表し、そこでは、「当初予定した時期に定時株主総会を開催し、続行(会社法317条)の決議を求める。当初の株主総会においては、取締役の選任等を決議するとともに、計算書類、監査報告等については、継続会において提供する旨の説明を行う。」そして、「企業及び監査法人においては、……安全確保に対する十分な配慮を行ったうえで決算業務、監査業務を遂行し、これらの業務が完了した後直ちに計算書類、監査報告等を株主に提供して株主による検討の機会を確保するとともに、当初の株主総会の後合理的な期間内に継続会を開催する。」という手続きをとる余地もあるという見解が示されている。
たしかに、この手法には、定時株主総会における議決権行使の基準日を変更することを要しないという長所があるが、「当初の株主総会の後合理的な期間内に」という場合の合理的な期間は明確ではないことから、法的リスクがないわけではない。合理的な期間内かどうかは、決算や監査に必要な期間という意味ではなく、会社法124条2項かっこ書きの「基準日から三箇月以内に行使するものに限る」を実質的に潜脱することになるかどうかという観点から判断されるからである。また、そもそも、当初の株主総会を開催する時点で、継続会を予定することは、やはり会社法124条2項かっこ書きを潜脱する趣旨であると評価されても文句はいえない。
しかも、会社法の規定(437条)からすれば、当初の株主総会の招集に際して、計算書類・事業報告及びそれらについての会計監査報告・監査役等の監査報告を株主に提供しなければならないのであって、継続会の招集にあたって提供すればよいわけではないことも明白である。定時株主総会の招集にあたって、計算書類等を株主に提供しないことは招集の手続の法令違反にあたることには異論がない。もっとも、その瑕疵によってどの決議が取り消されるのかについては、下級審裁判例は分かれており、確たることはいえないが、決議事項ごとに招集がなされるわけではないから、招集手続の瑕疵は当該総会のすべての決議について存在すると解する方がより自然であることはたしかであろう。その上で、計算書類等の内容と無関係に、株主がどのように議決権を行使するかを判断できるような事項に係る決議については裁量棄却されるかどうかが決まるのではないかとも思われる。このような観点からすれば、当初の株主総会でなされる役員選任決議は微妙であろうし、剰余金の配当決議についてはなおさら裁量棄却の余地は小さいという見方もありえよう。
したがって、現行法の下で、適切に計算書類等を作成し、監査を実施し、かつ、法的なリスクを回避するための王道は、必要に応じて、定時株主総会の開催を延期することである。たとえば、7月以降に延期する場合には、定時株主総会における議決権行使の基準日は3月31日とはできず、変更しなければならないことになる。
ところで、個別財務諸表(計算書類)に係る決算や監査もさることながら、海外の子会社などとの関連で、決算・監査に支障が出ることが想定されているようである[2]。そこで、以下では、(単体の)計算書類の作成及び監査は通例的な定時株主総会に間に合うことを前提として[3]、連結計算書類の作成または監査に絞って考えてみる。
一方では、定時株主総会の開催を延期しても、剰余金の配当を取締役会の決議によって決定できる旨の定款の定めがある会社については、――連結配当規制適用会社である場合を除き――連結計算書類が完成していなくとも、または連結計算書類に係る監査が終了していなくとも、6月30日までに、(単体の)計算書類に係る会計監査報告及び監査役等の監査報告の内容が通知され、(単体の)計算書類について会計監査人の無限定適正意見が表明され、かつ、会計監査人の監査の方法または結果が相当でないとの監査役等の監査報告またはそのような意見の付記がされていないのであれば、6月30日に取締役会に開催して、剰余金の配当を決定すれば、3月31日を剰余金の配当の基準日とすることができるはずである(定時株主総会における議決権行使の基準日と剰余金の配当の基準日とは異なってもよい)[4]。
他方、定時株主総会の開催を延期しない場合には、どのようなことが現行法の下で考えられるだろうか。
まず、定款に、いわゆるweb開示に関する規定を設けていれば、連結計算書類の作成が遅延しても、印刷及び発送に要する期間は吸収できると考えられる。すなわち、連結計算書類(株主に提供する場合には、ならびにこれに係る会計監査報告及び監査役等の監査報告)については、それに表示すべき事項に係る情報を、定時株主総会に係る招集通知を発出する時から定時株主総会の日から3箇月が経過する日までの間、継続して電磁的方法により株主が提供を受けることができる状態に置く措置(インターネットを用いたもの)をとれば、株主に書面等の形で提供することを要しない(会社計算規則134条4項)。
また、連結計算書類に係る会計監査報告及び監査役等の監査報告は定時株主総会の招集に際して株主に提供することは――実務上は提供されてきたが――法的には求められておらず(会社法444条6項)、定時株主総会において、監査の結果を報告すればよいこととされている(会社法444条7項)。したがって、定時株主総会の招集の際には、連結計算書類が完成していれば、会計監査報告や監査役等の監査報告が最終的に確定していなくとも、「事実上」、問題はないと考える余地がある。
たしかに、会社法444条5項は、「会計監査人設置会社が取締役会設置会社である場合には、前項の監査[引用者注:会計監査人の監査及び監査役等の監査]を受けた連結計算書類は、取締役会の承認を受けなければならない。」と定め、同条6項は、「会計監査人設置会社が取締役会設置会社である場合には、取締役は、定時株主総会の招集の通知に際して、法務省令で定めるところにより、株主に対し、前項の承認[引用者注:取締役会の承認]を受けた連結計算書類を提供しなければならない。」と定めているため、形式的には、会計監査人の会計監査報告及び監査役等の監査報告が定時株主総会の招集前になされていることが必要である。しかし、当該会計監査報告及び監査報告が定時株主総会の招集に際して株主に提供されないのであれば、会計監査報告及び監査報告を定時株主総会の会日までに差し替えることができると考えても、株主その他の利害関係者の利益を損なうことはないと考えられる。
そうであれば、以下のような手順も可能なのではないかと思われる。
- (1) まず、定時株主総会の招集通知に間に合うタイミングで、会計監査人から意見不表明[5]または除外事項を付した限定付適正意見[6]を内容とする会計監査報告の内容の通知を受け、それを前提とした監査役等の監査報告の内容の通知を受けて、取締役会において、連結計算書類を承認する。
- (2) 取締役会で承認された連結計算書類を定時株主総会の招集に際して、計算書類、事業報告などともに株主に提供する(連結計算書類に係る会計監査報告及び監査役等の監査報告は提供しない)。
- (3) その後、会計監査人が、意見表明に必要な、十分かつ適切な監査証拠を入手して[7]、改めて、定時株主総会の開始前に無限定適正意見(場合によると除外事項を付した限定付適正意見または不適正意見[8])を内容とする会計監査報告の内容を通知し、それを前提として監査役等が定時株主総会の開始前に新たな監査報告の内容を通知する。
- (4) 定時株主総会において、最後に受領した会計監査報告及び監査役等の監査報告に基づいて、監査の結果を報告する。
[2020年4月24日脱稿]
以 上
[2] 日本経済新聞4月7日朝刊17面、同4月22日朝刊 15面など参照。
[3] 弥永真生「新型コロナウィルス感染症と会計監査人監査」ビジネス法務2020年7月号(掲載予定)では、(単体の)計算書類の作成及び監査が間に合わない場合について検討を加えている。
[4] 東芝は、定時株主総会の開催を延期する一方で、剰余金の配当の基準日は変更しない方針を公表している(http://www.toshiba.co.jp/about/ir/jp/news/20200418_1.pdf)。
[5] 『監査基準』第四 報告基準、五 監査範囲の制約、2(監査人は、重要な監査手続を実施できなかったことにより、財務諸表全体に対する意見表明のための基礎を得ることができなかったときには、意見を表明してはならない)。
[6] 『監査基準』第四 報告基準、五 監査範囲の制約、1(監査人は、重要な監査手続を実施できなかったことにより、無限定適正意見を表明することができない場合において、その影響が財務諸表全体に対する意見表明ができないほどではないと判断したときには、除外事項を付した限定付適正意見を表明しなければならない)。
[7] 『監査基準』第四 報告基準、三 無限定適正意見の記載事項、(2)意見の根拠(一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して監査を行ったこと、監査の結果として入手した監査証拠が意見表明の基礎を与える十分かつ適切なものであること)。
[8] 『監査基準』第四 報告基準、四 意見に関する除外。